雲のような人でした

つばき

第1話 はる

 


「あの人はるのこと見てない?気のせい?」

 友達の凛子が私にそっと言う。


 私と凛子は春に志望校に入れなかったもの同士の浪人1年生。人生曇り空、そんなところ。


 ド田舎出身の私は、地元を離れて寮生活をして予備校に通っている。私たちは志望校に受かるべく、日々授業と予習復習に追われる毎日。私にとって、凛子は予備校でできた初めての友達なわけだ。


 そんな私たちの1週間は基本的に予備校に缶詰め状態。日曜日は予備校が18:00にしまるから、早めの解散。稀に気分転換に夕飯を食べに行ってた。勉強に追われつつも、たまにある気分転換が楽しくて何とか毎日を過ごせていた。


 そんなある日の出来事だった。今日は雰囲気のいい喫茶店で息抜き。カプチーノとかホットミルクをゆっくり飲みながら、いつものようにおしゃべり大会をくりひろげようとした時。


 突然の凛子の一言が、これからの私、はるの人生がこんなに影響があるとは、あの時は私も凛子も思ってなかった。全くもって想像つかなかった。


「あの人はるのこと見てない?気のせい?」凛子の言葉を聞いて、え?誰?凛子の気のせいでしょ〜と笑いながら返しつつ、凛子が示しているであろう喫茶店のスタッフさんを見ると目が合ってしまった。

「え、目合った」

「でしょ!ほら!」

 ぼそっと言った私の言葉とは相対する凛子の言葉。

 私はあまりにも目が合った青年が私に気を取られている様子で呆然としていた。手は仕事しているようなのにわたしの方を見ている。そんなことしてると、ミスってしまうよ、とは思うのと同時に、わたしを気にしているんだな、と思った。


 喫茶店で凛子と話している間、時より青年を見た。その度に青年と目が合う。あ、また。と思いながら、どうしたらいいのかわからなくて、さっと目をそらすのを数回繰り返した。


 胸が高鳴るわけでもなく、かと言って嫌な感じではなく、ただなんとなく、また会いたい、という気持ちを残して喫茶店を後にした。カプチーノの美味しさを忘れて。


 北海道の5月の夜、肌寒い外気は身体が暖まっていたことを教えてくれた。



これが私と青年のはじまり。



この時彼は何を思っていたのだろうか。私の中では少し桃色のほわっとした記憶なだけ。でも、4年経った今でも記憶にとどまっているのだから、きっとこの時から青年は特別だったんだろう。

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