オレと老女老師

破死竜

プロローグ 公園

 「2の力で殴るとしよう」

 老師は、木の棒で、地面に横向きの矢印を一本、書いた。

 「この長さが威力だ。矢印の先の部分にいると、この長さ分の打撃を喰らうことになる、ここまでは分かるな?」

 「はい」

 俺がうなずくと、老師は、説明を続ける。

 「そして、2の威力を出す為には2の距離が要る、ということにもなるわけだ。じゃあ、距離を増やさずに打撃の威力を増やすにはどうしたら良いと思う?」

 「えっと・・・・・・」

 俺は考えこんだ。当て方ではなく威力の出し方の問題だ。なら、発生する場所の位置は変わらないはず。そうなると、

 「打撃する距離を同じままに、当てる場所の方を変える」

 「そうじゃ」

 老師は俺の正答に微笑んでみせた。

 「2という横向きの威力に、1という沈み込む力を加える。そうすると、両者を元にする合力を持ったベクトルが、その間に発生する」

 そう言って、老師は、最初の横棒の根元に、その半分の長さの矢印を下向きの垂直に書き、二本の線がつくる直角の中にさらに長めの線を斜めの線を書いた。

 「横が2、縦が1。そうなると、その二つが合わさってできるこの斜めの線は、5が自乗になる数、だから、ルート5の威力になるわけですね?」

 「中学校は卒業できそうじゃの」

 「オレ、高校生ッス」

 「知っとる」

 三平方の定理。数学の、図形の、三角形の、基礎だった。


 「この、斜め下に打ち込むことで威力を増すのが技よ。しかし、この技には欠点がある、何か分かるか?」

 棒を地面に置き、立ち上がると大きく踏み込んで斜め下方向に拳を突き出す老師。相手がいれば、その下腹部に拳を突き落とす形になるはずだ。

 その動きから俺は推理を行う。

 「下半身の強化が必要、ということですね? どう見ても足腰に負担がかかる」

 「その通り。では、逆に、このベクトルを斜め下ではなく斜め上方向にして、拳を打ち上げた場合の欠点はどうじゃ?」

 今度は、踏み込まず、両脚を地に付けた状態から、後ろ足の膝を伸ばすようにして掌を打ち上げる老師。相手は胸や顎をかちあげられる形だ。

 「えっと、重力に逆らう形になりますね、1のベクトルが上向きになりますから。だから、同じ威力でも、必要な1の長さを出す為の力がより必要になる?」

 「うむ、そうじゃ」

 老師は、こちらへ向き直った。

 「腕もそうじゃが、広背筋などの身体後方の筋力を鍛えなくてはならんのじゃよ」


 オレたち師弟の修行は、いつもこうやって理屈の説明から始まるのだ。

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