A little-brain-human
おまるたろう
第1話 上京
16歳の時に、家出をして初めて東京に来た。降り立った駅は中野である。始めはブロードウェイに行ったと思う、、、無計画にも、宿の当ても無かった。
ブロードウェイが良いのは、ぶっきらぼうな接客だろう。あの無愛想さは、人間の業を肯定している、、、中野の民度の高さによってのみ成立する。しかもなお、温かい魅力があ
る。それは日常に愛情を持てる瞬間である。そればかりではない、あの通り程、客の購買意欲を殺ぐ場所は他に無い。それら陳列された商品は殆ど、マニアックな店というのを通り越して装飾(!?)に近いレヴェルであり、各店は商売として機能しているのか、謎である。恐らくは、ニッチな層の顧客で成り立っているのだろうが。
夕方になると、いつもの夜の街の匂いが鼻を掠め、往来は人の頭が忙しなく動き始める。裏手には細い路地が何本もあって、眠たそうな、或いは憂鬱な顔をした人(一括りに言ってしまえば、それらは全て水商売をナリワイにしている連中である)が非常階段から建物の中へ入って行く。彼らは毎日、怒鳴ったり怒鳴られるのが仕事である。 なんでそれを知っているのかというと、、それは後に書く。
通りにごった返している客層は中央線沿いの、若しくは、新宿、高田馬場辺りに勤めている人達だろう。0時までの、暫しの逸楽と言ったところか、憂さ晴らしに余念が無い感じだ。夜中になると、必ず同じ中年男が顔を出す。その傍らには、前日とは違うキャバ嬢がいる。或いは、毎日同じキャバ嬢と連れ添って来る別の中年男もいる。彼らは、もう何十年もそういう生活をしているようだった。
始めから東京に住んでいるような人からすれば、想像がつき難いかと思うが、田舎者の僕の眼には、イメージの光暈が起こっていた。今まで生きてきた中で最高の風景だった。あの頃に比べると、現在の中野の往来は閑散とした印象があるので、少し寂しい。でも又いつか中野に戻りたい。あの日々から、もう十何年も経っているが、あそこが僕の本当の故郷のような感じがするのである。
その日は結局、暇を潰す為に「ぽちたま文庫」という古本屋で棋木野衣著「テクノ・デリック」を壱百円で購入して、そのまま線路沿いのアパートの最上階の物置に忍び込んで暖をとりながら、一夜を過ごす事にした。
そこは恐ろしく汚い所で、住人に見捨てられたモノ達が犇めき合いながら、再び使用されるのを何時とは無く待っていた。電灯は点滅しながら、錆びたオーブンや、バスアイテムや、パーティグッズやらを照らしている、誰からも顧みられずに。持主はどうせ俗にいう”アパート流民”だろうが、そこには小市民的幸福の痕跡ともいうべきものが燻っていた。
僕はと言えば殆ど精神的ホームレスになっていたが、この孤独が心地よかった。寧ろ、それまでずっと胸を煩わせていた欝を取り除いてくれるのは、孤独だけだと思った。
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