あいつと卵

でんち@でんち書店

第1話

 昨日、あいつと別れた。

 あいつは嫌なやつだった。いつも俺をからかうし、いつもイタズラする嫌なやつだった。

 あいつは昨日焼かれた。そして骨だけになり、来週墓石に入るらしい。


 俺は久しぶりに台所に立っている。いつもならあいつが食事を用意してくれるから、ここ何ヶ月、料理を作ることがなかった。俺はなんとなくあいつの大好物だったオムレツを作ることにした。

 あいつは週に一度、必ずオムレツを作っていた。いつのことだったか、夢の中でニワトリがお礼にくるかもって、あいつは言っていたが。そんなに卵を使ってたら逆に恨まれるのでは、と言い返したら、そしたら全部君のせいにするねって言いやがった。


 とりあえずボウルと卵三つは用意しておいた。そろそろ作るか。

 そういえば、最後に俺が台所に立ったときはあいつの誕生日で、俺が得意なサンドイッチを作ろうとしたときだった。あいつはその間暇だったのか、フライパンを暖めていたときに浣腸かんちょうしやがった。びっくりして思いっきり飛び上がったじゃねぇか、もし包丁使ってたら大変な事になっていたかもしれないのに。その仕返しにあいつの嫌いなキュウリを多く入れておいた。あいつは文句ばかり言っていたが、無視した。

 そんなことを思い出しつつ卵を割ってみる。あいつはもちろん、実は俺も卵を割るのは得意で、二個同時に割ることができる。うん。久しぶりとはいえ、腕は鈍ってないようだな。


 卵割りといえば、あいつとどっちが卵をうまく割ることができるか競っていたことがあったなぁ。二つ同時に卵を割って、先に殻が入ったほうの負け。結果は殻が入る前に用意しておいた大量の卵が先に無くなってしまい引き分け。それからもたまに卵割り勝負をしたが、結果は同じ、卵が無くなった。

 割った卵の殻をシンクにある三角コーナーに投げ捨てる。俺は確実に入るが、あいつはいつも外して、俺に弟子入りしたいとか言っていた。役に立つかわからないが、コツを教えようとしたら。あー、やっぱ君から教えてもらうのは嫌だなんて言いやがった。結局、三角コーナーに卵の殻をうまく投げ捨てることができずじまい、今考えると何がしたかったのかさっぱりわからない。


 ボウルに浮かぶ黄身を見つめてひとつ思い出したことがある。あいつのオムレツはとてもおいしくて、一度だけレシピを聞いたことがあるが、至って普通の作り方。何か特別なことでもしているのか聞いて見ると、卵を電子レンジで暖めると言っていた。そんなことしたら爆発するだろと、言ったら卵一個に対してお酢大さじ一杯入れれば問題ないって言っていたな。

 俺は上の棚からお酢と計量スプーンを取り出し、ボウルにお酢を大さじ三杯混ぜ、電子レンジの加熱時間を二十秒にして動かした。

 いつもイタズラするあいつも、いいところがある。例えば、俺がお金なくなってどうしようもなかったとき、あいつは次の給料日までの食費を全額出してくれた。いつもなら食費は割り勘なのだが、困ったときはお互い様と、いつもの行動からは考えられないことを言いだした。あいつと一緒にいるだけでいつも楽しかった。

 あいつとの思い出にふけっていると、突然電子レンジから大きな音がした。慌てて電子レンジの中を見てみると、中が真っ黄色になっている。

 やっぱりあいつは嫌なやつだった。

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