1-5
「昔から、こういうホラーゲームみたいな状況にはよく巻き込まれてるんだ」
新しく奪った刀を右手に持ち、左手を壁につけて歩きながら伊藤は話し出す。
「鎧武者とかは滅多にないけどマシな方だからね。ラズベリー色した巨大な怪物とか、でかいハサミを持った小人とか、包丁持って追いかけてくる子どもとか、めんどくさいのはいっぱい居たからね」
まるで思い出話でも語るかのような気軽さに、聞いている紅の方は驚きっぱなしだった。というよりも、話の半分も理解できているかどうか怪しい。
今の状況に負けず劣らず異常な話は続く。
「電車の中でモンスターパニックが始まったり、公衆トイレを出たら異世界だったり、寝てみたらホラーゲームだったり――あ、これは今もそうか」
「た、大変だったんですね……」
言葉を失いかけながらもなんとか相槌を打つ紅。
伊藤は続ける。
「だからこれくらいは慣れっこなんだぜ? 正直この程度だったらピクニックだな。異世界ピクニック。言っててやんなるけどなぁ」
「こ、怖くないんですか……?」
当然ともいえる紅の質問に、伊藤はあっさりと答える。
「慣れた」
「えぇ……」
「さすがにこんだけホラーゲームな状況に巻き込まれたらさ、嫌でも慣れてくるってもんよ。それに鎧武者とかだったらマシなほうだし。でっかい蜘蛛とかああいうほうがまだ怖い」
それはホラーがどうとかではなく生理的嫌悪では? と紅は突っ込めなかった。
「そうなんですか……」
力の無い相槌に、慌てたように伊藤が取り繕う。
「だからって楽しんでるわけじゃないぜ? つうかこんな状況、嫌すぎる。おちおち昼寝もできないし。だからな、決めてることがあるんだ」
「なんですか?」
左拳をぎゅっと握り締めて、伊藤が答える。
「こんな状況に巻き込みやがった黒幕が現れたら、一発ぶん殴る!」
「えぇ……」
少し引き気味だったが、紅はそれ以上突っ込むことをしなかった。
それよりも彼女には気になることがあった。
「そういえば、なんでわら――わたしを、助けてくれるんですか?」
根本的な問いかけ。
それに伊藤はあっさりと答えた。
「ボーナスが入るから」
「ぼー……なす……?」
「そう。そんじょそこらの会社には負けないくらいの金が入るからな。おまけに助けまくれば助けた分だけ加算されるんだぜ? これを逃がす手はないってな」
「はぁ……」
少しジトッとした目で紅が相槌を打つ。
その反応に少し慌てたのか、伊藤が取り繕う。
「あ、でもそれだけじゃないぜ? こういうのに巻き込まれた人間ってつまり生贄だとか実験台だとかだからさ? 助けていったら、黒幕の計画も台無しにできるって寸法よ」
「なるほど」
「そう、計画を台無しにできる。だから――」
そう呟いて、伊藤が歩みを止める。
なぜ止まったのかと紅は背中越しに前方を覗き込んで――短い悲鳴を上げた。
通路を塞ぐようにして、鎧武者たちが立っていた。
みな、既に抜刀して戦闘体勢に入っている。
対して伊藤は――笑った。
心の底からおかしそうに、口角を吊り上げて笑った。
「だからな――こういう状況は! 黒幕が焦ってるってことだ! 倒しがいがあるってもんよ!」
気合を入れるように、伊藤が刀を振るう。
それに呼応するようにして、鎧武者たちが走り出した。
「紅! そこで待ってろ、なんかあったら大声を出せ! いいな!」
「は、はいっ!」
「よっしゃぁ!」
雄たけびを上げた伊藤が、鎧武者たちへ向かって走り出した。
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