天才と非才
ゴブリンという魔物がいる。新人冒険者でも一対一なら楽に勝てる最弱の魔物。弱いだけあり、あまり金にはならないが、まあ沢山狩れば生活費ぐらい稼げる。
「武器良し。道具よし。その他よし。……行くか」
装備の確認をし、俺は街を出る。俺がいまから行くのはゴブリンが沢山棲む森。“ゴブゴブの森”だ。俺みたいな万年Dランクの魔物討伐専門冒険者が行くにはちょうどいい場所。俺は街の外に生息する魔物という危険生物を討伐することを専門にしているが、弱い。ただ、弱い。
「よし、着いた」
街から数キロ離れた場所にあるゴブゴブの森はゴブリンしか棲んでいないが、万年Dランク冒険者の俺ではゴブリンといえども油断は出来ない。だからこそ、しっかり準備を整え、森に足を踏み入れる。
「……ん? 血の臭い。これはゴブリンの血だ」
森に足を踏み入れて、まず最初に死臭がただよってくる。臭いからしてゴブリン。しっかり死体の処置がされていないということは新人冒険者だろうか。
「…………」
俺のメイン武器である刃渡り三十センチの短剣を構え、木々に隠れながら死臭のする方向へと進む。死臭に誘われたゴブリンが居るかもしれないので、慎重すぎるほどに慎重に進む。
「……これは新人だな」
森の一画では、ゴブリンが三体死んでいる。遠目から見ても他の魔物にかみ殺されたわけでもなく、刃物で首を飛ばしている。ベテランならばしっかり死体の処置はするので、まだ冒険者というものになれていない新人と分かる。
「それに、魔核もとってねえな」
魔物の一番価値のある部位である魔核を採取した様子はない。ゴブリンという魔物は魔核しか価値がないので、新人であっても絶対に取るハズだ。
「まったくわからねえ。取られていないなら取っておくか」
あたりを警戒しながらゴブリンの死体に近づき、魔核を体内からほじくり返す。ついでにざっと傷も見た。
見た感じ、剣ではない。剣ならば断ちきるような傷だが、これはスッパリ斬れている。一見綺麗な傷だが、まだ未熟な面があるように感じる。そうなるとやはり新人。……ここまで強い新人となるとあの少年しか思い浮かばない。
「おっと。長いは無用だな」
ゴブリンの死体は簡単に処理し、俺はその場を離れた。
「……ゲギャ! ゲッ……」
一体のゴブリンを木々のあいだから奇襲して倒す。人に害をなす危険な魔物とはいえ、生き物を殺すというのは十年経ってもなれない。ここを耐えられるかどうかで冒険者になれるか決まるが、俺は結構吐いた。数日夢でうなされたが、結局魔物討伐を専門とする冒険者をしている。
「……これで四つ」
さきほど運良く手に入れたゴブリンの魔核と、今手に入れた一個を合わせて四つ。だが、足りない。最低でも十個は手に入れないと生活がなりたたなくなる。
「……嫌な予感がする」
唐突に、嫌な予感がした。十年の経験からくる嫌な予感。直感というのはあんがい馬鹿に出来ない。直感に救われたという話はギルドで掃いて捨てるほど聞ける。この予感は、ゴブリンより強大な存在が辺りに居るような気配。
「隠れて様子見だな」
するすると近くにあった木に登り、木と一体化するような感覚で隠れる。その直後、木々がゆれるほどの衝撃が襲ってきた。ひっしで木にしがみつく。下を覗くと、そこにはゴブリンを数倍の大きさをした魔物が歩いていた。あれはゴブリンが進化した魔物であるホブゴブリン。いや、それよりさらに進化したゴブリンジェネラルだ。
「やべえな」
下に居る魔物に気づかれたら俺は死ぬ。万年Dランクの俺では傷一つ付けられずに死ぬだろう。ただひっしに息を殺して木と一体化する。気配を極限までうすめて、視線も向けない。しばらくすると、足音は遠ざかり、ゴブリンジェネラルは居なくなった。
「ふう。……行ったか」
ゴブゴブの森でああいう進化したゴブリンに出会うのはかなり珍しい。ああいうのは森の奥地にいかなければ遭遇しない。俺が狩り場としている森の表層に出現するなどマレ。あんなのを見たのは十年で二、三回ほどだ。
震えを無理矢理押さえ、木から下りる。ゴブリンジェネラルが行ったほうとは別の方向に行こうとして――突如森がゆれた。
「なんだ!?」
反射的に木影に隠れる。森がゆれたのは、地震ではない。多分なにか近くに倒れたような感じだ。それもゴブリンジェネラルが行った方向で。
「……行くか」
それは好奇心ということばが正しい。好奇心はベテラン冒険者すら殺す。という言葉がある通り、好奇心に従って動くのは危険だ。だが、あまり嫌な予感はしないし、遠くから見る程度なら大丈夫だと思う。
しっかり装備を点検し、ゴブリンジェネラルの向かった方向へと足を運ぶ。
始めて天才という存在を見た気がする。そこに居たのはあの新人。そして首をはねられたゴブリンジェネラル。Bランクとよばれるベテラン冒険者が倒すような魔物を、あの新人はいとも簡単に倒した。
冒険者とは才能の世界だ。才能があるやつしか這い上がれない。凡才、非才は底辺をさまよい、EやDという低ランクに落ち着く。俺だって天才とは思っていなかった。けど、いま本当の才能というやつを見せられた気がする。以往なしに理解する。俺は、非才だと。
「ふっ。弱いな」
新人はそれだけ言うと、刀を腰におさめてその場を去る。あの新人は、結局茂みに隠れている俺には気づかなかった。
「……魔核は取らないのか?」
少年は魔核をとらずにさった。ゴブリンジェネラルの魔核なんていったい幾らするか。
「要らないならもらおう」
警戒しながらゴブリンジェネラルの死体に向かい、手早く魔核を採取する。しかし、俺がこの魔核を売ることはないだろう。俺の実力ではこのレベルの魔物は倒せないとみんな知っている。けど、持っておけばいつか役立つと思う。
「……帰ろう」
今日は仕事をお終いにしよう。あんな才能を見せられてまで、仕事を続けられるほど俺は強くない。今日はあまり稼げなかったけどまあいいか。備蓄はある。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます