冒険者Aは英雄になれない
天野雪人
今日来た新人は凶暴だ
「おいおい。ガキがここギルドに何しに来たんだ?」
冒険者ギルドの新人登録窓口の前で、一五歳ほどの少年に絡んでいるのは、このギルドきっての実力者といわれるガルバンドという男だ。
「……テンプレ通りのかませ犬だな」
絡まれている少年は、小さくよく分からない事を呟く。絡んでいるガルバンドも、よく分からない事を呟く少年に怪訝な顔をする。俺はその光景を、ギルドの酒場で安酒を飲みながら見ていた。
「まあいい。ここは、お前みたいなガキが来る場所じゃない。お前みたいなひょろっとしている奴はすぐ死ぬぞ!」
「どうしようが、俺のかってだろ。失せろ」
確かに、あの少年がどうしようがかってだけど、人の親切を無下にするのはどうなんだろう。見た感じはただの少年だ。あれでは冒険者という過酷な職業につくことはできまい。
「なんだと!」
「おっさん。うるさいぞ」
少年はそう言って、ガルバンドを殴り飛ばした。
「痛っっっつー!!」
少年の拳はガルバンドの腹に直撃し、吹き飛ばす。あの痛がり様から、内蔵や骨はお釈迦だな。治療費にどれだけかかるやら。いや、それより15歳ほどの少年が大男を殴り飛ばした今の光景は異常だ。
吹き飛ばされたガルバンドは他の冒険者によって運ばれていった。
「えーと。新人受付はここでいのでしょうか?」
少年はガルバンドを殴ったことも忘れたように、受付嬢に話しかける。
「は、はい」
このギルドきっての美人と名高い受付嬢の笑顔も、少し引き攣っていた。
「では、こちらの水晶に手をかざしてください」
プロ根性か、すぐに笑顔を戻して、少年の前に魔力測定水晶を置く。
「これは?」
「魔力測定水晶です。魔力量を測定して、ギルドカードに記載します」
「なるほど」
少年はそう言って、水晶に手をかざす。すると、水晶にひびが入り、次の瞬間水晶はコナゴナになった。
「「「…………」」」
受付嬢も、他の冒険者も、かく言う俺も、絶句している。
「えーと。水晶がは壊れるものなんですか?」
「い、いえ。普通は壊れません。……まさか、測定不能!」
受付嬢の言葉に、辺りがざわつく。俺も、目を見開いて唖然とする。そうだろう。魔力を測定する水晶を破壊する者なのどここ数百年現れたことがない。
「えーと。こ、この用紙に必要事項を記入してください」
「はい。……あの、この出身地というのは……」
「ああ。冒険者という職業の特性上名前だけでもかまいません!」
このギルドきっての美人受付嬢はほかの者に新人窓口をまかせて、階段を上っていった。多分上司にイレギュラーな存在である新人の報告にいったのだろう。俺だってあんなもん目の辺りにしたら上のやつに聞きに行く。
「なあ、エイト。今日の新人やばくないか?」
俺にそう話しかけてきたのはとなりの席で酒を飲んでいる別の冒険者だ。
「たしかにそうだな。凶暴だし」
あの少年はガルバンドを殴ることに躊躇がなかった。かなり戦いなれしてると見る。それに腰にさしている変わった剣。あれは東の国の刀という武器だろう。かなり上級者向けの武器であり、あの少年がただ者ではないと分かる。魔力測定水晶を破壊した時点でただ者ではないことは明白だが。
「おまたせしました!」
階段から下りてきた受付嬢さんは、肩で息をしながら少年に言う。
「ギルドマスターがお呼びですので、ぜひ来て下さい」
「はい。息をきらしているけど大丈夫ですか?」
「はい。気にしないでください。大丈夫です」
少年のほうはなかなかのイケメンだ。受付嬢と一緒に歩くとかなり絵になるな。
俺は少年と受付嬢が階段を上がっていったのを見ながら手元のコップの中身を飲み干す。
「ごちそうさん。またくる」
「なんだエイトもう帰るのか?」
先ほど話しかけてきた冒険者が再度話しかけてくる。
「ああ。明日は仕事に出かけるからさっさと休む」
まだ日も沈んでいないが、明日は魔物の棲む森に行く予定だ。体調は万全にしておくために早く休んだほうがいいだろう。それに、あの凶暴な少年にはあまり近づきたくないな。
「そうか。じゃあまたな」
「ああ」
……そういえばこいつの名前なんていうんだろう。……まあいっか。別に支障はない。俺はそう結論づけ、ギルドを後にした。
風の噂だが、この前の少年はかなり高ランクになったらしい。まったく羨ましいかぎりだ。
――これは冒険者の物語。物語の片隅にも登場しそうにない冒険者Aの物語。
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