思い出には、素敵な古本を

なおぽん

第1話 上司の命令は突然に。

 古本屋での手伝いに慣れてきてしまった。誰が読むのだ?と思えるほどの分厚い難解そうな哲学書やら表紙がボロボロになってしまって購入する気も失せてしまうような本たちを担いでは本棚に入れての繰り返しの作業。これ、本当に販売するの?という疑問を心の中に抑えつつ黙々と本を次から次へと棚へと入れていく。ここで手伝いを始めて半年以上が経とうとしている。本の色褪せと共に俺の思い出もセピア色に補正されていく。

 古本を棚に入れていく作業以外にも乱丁が無いかを確認するのが店員の仕事であるが、今回は緊急の手伝いで俺が入っているだけなのでそこまでの業務を言い渡されることはなかった。


 「熊谷くまがわ君!ミステリの棚の陳列が終わったら、次はここにある本の山を日本文学の棚に陳列しといて!今日は、それで君の仕事は終わりだから!」


紙の匂いが染み付いた店内に新鮮さあふれる女性の声が響き渡る。

 その声の主は、遠藤あやか。俺がこうして手伝いに入っている遠藤古書店のオーナーである。遠藤古書店は俺たちの住む三谷町に古くから存在している本屋。店ができた当初は結構な人が店を訪れ、本を買うことを楽しみ、街の憩いのスポットのようなものになっていた。しかし、時代はデジタル化が進んでいったため本を買うためにわざわざ本屋に出向くことなどしない人が増えてきた。電子書籍で読んだりやネットでワンクリック注文するのが当たり前の時代になった。そんな追い風を受けて多大なダメージを被ったのは遠藤古書店だけでなく全国の本屋でも起きている。そして、遠藤古書店の前のオーナーが年齢の限界で引退することになった。その引き継ぎとして遠藤あやかさんがオーナーをすることになったのだ。

 遠藤さんは元々、上京して働いていたのだが仕事に少し嫌気が指していたらしく、地元に戻って家業を継ぐことも考えていたので別に大した問題ではなかったらしい。


「はーい。というか、クリスマスの日に高校生を散々こき使うのってどうなんですかね・・」


つい、俺の心の声が漏れてしまった。12月24日。今日は、クリスマスイブ。しんしんと降りしきる粉雪が日本を包み、そして恋人たちとの思い出を紡ぐ日。そんな日本のごく一部の人たちが幸せな時間を刻む日に、お客さんのいない静かな店内で黙々と古本を棚に詰めていく作業をしているのはさすがに心が折れてしまいそうになる。


「なーに、熊谷君はどうせ予定ないんでしょう?私はお店のことで頭がいっぱいだから世間のそういったイベントとは無縁なの。あぁ、決算嫌だなぁ…」


最初は、威勢のある言葉で話していたが、ため息とともに放った言葉はコントロールを無くして目線下の擦れ切った床へと不時着した。

どうやら、面と向かって話していないようだけれどお店の経営は大変のようだ。

しかし、俺はそのことは大体の検討がついていたので確信には触れずに、本来の目的に答えるように努めた。


「いやいや、今年は違いますよ。残念ながら予定が入ったんです。正確には、入れられたってのが正しいんですけど」


ピクン。と遠藤さんの耳が動いた気がした。そして、お店に並べるための本の整理を中断し、急ぎ足で僕のもとまでやってきた。急にそういうことするの怖いからやめて!


「まさか、君がそんな人だったなんて・・私、この先どうすればいいの?」


遠藤さんは俺に近づいてきて、顔は下を向いたまま、伏し目がちにして俺にその言葉を向けてきた。

いきなり冬の日に、浮気話を出された崖っぷちカップルみたいな感じにするの勘弁してくれませんかね。誰かに見られてるかもしれないし。そして別れ話を見てしまった浮気相手の彼女の行方は・・!チャンネルはそのままに!


「ただの部活動の集まりですよ。ほら、自立部の。今年はメンバーも集まっているからクリスマスパーティーを開くことが決まったみたいです」


高校生の非リア集団においての最も有効とされる特効薬は同じ者同士が集まって、傷を舐め合いながら辛い1日を乗り越える。高校生になって早々とこのカードを使ってしまったのが非常に残念ではある。この先、不安でしょうがない。


「へぇ~自立部のクリスマスパーティね。ってか相変わらず変な名前よね。部活名変えたらどうなの?」


俺のスルースキルをもろともせずに話に合わせてくる辺りからの強者だと思った。都会で働いた経験を活かしているのだろうか?そう考えると、都会って怖い。笑った顔して怖いこと言って刺してくる人とかでてきそう。

 自立部。これは俺の所属する、いや無理矢理加入させられた部活動である。俺が夜中までゲームしたりやふらっと旅行へ行ったりする結構自由な人間であったため何かに所属して活動をするということはしたくなかったのだが、ある時、自立部の部長である有村あすかによってそんな日々に終わりを告げることになった。彼女と出会ったのは高校2年になったばかりの4月頃のこの本屋である。俺が高校帰りに、たまたま寄ったこの本屋に有村がいた。元々、あまり人の来ないお店だったので有村は暇になったのか俺に声を掛けてきてしきりに部活動に所属しているかどうかを聞いてきた。俺の野性的危険信号が電波をキャッチしたので、部活動以外の話に反らそうと思ったのだが、そんな二人の会話を見ていた遠藤さんが俺たちに声を掛けてきたので、俺の為す術は無くなった。どうにかして二人の軋轢から逃れるために適当に濁してその場を後にした。それから先が面倒だった。この有村という女生徒は制服を見て同じ学校と判断して俺に声を掛けてきたようだった。この時ばかりは制服という制度を心の底から呪い殺したくなった。そこからの彼女のアプローチに根気負けした俺は仕方なく入ることにした。そして、あの日から彼女のあの顔だけは見たくないと心に決めた日になった。


とまぁ、この日までに俺の人生を数%程変えてしまうような出来事が起きてからは人と話す機会も増えたし、出会うことの無い人たちとも知り合うことができたことには少なからず感謝しているのが本音だ。しかし、もし俺が自立部に所属しなかったらそこでも出会う人がいたかもしれないが、それはあくまでの可能性の話でしかない。可能性という言葉に人は期待をしてしまい、裏切られた時に憤怒する。最初から期待をしないまま受け入れてしまえば少しは前向きになるというのに何故か期待してしまう。俺はそれを甘えと思っている。


「有村が決めたことですし俺には関係ありませんよ。ネーミングなんかよりもどんな活動しているかが重要なんじゃないんですかね?ほら、見た目より中身で決めるって言うし」

「そうは言うけれど、自立って言葉がセンスないよね。」

遠藤さんは、左手を頬に当てながらやや低めの口調でゆったりと答える。

「それ、有村の前で行ったら多分、彼女泣きますよ」

半分冗談半分本気で思いながら俺はそう答えた。自立部を命名したのは有村だ。

自立部の活動内容は各々が自分のしたいことに全力で取り組んで社会的に自立しても大丈夫なようにしよう!という社会から逃げ出したい大人たちが言いたそうなことを具現化した混沌とした部活だ。

「嘘よ。冗談に決まってるわ。熊谷君優しいのね。ところで、クリスマスパーティはいつから始まるの?」

「18時からですけど」

革ベルト製の腕時計で時刻を確認する。15時過ぎだった。手伝いは17時までだ。クリスマスパーティが行われる場所はここから自転車で15分程度なので時間通り手伝いが終われば遅れることはない。

時計から視線を放し、目の前のオーナーに対象を移すと何か考えている様子だった。結論が出たのか、対象物から言葉から放たれた。

「熊谷君。これから、君に仕事を与えます。それは、今日はこれにて仕事を切り上げてクリスマスパーティに早く行くことです!」

突然の事案が発生したため、俺は本棚に入れようとしてた大正時代に発刊された文学作品を手元から落としてしまった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る