ブロックスの27
こんなはずではなかった。
少年グイドは焦っていた。
ちょっとした遊びのつもりだったのだ。少しばかり怖がらせて、兄であるガイオを少し困らせてやろうとしただけだったのだ。
それがどうだ、六つも下の子どもに、今自分は全力で打ちこんでいる。
もちろん周りには悟られないように表情には出していない、傍から見れば上級生が下級生をいじめている光景だ。
実際は違った。当てるふりじゃない、本気で当てようとしてもかすりもしなかった。
避け方は拙く、いちいち悲鳴をあげているから無様に見えるが、その実ヴィートはグイドの攻撃を完全に見切っている。そうでなければ、おかしい。
まぐれで避け続けられるほど、自分のしてきた努力は安くないのだ。少なくともグイドにはその自負があった。
取り巻きの一人がこっそり教師を呼びに行ったのにはとっくに気づいていた。
だから今グイドは焦っている。
なんとしても教師が来る前にヴィートから一本取らなくてはならない、強迫観念にも近いなにかに急かされるように、グイドの打つ手はますます早まった。
「これで、どうだ!」
渾身の突き、危ないから同級生でもガイオ以外には決して使うなと釘を刺された突きを、グイドは放つ。
ヴィートは悲鳴を上げながらも、目を閉じることなく、最小限の動きでその攻撃を避けた。
懐に、入られた。
グイドは血の気が引くのを意識した。先に一発当てたら、そんな条件で始めた勝負だ。あれだけ大口を叩いといて自分は子供に負けるのか、グイドはやってくる未来が嫌で、思わず目を固く瞑った。しかし、いつまでたっても攻撃は来なかった。
「ごめんなさい……」
そんな声にグイドは目を開けた。そこには泣きながら自分に頭を頭を下げるヴィートの姿があった。
「ごめんなさい、ぼくなにしたかわからないけど、ゆるしてください~恐いです……」
ピイピイ泣くヴィート、彼が何を言っているのか、グイドにはさっぱりわからなかった。
自分は負けていたのだ、ヴィートは勝ったのだ。
なのに、最後の一撃を浴びせることなく、ヴィートは怖いからもうやめると言う、有利なのに勝利を投げるなんて、グイドには理解できない。
――だから、単純に考えてしまった。
こいつは本当は強いのに、オレを馬鹿にしているのだと――。
天才たる自負も、人々の先頭に立っていこうという志も、自分が今までの人生で育んできた努力も、その全てを否定された気持ちになって、なによりそんな卑怯者に、自分が負けたことが許せなくて――グイドは剣を投げ捨ててヴィートに飛びかかった。
「ふざけんな! ふざけんなよお前! オレはいままで何のために、何のために頑張って――!!」
「止めろグイド、何やってんだ!」
慌てて止めに入る同級生、結局そこに教師が現れるまでグイドは抑えつけられながら、ヴィートを蹴り飛ばしていた。
その日を境にグイドは変わっていった。何事も不真面目に、傲慢に、才能こそがすべてなのだと決めてかかるようになった。それがたった一つの勘違いのせいだと、誰も知らなかった。
そして成長したグイドは、ぼんやりとした意識の中で見ていた。自分たちを守り戦うヴィートの、姿、あの人外を相手に、結局最後まで攻撃を行わなかったヴィートの姿を――。
※ ※ ※ ※
あの悪夢のような戦いから三日経った。未だに死者がゼロだったのは奇跡としか思えなかい。
分かったことはいくつか、まずマルチャーノは、取り調べの末、全てを自白した。
すべての始まりは、数年前、この付近の街道工事のために、地下に危険物がないかを調べる要因としてマルチャーノが呼ばれたことだ。
魔法で地質を調べていたマルチャーノは、偶然にもカフナの下に大量の温水が眠っていることを発見した。
温泉と軽くいってしまえば終わりだが、実はこの世界には天然の温泉がとても少なく、世界中探しても数えるほどしか無い。
天然の温泉は、どんな宝石にも劣らない財宝だったのだ。
目がくらんだのだとマルチャーノは証言した。
見つけただけでひと財産築いた気持になったしまったのだと。
バレたら逃げるつもりだったし、その準備もしていたのだが、そんな折あの『ジャンクスピリット』を手に入れてしまったらしい。
手に持った瞬間から、もう自身の欲望を満たすことしか考えられなくなった……その時のことを思い出して、がたがたと震えていたマルチャーノは、嘘をついているようには見えなかった。
ちなみに、ジャンクスピリットをどこで誰にもらったのかについては、要領を得ない答えしか聞き出せず、リュージが大きく肩を落していたのをよく覚えている。
三日たった今、ヴィートは自室のベッドの上でぼうっとしていた。
後遺症なのか、未だ日常に現実感が持てないのだ。すべてが夢だったのではと疑ってしまうが、泊まるところもなく、三日間家に泊まったリュージのおかげで、あれが現実だと確信できている。
そのリュージだが、この三日間、母と喋っているかどこかに出かけていて何をしているのか聞いても教えてくれなかった。
彼はもともと旅人だそうなので、きっと自分には分からない準備がいろいろあるのだろう。
それにしても不思議な人だ。
魔法ではない謎の力を使って、あんな怪物と戦っている。
しかもあの対応力は、初めて見た人間のものではない、きっと今までも戦ってきたに違いないとヴィートは見当をつけていた。
リュージは頑なに手柄を自分に譲ろうとするが、今回の件は、生き延びたことも、父の思いに気づけたことも、騎士になれたことも、リュージのおかげだと思っていた。
そう、ヴィートは正式に騎士になった。思いのほか式は簡素で、見ていたのは団長一人だけだったが、現代ではこんなものだ。
もはや騎士は貴族のような特権階級ではない、誇りをもって臨む職務に過ぎないのだから。
「ヴィート」
ここ数日を振り返っていると、カーラが扉の前から声をかけてきた。
ヴィートは身を起して、ベッドから降りる。
「なに? 母さん」
「団長が呼んでるから、今すぐ行きなさい」
「団長が? そんな話きいてないけどなあ……」
団長からの呼び出しとくれば正式な任務であることが多い。
ならば事前に連絡が入っているのが普通だ。
今回のように緊急で仕事が入るのは稀なのだ。帰ったばかりの自分にそんなことはないはずだが……。
「……まあいいか、じゃあ行ってくるよ」
「あ、ちょっとまって、持たせるように頼まれてるものがあるの」
「持たせるもの?」
「うん、準備が終わったらリビングにおいで」
カーラは言うことだけ言うと、ヴィートから顔を逸らして、そそくさと下に降りた。
ヴィートはいつもとは違う母の様子に首を傾げたが、今考えても仕方がないかと思いなおす。
ヴィートは手慣れた動きで騎士服に着替えると、剣を……あの日抜いた剣を腰に差す。もう二度と、手放すことは無いであろうそれを――。
軽く身なりを整えてからリビングに向かえば、そこにはやけに大きなバッグを持ってカーラが待っていた。
本当に大きい、バッグに埋もれて向こう側にいるカーラが見えない程だ。ヴィートはよろめく母親を見て、慌ててそのバッグを受け取った。
「持ってくものってこれ!? なに入ってるのさこんなに……」
「いいから持っていきなさい、ほら、さっさと動く!」
ヴィートはカーラが、早く自分を追い出したがっているように見えた。
知らないうちに何か気に障ることをしてしまったのか、ヴィートは不安になりながら、言われるがままに家の外へ出ると、振り返って母親に頭を下げる。
「ええと、それじゃ、行ってきます」
「……うん」
十歩ほど歩いたとき、背後からカーラがヴィートの名を呼んだ。
その声がやけに切羽詰まったものに聞こえて、ヴィートはゆっくりと振り返る。
「……どうかした?」
「いや、その……何でもないわ、行ってらっしゃい、元気でね」
「大げさだなあ、母さんは」
ヴィートは笑いながらまっすぐ歩いて行った。
自分を見送るカーラの瞳に涙が浮かんでいたことにも、気付かなかった。
カーラは泣きたいそうに、でもどこか誇らしそうに、どこか遠くにいる愛しい人に向かって報告した。
「ヴィートは、立派になったよ、ライモンド」
※ ※ ※ ※
道を行きながら、ヴィートは、どこかおかしかった母の様子を思い返していた。
どこか体調でも悪いのかもしれない、そういえば母の好きなケーキ屋が近くにあった。帰りに買って帰ってあげようと、密かに計画を立てる。
きっと元気になってくれるだろう。ヴィートは勝手に上がってしまう頬をごしごしこすった。
何事もなく騎士団の本部に到着する。
いつもはここで向けられる視線はとげとげしいものが多いのだが、今日は違った。どういうわけか、皆ヴィートの方を神妙な面持ちで見ていた。
ますます首を傾げるヴィートを他所に、話は通ってるのか、受付はすんなり通してくれた。
できれば今日中に終わる用事であればいいと気楽に考えて、ヴィートは執務室の扉を開ける。
「失礼します……ってあれ、リュージさん?」
「おう、来たなヴィート」
「あの、僕団長に呼ばれて、なにか話してる途中だったんなら出直しますけど」
「いいや、呼んだのは私だが、用事があるのはリュージくんなんだ」
「リュージさんが?」
「それじゃ、私はすこし外そう」
エルモは、部屋から出ていく前に、ヴィートの顔をじっと見た。
鎧に睨まれるとプレッシャーが凄いので、止めてほしいのだが、数秒後、エルモはヴィートの肩を思い切りたたいた。
「いったぁ!! 何するんですか!?」
「はっはっは! 大きな声が出せるようになったな!」
「意味分からないですよ!?」
「今のお前ならきっと大丈夫だ、嬉しいもんだな教え子の成長っていうのは」
「……先生?」
エルモは部屋から出ていった。
なんだか今日はみんな変だ。やけにしんみりした雰囲気を作り出そうとしている。
ヴィートはいよいよ不思議そうに眉を潜めて、とりあえず用があるというリュージの前に立った。
「それで、話ってなんですか?」
「ああ、そうだな……どこから話せばいいか」
珍しく言葉を詰まらせるリュージだったが、直に結論が出たのか、一度頷いてから、口を開いた。
「悪い、前置きとか苦手だから単刀直入に言う、俺の旅についてきてくれないか?」
「……ええ?」
「お前なら、実力は申し分ないし、うまくやっていける気がする、きっとこの先の戦いも楽になる、だから――」
「ちょちょ、ちょっと待ってください!」
「……やっぱり嫌か?」
「嫌って言うか突然過ぎて何が何やら、まず戦いって何の事ですか?」
「……そうか、結局お前には話してなかったな、俺のこと」
「リュージさんのこと? それってあの変な力とかの――」
「変な……まあそうだな、それもだ、今からする話は信じられないことだと思う、でも本当のことなんだ」
そう前置きして、始まった話は余りにも荒唐無稽な夢物語。
それは実際に悪魔や素手喧嘩魂を見ていなければ絶対に信じられない、何の誇張もなく、おとぎ話のような話だった。
ヴィートは混乱の極みにいた。
当たり前だ、突然勇者とか、魔王とか、世界の危機とか、そんなことを聞かされても理解できるわけがない。
そんなのは本の中の出来事で、自分がいま生きているこの世界とは別の世界の出来事しか思えない。というか世界が滅びるとか信じたくないというのが本音だ。
例え目の前にあらゆる否定を封じる
だが、それよりも、何よりもヴィートが理解できないのはそこではない。
ヴィートは震える唇で、精一杯言葉を紡ぐ。
「僕に、その旅について来いって言うんですか?」
「ああ」
「でも、なんで僕に? 自分で言うのもなんだけどもっと相応しい人なら探せばいくらでも――」
そこだ、結局のところヴィートが気になっているのはそれに尽きる。
戦いを乗り切ったとはいえ、自分が臆病で、できる限り危ないことには関わりたくないと思っている気の小さい男だということは、流石にリュージも気づいているはずだ。
もしリュージの話が全て本当なのだとしたら、連れて行くのは、自分よりももっと――。
「お前から見て、俺は強いと思うか?」
どこまでも後ろ向きなヴィートの思考は、リュージの言葉に遮られた。
突然の質問に口が動かなかったが、代わりに何度も頷いた。
謎の力を持っているからといって、あんな怪物を相手に素手で渡り合うなんて、誰にでもできることじゃない、少なくとも自分なら出来ない。
リュージは強い、そんなの十人に聞けば十人そう答えると、ヴィートは思う。
リュージは、その答えに寂しそうに微笑みながら、首を横に振った。
「……今回の戦いで痛感させられたんだ、俺には『守るための力がない』って」
今回のリュージの気づきはそれだった。
あの時あの場所に、ヴィートがいなかったら、ラフィも、怪我をしていた騎士たちも守りきれなかった。
自分は相手を倒す力はあるが、人を守る力に乏しい。
そう、奇しくもリュージの問題点と、ヴィートの悩みはがっちりとはまったのだ。
「たぶん俺はこの先もあんな奴らと戦い続けなきゃいけない、でも俺一人じゃ、いつか守りきれない奴らがでてくる」
まっすぐな目を向けてくるリュージ、ヴィートは言葉に詰まった。
何をすればいいのかはわかってる、でもどうしたらいいのか分からない、ヴィートはとっさに剣の鞘を摩った。
怖い、未知の世界も、あんな怪物との戦いも、怖くてたまらない、自分はまだ臆病なままだ。
「お前は臆病なんかじゃねえよ」
あまりにも完璧なタイミングで放たれた言葉に、ヴィートは息をのんでリュージを見る。
リュージは、真剣な瞳をヴィートに向けながら頷いた。
「だってお前は守った、あの化け物たちから、カフナを、他の騎士たちを、俺を……自分が傷ついても守ったんだ」
「でも、それはつい体が――」
「勇気ってのは、そういうのの積み重ねを言うんじゃないのか?」
「……わからないです、そんなの」
リュージは自分の旅が危険性をよくわかっているつもりだ。
どんなに気が合っても、生きて帰れると確信した相手しか連れて行かない、咄嗟の機転、追い込まれた時の胆力、連れて行っても大丈夫だと、心から思った。
しかしながらそんなことを言葉で説明しても、きっとヴィートは納得しないだろう。だから、何度でもリュージは正面から突っ切る。
「ヴィート、俺はこの旅で、誰一人死なせたくない……でもそんなの一人なら妄想だ。でもお前となら、不可能じゃないかもしれない」
ヴィートは頭を下げて手を差し出してくるリュージを見て、まだ動けずにいた。
あの強大な存在と戦い、自分が生き残るのはともかく、犠牲を出したくないなんて、恐ろしく欲張りな話だ。
恐ろしく欲張りで、優しい話だ。
世界を守る、大き過ぎてよく分らないのが正直な気持ちだ。
でも今ヴィートにわかることが一つある。
――きっとあんなことはこれから先もっと起きる、何人も泣く人が出る、不幸になる人が増えていく。
本当に、自分が助けになるのだろうか。
本当に、自分の力でそんな人たちを減らしていけるのだろうか、袋小路に入り込みそうな思考の中――ヴィートの耳に響いたのは、リュージの最後に言った言葉だった。
「だからヴィート、この世界を……いや、俺を助けてくれ。全部助けたいって夢みたいなことを言ってる俺を、助けてくれないか?」
雷に打たれたように、ヴィートは思い出した。
自分が騎士だということを、騎士は、今目の前で助けを求めている者から決して目を背けないということを――。
先のことははわからない。
今言えるのは、目の前の男が助けを求めているということ、それだけだ。
――だったらヴィートは、それに応えないといけない。
それが『護るもの』だと、ヴィートは信じているから。
「――行きます、リュージさん、僕を、仲間にしてください!」
「おう、よろしく頼むぜ」
がっちりと、固い握手が交わされる。
人は何事かを成すために生まれてくるというのなら、これがそうなんだろう。
ヴィートは、勇者の仲間になった。
※ ※ ※ ※
二人は都市を、出口に向かって歩いていた。
いつも通る街並みが、ヴィートには眩しく見える。
一度ここを出れば次戻ってこれるとしても、いつになるか分からない、ここ数年はいい思い出のない都市だが、生まれ故郷だ。愛着がある。
ヴィートは込み上げてくる寂寥感を誤魔化そうと、リュージに訊ねた。
「移動は、どうするんです?」
「ああ、それなんだが、お前馬車運転できるんだってな」
「はい、昔街に長期滞在してた御者の人に教えてもらって、ってまさか――」
「ああ、駅馬車を一台くれるってよ、馬もついてる、至れり尽くせりだな」
「できるって言っても一応って話ですからね!?」
「そうか……まあなんとかなるだろ」
「へ、変なとこで適当だなぁ……」
深々と肩を落とすヴィートに、リュージが不意に問いかけた。
「挨拶は、すんでるのか……急に話し持ち出した俺が言えたことじゃないが」
「突然でしたからね、でも団長と母さんとは済ませたつもりです」
この話自体は、リュージが帰ってきてすぐに進めていたようだ。
今なら分かった、母と団長の言葉の意味が、そうならそうといってくれればいいのだが、ヴィートには分かっている、二人ともしんみりしたのが嫌いだから、なにも知らないうちに行って欲しかったのだろう。
かわいい息子、かわいい教え子として、そのくらいのわがままは飲もうと、ヴィートは二人に会うことなく去ることに決めていた。
「他はいいのか」
「意外と意地悪いですね……僕が都市で好かれてないの知ってるでしょう?」
「そうかーーだけど、挨拶しくちゃいけない奴、いるみたいだぞ」
「え?」
もう門の近く、あと百メートルほどで、ブロックスから出ることになる、そんな折に、誰か見送りにくる人などいただろうか。
ヴィートはリュージが指さしているほうを見て、目を見開いた。
門によりかかっている人物がゆっくりと向かって来る光景に、ヴィートは喉が渇くような緊張を覚えた。
「グイド、さん……」
「おい、ヴィート、その剣でいい――抜け」
「い、いきなりなに言って――」
「まあ別に抜かねえならいいけどよ」
言うや否や、グイドは一切の手加減をせずにヴィートに斬りかかった。
刃も潰してない、正真正銘の真剣だ。
ヴィートはすかさず剣を抜くと、ない刃先をグイドに向けて、グイドの切り込みに合わせて叫ぶ。
「
「ちぃっ!うっとおしい!」
グイドは突然目の前に現れた黒色の壁に舌打ちすると、素早い動きで回り込んで再びヴィートに切りかかる。
しかし打ち込みのたびにヴィートは剣をグイドに向けて、防御を続けた。
グイドがなぜ急にこんなことをはじめたのかヴィートには分からない。
でも、向かってくるグイドの目には、怒りも嘲弄も一切無かった。
何かを確かめるために一撃一撃打ち込んでいる。
逃げてはいけない場面だと、すぐに理解できるほどには――。
一撃は鋭く、重く、撃ち込まれるたびに火花が散った。
だがヴィートの盾は絶対にその一撃を通さない。
ひたすらに受ける。斬撃を、その向こう側にある、なにか言葉にできない思いを受け止めようと、ヴィートは剣を振るう。
――どれだけ続いたのか、実際には数分のやり取りでしかなかったが、ヴィートにはすごく長い時間だった。
始まりと同じく終わりも唐突に訪れる。
グイドは何かを考えるように目を閉じると、剣を鞘にしまった。
「ヴィート、お前なんで攻撃しねえんだ」
ヴィートはその目を見て悟った。彼はこの質問をするためにここにきたのだと――。
だから目を逸らさない。
きっちり目を見て、自分だけの答えを口にした。
「騎士は、『護るもの』だから、傷つけるだけの存在じゃないから! だから僕は絶対に攻撃なんてしません……今までも、これからも」
口にしたそれは、誓いとなってヴィートの中に自然に入った。
そう、ヴィートはこれからもそのこだわりを持ち続ける。
それこそが、ヴィート・マッシの絶対に曲げられない信念だから――。
グイドはその答えに、なんのリアクションも返さなかったが、不意にふっと微笑んだ。
――どこか憑き物が落ちた、そんな顔だった。
「――そうかよ、俺が、馬鹿だっただけか」
「グイド、さん?」
「なんでもねえ、あと決着はいまはつけねえ――帰ってきたら続きやるぞ、良いな?」
「……はい!」
グイドは、振り返ることなく、都市の中心に向かって歩いていった。
ヴィートは、その背中に深々と頭を下げる。
その姿が、見えなくなるまでずっと――。
「……すみません、待たせちゃって」
「いやいいさ……今度こそ良いな?」
「はい、ここでやることは、全部終わりました」
どこかに忘れ物をしていたのだろう。
グイドも自分も、ヴィートはいま晴れやかな気持ちで、旅に出ようとしていた。
※ ※ ※ ※
街道を、がたごと音を立てて馬車が行く。馬車の遥か背後には、現在進行形で小さくなるブロックスがある。
御者はヴィート、誘われてリュージも御者台にいた。
晴れやかな空を見上げて、飛んでいく鳥は不如帰、気持ちのいい風が、リュージたちを次の都市まで誘っている。
不意に、ヴィートがそういえば、と切り出した。
「ラフィさんにはあいさつしなくて良かったんですか?」
「ああ、カフナもこれから忙しいだろうし、わざわざ手間かけなくてもいいだろ」
「手間なんて、あんなに仲良しだったのに」
「仲良し? 俺とあいつが?」
「はい、どうみても仲良しだったじゃないですか」
「……まあいい奴だったのは認めるよ」
「あれ? 素直ですね、本人いないからですか?」
ヴィートがからかって言った。
旅の始まりだから少し気分が盛り上がっているのだろう。
別段腹も立たない程度の、かわいいおふざけだ。リュージは苦笑すると、その頭を軽く叩く。
「あんまり人をからかうなよ、それにな、いい奴なのは確かだが、一緒に旅するとなると別だ?」
「へえそうなの?」
「ああ、あんながさつで勢いだけで生きてる女連れてってみろ、生きて帰れる確立が減る気がしないか?」
「……でも美人と旅したい気持ちはあるでしょ?」
「見たことも無いくらい美人だったのはそうだけどな、でもそれだけじゃ――」
なにかおかしくないか。
リュージは今誰と喋っていたのだろう、隣のヴィートも、同じことに気づいたようだ。
会話のテンポに慣れきっていたせいで気づかなくなっていたが、ここにいるはずの無い人間の声が聞こえた気がする。
リュージとヴィートは、同時に後ろを向いて、幌から顔だけ出してる銀髪の女がウインクしているのを目撃する。
ヴィートは思わず「うわぁ……」と呟き、リュージは頭を抱えて叫んだ。
「お前なんでここにいる!?」
「なんでって? そりゃ着いてくからよ?」
「そんなさも当然であるように……」
「というかお前、いつからいた!? さっき荷物しまったときはいなかったろ!?」
「そう、じゃあこれからは寝袋の中も調べるのね」
寝袋、そういえば用意していた寝袋のひとつが見当たらず、代わりに積んだ覚えのない巨大な、人が入るくらい大きな袋があった記憶がある。
今思えば、あれは中にラフィが隠れた寝袋だったのだ。
てっきりヴィートの荷物なのだとばかり……。
「お前だからって――そうだ、カフナは?」
「そっちはもう私がいなくても大丈夫みたい」
「どういう意味ですか?」
「まあ細かいことは良いじゃない、どうせ生傷が絶えない道中よ、私がいなくてどうすんの!」
自信満々に胸を張るラフィに、リュージは盛大にため息をついた。
途中下車、というにはブロックスから離れすぎた。
それになにより、本人に降りる気が全く無い。
説得するのも面倒だ、リュージがあれこれ考えている間にも、ラフィは後ろからヴィートの背中を揺すぶっている。
「それよりさっき『うわぁ』って言ったでしょ! どういう意味よ!」
「違います! つい、ついなんです!」
「はいなんにも言い訳になってないからだめー!」
「うわ! いま運転してるから待って! あぶあぶ、危ない、今は、今はやめてぇー!」
「……少しは静かにしろよ」
口ではそういいながら、これから先の旅路が楽しみになってきている自分は、やはり素直とは程遠いと、リュージはばれないように微笑んだ。
本日も快晴、魔王の影、まるで見えず。
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