ブロックスの3

「この村もなぁ、昔は人がたくさんおったんじゃ」



 机の上に並べられたのは、焼いたハム、焼いたソーセージ、焼いた卵、ちぎったレタス、等など――残念ながら料理のできる人間はこの場にいなかった。

 ラフィは自信満々に出来ないと宣言し、ヤコポは食事に重きを置いていないので作れんと言い、かくいうリュージもアルビオンにいた時は何もしなくても食べ物が出てきていたし、サラリーマン時代の主食はカップ麺だ。せっかくの食材は焼くか煮るかくらいの選択肢しか取れなかった。



 最初は文句を言いながら食べていたヤコポだったが、酒には弱いようで、すすむにつれて赤ら顔で饒舌になっていった。話はあちこちへ飛び、今は半ば寝ている状態で、自身の住んでいる村について語っている。



「特にこれと言った特産品もないが、のどかな風景が取り柄の良い村じゃった」

「のどかなのは今でも同じでしょ?」

「それが、あの野郎が来てから全部変わっちまった」

「あの野郎、さっきの奴らか?」

「あの小太りのくそ野郎だけじゃ、もう一人はただの護衛じゃろ」



 マルチャーノ、本人が言うにはアルカディアの建設会社の代表であるらしい、らしいというのはアルカディアには建設会社が腐るほどあるため、中堅の名前などだれも覚えていないからだ。

 とにかくそのマルチャーノがある日突然このカフナの村にやってきて言った。



『この土地は、アルカディア公認の開発計画により私に一任されました。つきましては皆様方にはこの土地を立ち退いていただきたく――』



 突きつけられたその書類は確かにアルカディアの公文書であり、村人たちは立ち退くようにと明記されていた。

 住人たちは怒り狂った。今日この瞬間までそんな話は聞いたことがない。それを急に来て出て行けなどそんな話があって良いはずがない。自分たちにだって今までこの土地で営んできた生活というものがあるのだ。心は一つだった。立ち退き断固反対、カフナの意見は早々に統一された。



「そりゃそうなるだろ、土地の開発計画が工事直前に知らされるなんておかしい」

「わしだってそう思った。だから反対したんじゃ、じゃが――」

「……話はそう簡単にはいかなかったのよ」



 歯を食いしばって涙を堪える老人に代わって、ラフィが続ける。

 マルチャーノは抵抗する住人たちに巨額の立ち退き料を提示してきたのだ。しかも時間と共に立ち退き料を減額していくとも言ってきた。  

 自分たちが食べる分だけの作物を育てる生活だったカフナの住人の  

心は揺れ、住人同士の間で不和が広がった。それでもヤコポはあきらめなかった。亀裂が入りかけている住人たちに対話をさせ、繋ぎとめ、何とか団結を保っていた。つい最近までは――



「……何があったんだ?」

「盗賊よ、さっき話したでしょ、最近この辺で頻発してるの、おかげで行商人は来れない、一番近いブロックスに行くのも覚悟がいる」

「それで――」

「ああそうさ、あいつ等は逃げたんだ!この村を捨ててな!未来がない村に残るよりは金をもらってどっかの都市でやり直すんだそうだ!ふざけおって!」

「お爺ちゃん、もう飲みすぎよ」

「うるさい!邪魔するな、わしの生まれ故郷なんじゃぞここは!なんで出てかなきゃならん!わしらが何悪いことしたって言うんじゃ、ちくしょう、ちくしょう――」



 ついに机に突っ伏して老人は泣いた。男泣きに泣いた。

 ラフィがその背中を優しく撫でる。老人はその手さえ払いのけ、自分がこの世で最後の一人になったかのごとく泣き続ける。

 そしてそれはヤコポにとっては間違いではないのだろう。生まれてから老いるまで守り続けてきた土地が、ある日何の前触れもなく奪われることになった。その気持ちは推し量るに易くない。リュージは心中言葉にできない思いを抱えながら、ヤコポが泣きつかれて眠ってしまうまで黙っていた。





※   ※   ※   ※






「ベッドに寝かせてきた」

「ありがとう」



 眠ってしまったヤコポは、リュージが担いで家まで持って行った。担いだ体の軽さに複雑な気持ちになった。この軽い体であの男二人相手に大立ち回りを演じて見せることがどんなに勇気のいることか。

 この老人は心の底からこの地を愛しているのだ。できることなら何とかしてやりたい、やりたいがその『なんとか』を思いつくほど、リュージは賢くなかった。

 そんな時だった、ラフィが口を開いたのは――



「ねぇ、お願いしたいことがあるんだけど」

「俺に言ってんのか」

「ほかに誰がいんのよ、大丈夫そんな難しいこと頼まないから」

「……言ってみてくれ」

「――この村をね、救ってほしいのよ」

「漠然としすぎだ、結局俺は何をすればいい?」

「今から説明するから黙って聞きなさいよ、さっきの話聞いててどう思った?」

「どうって――」



 気の毒な話だとか、マルチャーノとかいう男がいけ好かないとか、そういうことが聞きたいわけではないだろう、だがリュージにはそれ以上の感想が思い浮かばない。ラフィは分かりやすく呆れた表情をリュージに向けた。



「予想くらいつくでしょ、あなたいったいいくつよ」

「二十五だ」

「嘘!? 年下!?」



 驚き過ぎて年齢を半分暴露しているが、驚いたのはリュージも同じだ。目の前の女はどう見ても二十代前半にしか見えない、昔から年上に見られていた身としては羨ましい限りだ。

 衝撃の事実に固まっていたラフィは、一つ咳ばらいをすると気を取り直して、



「ま、まぁ年齢のことはいいのよ、それより、おかしいと思わない?」

「……何がだ?」

「工事の段階に入るまで村人に何の説明もないなんてあんまりでしょ、アルカディアのやり方にしては杜撰すぎる」

「悪いが俺はアルカディアにはいったことがないんだが、そうなのか?」

「そうなのよ、それにねマルチャーノはここに店を作るなんて言ってるけど、こんな場所に何の店作るってのよ、馬車で通りかかるくらいならブロックスに行ったほうが早いわ」

「それは、その道の人間にしか分からねえ何かがあったんじゃないのか」

「無いわ、五年も住んでる私が言うんだから間違いない、あの許可証だって怪しいもんよ」



 ヤコポの話ではこの村には特産品と言えるものもなく、このあたりには何か特別なものが取れることもなければ通行量が多いわけでもない。 

 こんな場所で商売をしても売上より仕入れ値のほうが確実に高くつく。住人に立ち退き料を払ってまで手に入れる程商売に適した土地だとは思えない。



「あと、これは勘なんだけど、最近このあたりに出る盗賊たち、マルチャーノとつながってるわ」

「……あいつが村の人間を追い出すために、このあたり一面を襲わせてるってのか」

「たぶんね、じゃないとあまりにも都合良すぎるのよ」



 確かにさっきの話を聞いていて、違和感はあった。

 突然やってきたマルチャーノ、次いで現れた盗賊団、過酷な運命が偶然この村を襲ったと考えるには無理がある。これが仕組まれていることなのだとしたら、計画的な犯罪だ。



「言いたいことは分かった、で、俺になにしろって?」

「やーね、怖い顔しないでよ、別に盗賊団潰せとか言うつもりはないわよもしこの想像が当たってるとしたら、あいつはただの犯罪者よ、騎士の出番ってわけ、だから私をブロックスに連れてって」



 その話は聞いていた、『防衛都市ブロックス』は世界中の都市から要請があればすぐさま戦力を送り出す、いわゆる守護者的存在だ。

 それ以外にも大陸全土の警備も進んで行っており、西ボアル大陸の治安維持に貢献している。手を借りるにはもってこいだ。



「でも今の状況で私が一人で村からのこのこ出ていくと間違いなく捕まるわ。というより殺されてもおかしくない」

「殺されるって――」

「だってそうでしょ、今私が盗賊に身ぐるみはがされて殺されたって誰もマルチャーノの仕業だなんて思わない、あいつはまんまと邪魔な私を消せるってわけよ」

「……言いたいことは分かるし納得もできる、別に連れていくのは構わないが、全部想像だろ? そんなので動いてもらえるのか」

「自慢じゃないけど喋るのは得意なの、向こうに着きさえすれば話を聞いてもらう自信はあるわ、一人だったら諦めてたけど幸いにもあなたが来たしね」

「俺?」

「ええ、強そうで行き先が同じで、顔に似合わずお人好しの勇者が来るなんて、もう天が私に動けと言ってるような――」

「ちょっと待て」



 聞き捨てならない単語が聞こえた。

 それはまあここは女神教の教会なわけで、目の前にいるのは一応聖職者なわけで、聞いていた話の限りでは可能性だってあるにしても、一応訊くべきだ。



「何で、俺のこと知ってるんだ」

「え? ……ああ、勇者ってこと? 神託で聞いたのよ、正直勇者って何のことかよくわかってないけど、とりあえずいい人っぽいじゃない?」

「ぽいってお前……それより、神託ってのはこんな小さな教会にまで伝わるようなものだったのか!?」



 緘口令が敷かれたとはルイスは言っていたが、こんな隅々まで話が伝わっているとなるとそれだって眉唾だ。

 正体を隠しているわけでもないが積極的に言いふらす気もない。良くも悪くもリュージの立場は目立つのだ。知られ過ぎていいことはないと思う。



「心配しなくていいわよ、あれ聞こえた人間は少ないって話だもの」

「お前が聞いてる時点で信憑性に欠けるんだが」

「私はあれよ、日ごろの行いが良すぎるから」

「……そんなもんなのか」



 修道服を改造し、喧嘩を助長するのをどう見れば善い行いになるのか甚だ疑問ではあるが、そう言いきられてしまうとそれ以上深めようがない。今更疑ってもどうしようもないし気にしない方がいいかもしれない。



「じゃ、そーいうことだから、私寝る」

「どういうことだよ」

「明日は早いわよ、できれば一日で行って帰ってきたいし」

「いや聞きたいことが――」

「眠いからパース」

「パスっておい」

「話なら明日歩きながらでも十分よ、何時間歩き続けると思ってんの、わざわざ話題を減らす必要はないでしょ?」



 どこからか入ってきた風が蝋燭の火を消した。代わりに小さな窓から入る月明かりがラフィを照らす。彼女はリュージのほうを向き、黄金色の瞳を片方閉じて、「おやすみ」とだけ言い残し、奥へと消えていった。

 一人になったとたん夜の静けさが戻ってくる。窓から見えていた月はラフィがいなくなると同時に雲のなかに隠れた。照らすべき人間がいなくなったとでもいうつもりか。

 真っ暗になった部屋で、リュージは頭を掻き、誰にともなく呟く。



「寝る場所くらい、連れてってくれよ……」



 ついたため息もすぐさま闇に交じって消えた。

 仕方ないので部屋の隅に置いてある木の椅子の上で横になる。朝は冷えるが、作りのしっかりしている室内なら、風邪をひくようなことは無いだろう。スーツの上着を掛け布団代わりにして、リュージは瞳を閉じた。

 明日の旅路は、賑やかになりそうだ。

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