第34話 加護されし者。
「ブヒ、ブヒィ……いいぞ女。その目だ。俺を恨め、殺したいと願え!」
覆い被さる様にのし掛かるオークは露になった彼女の胸を鷲掴みにすると首筋に舌を這わせて
「俺は魔王軍ハイ・オーダーズ43位、特殊工作部隊長
光の━━加護。ミレイは幼き頃、槍の精霊に出会った事があった。
父様が国王陛下から
ある日、誰もいないハズのお父様の部屋にとても美しい白い髪の女性が立っていた。流れる様に美しいその曲線美と凛として立つその姿勢が彼女芯の強さを物語っているようで、ミレイは心がときめくのを感じていた。
白髪の女性は扉の隙間から覗き込んでいるミレイに気付き、その切れ長の目をスッと細めると優しい笑顔で微笑んだ。
「娘、お前には
ミレイが小さく頷くと、白髪の女は満足げに笑った。
「我はこの槍の精霊、姿が見える者が現れたのは五百年ぶりだろうか……小さき娘よ、お前には我の加護を与えよう。お主が我の
彼女は自らの名を名乗るともう一度微笑んで霧のように消えてしまった。あれから何度名を呼んでも彼女は姿を現す事は無かったのですっかり記憶の隅に追いやられ、今の今まで思い出す事が無かった。
力だ……力が欲しい!
「アスカ……我に力を。この豚共を
ミレイの体をまさぐり、舐め回していたオークキング・ドゲスティが身を翻して飛び退く。彼女を押さえ付けていた騎士二人も同様に尻餅をつきながら後退した。
突然ミレイの体が聖なる光に包まれると発光し始めたからだ。
彼女はドゲスティをにらみ付けたままスッと立ち上がると手枷を簡単に破壊した。壊すと言うより
そんな彼女のすぐ後ろに美しい白髪の女性が 立っていた。上から足元まで全て白一色で統一された彼女は、まるで水着のような薄手のボンテージファッションに肩鎧と両手にガントレット、ロングアーマーブーツといった戦士のような出で立ちでありながら、腰のベルトサイドから後ろ全体を隠すような膝下丈のスケルトンスカートが彼女の美しさをより際立たせていた。
『ようやくその身に必要な力を付け我の名を呼んだな、
「はい、我に力を! いでよ、神槍【アスカロン】」
ミレイの両手に光の束が収束するとそれは二振りのショートランスへと変貌した。彼女は両手に槍の重みを感じると直ぐさま二人の騎士へと間合いを詰め、一気に二人の心臓を貫いた。
「ギャウォー!」
「ゲボィバァー!」
二人の皮を被ったシェイプシフター達は、奇声を上げるとその皮を残して砂となった。
「マリク、アンドレア、すまない」
ミレイは瞳に涙を溜めたまま、豚鬼へと向き直り怒りに燃えた視線をドゲスティへと突き刺した。
彼女の怒りの視線に僅かに気圧されたドゲスティは側に置いていたキングハンマーを手に取ると部下達を呼ぶべく角笛を吹く。
ブロ~、ブロロ~!
角笛の低く響く音が薄暗い広間に鳴り響く。だが、ドゲスティがいくら角笛を吹いても誰も現れる様子がない。
「クソッ、バカ共がっ! 何をしているんだ!!」
苛立つドゲスティは角笛を投げ捨てると巨大なハンマーを振りかぶる。一方ミレイも、その行動が敵の増援や罠などで無い事を確認すると、周囲への警戒より目の前の
二人がお互いの距離を詰めんと踏み出そうとした瞬間だ、『ズドン!』という激しい爆発音と共に広間全体が激しく揺れる。
石作りの天井からは砂や埃と共に破損した天井の欠片が降り注ぐ。
「なんだ、何事だ! 何が起こっているというのだ!!」
苛立ち大声を上げるドゲスティが隙を見せた瞬間をミレイは見逃さなかった。
一気に槍の間合いへと飛び込むと必殺の一撃をオークの心臓へと繰り出した。
「甘い!」
ドゲスティは身をしならせハンマーの柄で槍の軌道をずらし、ギリギリでかわすとそのままハンマーで地面を叩き付け、その反動を利用して間合いを詰めミレイの腰に強烈な蹴りを放つ!
左手の槍で防御するも槍ごと蹴りの直撃を食らい数メートル弾き飛ばされ、彼女は広間の壁に叩き付けられた。
反動で前に崩れ落ちるかと思われたが、体をひねり左へと回転しながら受け身を取り、勢いを生かしてダッシュすると一気に距離を取った。
彼女が先ほど倒れ掛けた場所には巨大なキングハンマーが突き刺さり、地面が衝撃で落ちくぼみひび割れていた。咄嗟にかわして距離を取っていなければ彼女は確実にミンチにされていただろう。
「ちょこまかと逃げ回る
口角を吊り上げニヤリと笑うドゲスティにはまだまだ余裕がありそうだ。
だが、ミレイにも先ほど蹴り飛ばされたダメージはほとんど無かった。
槍で防御したとはいえ、直撃を受けた割には体へのダメージが少な過ぎる。又、その後の反応も自らが経験した事のないスピードで対応出来ていた。槍の精霊アスカの何らかの加護が働いているのだとミレイは確信していた。だからこそ彼女の方も豚鬼の挑発に乗ってみせる。
「お前もぶよぶよの豚野郎の割には素早いじゃない。でも、その程度のスピードじゃあ、私には到底通用しないわ、あくびが出ちゃう」
「豚のスピードを舐めるなぁ!」
「舐めないわよ、気持ちが悪い!!」
お互いに言葉が終わらぬうちに走り出している。瞬きする程の間に距離を縮めたミレイとドゲスティはお互いの武器をぶつけ合い、必殺の一撃をかわし、反らし、打ち落とした。
先ほど組み敷かれた時に感じた圧倒的な力の差を今は感じない。ハンマーの威力を殺す為、懐に入ったつば競り合いでも力負けしていない事にミレイは歓喜していた。
殺れる!
その思いが油断に繋がった。ボンと一気上がったオークの覇気に気圧されたミレイにスキが出来た。つば競り合いをしていた短槍を弾かれるとがら空きになった正面から体当たりをかまされ広間の壁に叩き付けられた。
崩れ落ちる間もなく、もう一度体当たりを食らう。壁にめり込まされ全身に強い痛みを感じた。
「身体強化が使えるのが自分だけだと思うな! ブヒャヒヒィ……」
ドゲスティの顔に歪んだ笑みが広がる。
壁を背にしたまま首を絞め上げられ、徐々に上へ上へと持ち上げられ爪先が地面から離れると完全に首吊り状態となる。全力でオークの腕を絞め上げ、なんとか首への絞め上げを緩ませようとするも奴の強化された腕力に太刀打ち出来ない。
まずい……このままでは意識が━━。
ミレイの視界が薄くぼやけ始めたその時だ!
「
男のものと思われる大きな声が広間に響き渡ると天井をぶち抜き、床を粉砕して何かが床下へと落下して行った。
ドゲスティの気が削がれたのか、手に込められた力が一瞬緩んだ。その隙を逃さずオークの両手に力を込めて
着地したミレイは息を吸う暇もなく側方へと飛んでドゲスティから距離を取る。ゲホゲホと強く咳き込みながらも視線はドゲスティから離さない。
奴は落としたハンマーを拾い上げると何者かが落下した穴を見つめて警戒している。
床に開けられた巨大な穴……その
「えー、助けに来ました……的な?」
何故、疑問形?
皇国の騎士ミレイと勇者ビートの初の
━つづく━
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