第27話 我が者にせしモノ。

 俺は困惑していた。洞窟内に鎖でグルグル巻きにされた四角い巨大な箱。中央の透明なアクリルカバーの奥には数種類の缶ジュースやコーヒーの見本が並んでいる。アクリルカバーが透過性のある液晶画面になっており、いま俺に話し掛けてきた緑色の髪の女の子はそこに映っているCGキャラクターなのだ。


「盗賊たちが勇者が来ると噂しておりましたので、下手に抵抗せず勇者様が助けに来て頂けるのを心よりお待ちしておりました」


「四角い商人って……自販機だったのか!」


「あぁ……やっと私の事を理解して頂ける方にめぐり会えました。とても嬉しいです。勇者さまの世界にも私の仲間がいらっしゃるのですね」


「いやいや、とても君の仲間とは言えない。喋りはするが、君の様に会話なんて出来ない。決まったワードを繰り返すだけだ」


 言ってから気付いた。薄暗い洞窟の中で、鎖で縛られた自動販売機と会話している事の違和感に苦笑してしまう。ないわー、自販機相手に【君】とか言っちゃってるし、マジでないわー。本当にコイツは機械なんだろうか?


「その箱の中に本当は人が入ってるなんて事はないよね」


「ふふふ……入っていませんよ。私は第7世代超高度人工知能セブンスブレインAI、搭載型の自動販売機で略式名称が【MS━06サクラ17号】といいます。この度は盗賊から救って頂き誠にありがとうございました。危うく売る側から売り物にされてしまう所でした。てへ🖤」


 てへ🖤……とか言っちゃうんだ、コレ。俺のいた時代には無い、無駄に高い技術の詰め込まれたとんでもないだ。

 ━━ただ、ジュースの自販機にここまでの会話機能が必要なのかどうか、とても疑問に思った。開発チームの方々が、一周回ってやり過ぎちゃったのでは無かろうか。俺が失礼な事を考えている間にも会話は進んでいる。


「あっ、エルム様お久しぶりでございます。このような格好でお恥ずかしいデス。まさか、エルム様直々に助けに来て下さったのですか?」


「えへへ……ごめんね。ここへはビート君の付き添いで、たまたま来ただけです。サクラちゃんとはニ年ぶりくらいかな?」


「はい、二年と百二十七日ぶりです。せっかく召喚して頂いたにも関わらず、勇者として何の功績も残せず申し訳ありません」


 驚きの事実だ、彼女? もエルムに召喚された勇者の一人だった。どういう理由で選ばれたのか分からないが、召喚主がエルムなので俺の時と同様変な勘違いに違いない。


「ビート君そんな不思議そうな顔しないでよ。ナーちゃんも勇者召喚で異世界から来た武器だし、今さらだよ。この世界、結構勇者いるんだよ」


「無闇やたらと見境なく勇者召喚してんじゃない!」


 俺はエルムの頭に軽くチョップした。


 エルムはニヤニヤしながら実体化ナーゲイルの元へ向かうと『へへへ……怒られちゃった』と満面の笑みで笑った。笑顔を向けられたナーゲイルは自分の領域を侵されたからか、ちょっぴり不機嫌そうである。


 お前ら競い合うところが何かオカシイよ……うん。何かとても残念な女神と聖剣である。


 やれやれといった体の顔をした俺に、サクラがもじもじしながら語りかけてきた。もちろん、もじもじしていたのはCGであり、本体ではない。薄暗い洞窟内で自販機本体がもじもじしていたらちょっと気持ち悪いと思う……たぶん。


「勇者さま、誠に申し訳ないお願いなのですが、私を洞窟の外まで運んで頂けないでしょうか? 私の内部電源が切れ掛かっておりまして、自律機動する程のエネルギーが残っておりません。外まで出れば太陽光をエネルギーに変換出来るのですが……」


「ソーラーで稼働電力をまかなえるのかよ、スゲーな!」


「えへへ……褒められると照れてしまいマスゥ」


 頬を赤く染めてテレるサクラはとても可愛いのだが、何をどうあがいても彼女はグラフィックだ。無駄にリアルな反応をするところが、駄女神、駄聖剣に並ぶ残念感がする。


 俺は鎖を引き千切ると、彼女を持ち上げた。


「あっ、勇者様ダメです! 私、凄く重いのでお一人では…………。」


「……」


「凄いすごーい、私の事お一人で持ち上げられるのですね。びっくりしました」


 ナーゲイルの身体強化のおかげで楽勝なのだが、素直に驚嘆され褒められると悪い気はしない。

 軽々と彼女を両手で抱え入口付近までたどり着いた頃だ、サクラが妙な事を言い始めた。


「私、夢が叶いました。男の人にされる日が来るなんて思いもしませんでした!」


『「ブゥ━━━━ッ!!」』


 俺とナーゲイルは同時に吹き出した。断じて言う、俺は今両手でなんとか彼女を抱えている状態であり、はた目には作業員が自動販売機を移設しているような状況である。決してコレはお姫様抱っこなどではない!


「いつも移動の際は無骨なクレーンに吊り下げられ、抵抗する事も出来ぬ屈辱的な日々……でもそれも今日でおしまい。私はこんな日が来るのを待っていた」


 人工知能に夢があるってどうかと思うけど、本人は舞い上がっているようだし、喜んでるならまあいいか。気にしたら負けな気がするのでもうスルーする事にした。

 俺は彼女を洞窟の外まで運び出すと日の当たる場所に設置し光を吸収させる。


「は━━っ、生き返る!」


 天井部分にあるソーラーパネルに光を浴びて喜ぶサクラだが……生き返るねぇ。俺は突っ込まない、絶対突っ込まないぞ! もうスルーするって決めたんだ。

 そう決意した俺に対し、サクラも自らの決意を表明した。


「私、決めました。わたし、になります。いいえ、私を貴方の物にして下さい!」


「「『……』」」


 この場にいるサクラ以外の全員の時が止まった。俺は何事も無かったように……何も聞かなかったかのようにエルムとナーゲイルを伴って山道を下り始めた。


「エルム、ナーゲイル、帰るよ~」


『「はーい!」』


「あっ、待って勇者さま、待って下さーい。置いて行かないで━━━━!!」








 ーつづくー




 あれ、なんだろう……少し前にも似たような事があったような。


 まあ、この世界、気にしたら負けか。

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