第26話 被りし者。

 俺は恐るおそる洞窟へと侵入して行く。嫌そうな顔をしていたティーとエルムだが、しぶしぶ付いてきているようだ。

 エルムが光と土の精霊に呼び掛け、照明と洞窟が崩れない様に働き掛けてくれたようで安全と視界を確保しながら探索する事が出来た。


 先行する光の精霊に照らされてバラバラに引き裂かれた死体が転がっているのが見えて、思わず口の中まで酸っぱい物が込み上げた。

 いくら相手が悪人である盗賊だとしても、流石にこれはやり過ぎだ。


『精神耐性強化が限界突破しました』


「はっ? ティー、何が突破したって?」


『ん? マスター、ボクは何も言ってないよ。それよりもそこらに転がってるバラバラの死体良く見てよ』


 良く見てって……胃にかなり酸っぱい物が込み上げた状態ではかなりしんどいはず──あれ? 何だろうさっき程気持ち悪くなくなった気がする。


 ティーが何を気にしているのか分からないが、良く見ると死体の皮が無駄に剥がれ落ちていて筋肉がむき出しになり過ぎている気がする。


 ティーも同じ事が気になっていたのだろうか、顔をしかめながらも死体の周りを飛び回り俺の元へと戻ってきた。


『マスター、やっぱりコイツら全員人間じゃありません。たぶん、シェイプシフターです。』


「シェイプシフター?」


『はい、殺した人間の皮をかぶって人に成り済ます悪魔です。殺した人間の脳を食って知識や記憶を奪うと言われている魔族です。』


 元が悪魔だったからなのだろうか、光の精霊が放つ光に当たった所から皮だけ残して灰の様になり始めた。


 それを呆然と見送る俺達の前に洞窟の奥からひとつの影が進み出た。小さな角付きの兜を被り革鎧の上に毛皮を羽織ったいかにも盗賊と言った風体だ。身長は俺より高く190センチほどはあろうか、彫りの深い髭づらでドワーフといった印象だ。

 どでかいドワーフ……それだけでも十分にとんでもない威圧感なのだが、右手には巨大な戦斧、左腕は先ほどのナーゲイルのやらかしで無くなっており左半身は血だらけだ。


 マジ怖いって。


「貴様が勇者か、若造!」


 叫ぶなり戦斧を振り下ろして来る。迫り来る戦斧の刃をショートソードで軽く打ち付け軌道をずらしてかわした。戦斧は重さとパワーで相手を叩き切る武器だ。ショートソードでまともに受ければ俺ごと真っ二つにされかねない。オルクさんとの戦闘訓練が僅かばかりだが役に立っているのかも知れない。


「お前が盗賊団のボスか!?」


「あぁ……たった今、お前らに壊滅させられちまったがな。ここに残った者で生きているのは俺だけだ。まさか洞窟の中が確認出来ない状況であんなとんでもない攻撃をいきなりぶち込んでくるとは貴様正気か? 俺の精神スキルであの女の声をお前に飛ばして、洞窟内に誘い込んでから全員で袋叩きにするつもりだったんたが……まったくもって台無しだ。村から逃げ戻った下っぱどもは洞窟が埋まってるのを見てさっさと逃げ出しやがったし、お前らがここにいるって事は出迎えに行った奴らも、大方殺られちまったんだろ?」


「あぁ、ギトールには逃げられちまったがな」


 盗賊団のボスは喋りながらも、まるで素振りでもするように戦斧を振り回してくる。身体能力強化されたスピードを生かした戦いをしたいのだが、後ろにいるエルムと盗賊のボスの間に俺と言う壁が無くなれば躊躇なく奴はエルムを襲うだろう。下手に動く事も出来ず、会話に答えながら、敵の攻撃をかわしていつでもスキを突いて反撃出来る様に警戒をしている。


「ちっ、まったく最悪だ──。俺達といた事でだいぶ溜まってやがったからなぁ。アイツもあと少しでしてコチラ側になれる所だったんだが……まぁ放っておいてもいずれは落ちるだろうがな」


「闇落ち?」


 俺が盗賊団のボスに問いかけようとした瞬間、戦斧が横凪ぎに俺の体を真っ二つにせんと迫り来る。その刃をギリギリでかわした俺だが、バランスを崩した所にぶっとい足の蹴りを叩き込まれた。弾かれる様に転倒した俺に向けてボスは戦斧を大きく振り上げ構えた。


 不味い、避けられない!


「ビートくんはらせない!!」

「来い、ナーゲイル!」


 俺とエルムの声が重なった瞬間、ボスの眼前に飛び込んだ光の精霊が強烈に発光した。


目潰しフラッシュ!」


 ほんの一瞬、敵が怯んだ。そのスキを逃さず右へと転がる。すかさず反撃に転じたかったが、エルムの強烈なフラッシュでコチラも目を開ける事が出来ない。右手にナーゲイルが実体化した重みを感じると盗賊のボスがいたであろう位置に向かって剣を横凪ぎに払う!


 剣先が何かに当たる感触があった。


 だが、とても致命傷を与えたとは言い難い感触だ。距離を取るため、エルムの声がした方へ転がると剣を構え直しゆっくりと目を開いた。


 同時に背中に誰かが飛び付く感触。


「エルム?」


「バカ者! 死んじゃうかと思ったんだからね。────間に合って良かった」


 盗賊団のボスは片膝を立てて、腹を抱えてうずくまっている。武器も手放しているし、すぐには動けない様に見える。俺はそちらを警戒しながらもチラリと後ろにいるエルムに視線を送る。


「ごめん、それとありがとう。助かったよ」



 俺の背中を掴んだエルムの手が震えている。

 彼女は突然、パンッと柏手かしわでを打つと右手を大きく振り上げて言った。


「よっしゃ────っ、好感度アーップ!」


 ……エルム。そう言えばお前はとても残念な女神ひとでしたね。忘れてました。俺は心で泣いた。


 でもエルムらしいと言えば、エルムらしい行動なので確かに好感度は上がったのかも知れない。


 警戒しながらも苦笑する俺の目の端に、ゆっくりと立ち上がるボスの姿が映った。

 彼は右手で自分の顔の皮を掴んで引き千切ると、真っ赤な筋肉むき出しの顔でニタリと笑う。その顔は人間よりもむしろ爬虫類に近かった。


「末席とは言え、魔王軍50位以内ハイ・オーダーズの俺がこうも簡単にしてやられるとはな。しかも目の前でいちゃラブされて何とも腹立たしいわ!」


「ハイ・オーダーズ?」


 あれ? 何だろう。聞き覚えのある言葉だ。たしか俺のやってたソーシャルゲーム【エクステリアの奇跡】でもランキング100位以内のプレイヤー達が【オーダーズ】と呼ばれていた。あのゲームはこの世界に何か関係があるのだろうか? だが、その質問をする機会は訪れなかった。盗賊団のボスが魔王軍に関して語り始めたからだ。


魔王軍うちはなぁ、完全出来高制のブラック企業でな、ればヤルほどポイントが貯まってランキングが上昇するって訳だ。とにかく殺る気が大事なんでな、男も女も年寄りも子供も泣こうがわめこうがみんな切り刻んで喰ってやったさ。この皮の男もとんでもなく強かったんだがな、娘を人質に取ったら呆気なくこの体を差し出したぜ。ふっ、もちろん娘も部下に喰わせたけどな」


「この下衆がぁ!」


 怒りに任せて不用意に踏み込んだ攻撃は、奴に簡単にかわされてしまった。ボスは背中の皮を破りスルリと身体から抜け出すと血まみれの人皮を俺にまとわり付かせ脱兎の如く洞窟の奥へと走り出した。


「俺は魔王軍特殊工作部隊、キール・グルミッド。次に会う時は貴様の命と人皮を頂いてくれるわ! さらばだーっ!!」


 自らの命が尽きるまで抵抗してくるかと思いきや、ナーゲイルが開けてしまった山の反対側に通じる出口から逃げ出すつもりなのだろう、暗闇を全力で走り抜ける。冷静にその光景を見た人がいたのなら、その姿は学校の理科室にある人体模型が走っているようで不気味さの中にもユーモラスさがあったと感じられたかも知れない。


 俺はベトベトとへばり付く人皮を振り払うと、走り去るキールに向けて冷静にナーゲイルを投げ付けた!


「行け、ナーゲイル!」


 ナーゲイルは回転しながら逃げ出すキールを追尾すると、背中から彼の心臓を貫いた。


 キールは走る勢いそのままに転がると全身を大地にしたたか打ち付けて血反吐をはいて這いつくばった。


「くっ、くそ……次に会ったらって……言った……じゃねぇ……か、せっかち野郎」


「お前みたいなゲス野郎逃がしてたまるかよ」


 俺は肩で息をしながらゆっくりと近付くと、キールは絶命し砂のように崩れ落ちた。

 側で控えていたナーゲイルに『よくやった』と褒めてやると大喜びでエルムの元へ向かい『好感度アップー!』と宣言した。


 エルムは頬を膨らませて不機嫌そうな態度をしているのだが、何だろう何かが間違っていると俺は思っていた。


 とりあえず俺は二人を伴って一旦洞窟の外へと出る事にした。





 ーつづくー


「ま、待って、待って! 私ここにいまーす。助けて下さ────い!!」


 完全に彼女の事を忘れていた。四角い女性の商人だ。俺達は声のする方へと駆け出した。


 洞窟は奥の方で少し広く、天井も高くなっている。暗い洞窟内を進んで行くと、彼女の声がする辺りに光が見えた。

 何故こんなに暗い洞窟内で明かりが見えるのだろう。近付くにつれ、その理由が明らかになった。


「あー良かった。わたし、見捨てられちゃうのかと思いました。助けに来てくれてありがとうございます」


 俺に話しかけたのは、液晶パネルに映る緑色の髪をしたアニメキャラの少女だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る