第5話 偵察せし者。

 前を歩くシスターモモは、時折村の人々と挨拶を交わしている。俺はというとその後ろを金魚のフンの様に付いて歩いていた。


「あのー、フィルスさん……えーと」


 俺が声を掛けてもシスターモモはチラッとこちらを一瞥いちべつすると少し頬を赤らめてスタスタと早足で進んで行ってしまう。う~ん、とってもやりにくい。


 ようやく武器や防具も揃い、今日はシスターモモの案内で畑の現状やゴブリンの出現するという森の偵察に向かっているのだが、教会を出てからというものシスターモモはずっとこんな感じなのだ。


 俺はシスターモモの事を普通に名前で【フィルスさん】と呼んでいる。彼女はお世話になっている教会の娘さんであり、親しい友人でもないのに、セカンドネームである【モモ】で呼ぶ事には抵抗があったからだ。


「勇者さま、シスターモモとお出かけかい?お熱いねぇ。モンスター退治の方もしっかりお願いよ!」


「はい、がんばります!」


 先ほどから同じような声を掛けられていた。『何を頑張るんだかねぇ……』みたいな事もささやかれていたが、大した事もせず、今日で三日……いい加減何らかの成果を出せとせっつかれていると思っていた。


「勇者さま、到着しました。こちらが被害を受けている麦畑です」


 村から出て15分ほど歩いただろうか、そこそこ広い麦畑が広がっていた。森から近い畑の1/3程度が食い荒らされたり、踏み荒らされたりしていた。森に近い部分には木の柵が作られていたが、完全に破壊されている。


「猪や鳥による被害だな。 無いよりマシ程度だけど、案山子かかしとか無いの?」


「か・か・し……って何ですか?」


 シスターモモも、畑にいた農家の人も案山子を知らなかった。なるほどね。後は駆除するなら猟師かと思い、聞いてみたのだが……。

 年老いて引退した猟師しかいないそうだ。俺は熊撃ちのマタギみたいなのを想像していたのだが、【ティー】に確認したところ、この世界には銃はなく弓と罠による狩猟のようだ。


『マスター、クエストのフラグが立ちました。ウィンドウを開いて確認して下さい』


 俺がウィンドウ【クエスト一覧】を選択するとそこにはこう書かれていた。

[クエスト一覧]

 ◎ダグの村を救え!

【クエスト1】

 畑を荒らす害獣を駆除せよ。

 成功報酬〔10G〕


【シークレットクエスト】

 フィルスの好感度を上げろ!

 成功報酬〔??〕


「ちょっと待てティー。クエスト1はいいとして、このシークレットクエストって何だ? しかも報酬〔??〕ってなんだ?」


『シークレットなんで、ティーにも分かりません。報酬はたぶん、お金以外じゃないかなー?』


「……かなー? ってなんだ。役に立たんサポート妖精だな。だいたい、フィルスの好感度を上げて何を頂こうってんだ!」


『あのーマスター。ティーの声はマスターにしか聞こえてませんが、マスターの声はだだ漏れですよ』


 ティーの言葉に恐るおそる振り返ると、顔を真っ赤にしたシスターモモが口を開けたままガタガタと震えている。


「私の……感度を上げて……いただこう……と。勇者さま、私……わたし……。」


「いやいや、ちょっと、変な所だけ切り取って聞くの辞めてーっ!」


 真っ赤になった顔を押さえながら走り去ってしまった。農家の人達の評価が大きく下がったのを感じつつも、シスターモモを追って俺も走り出した。


 彼女は村へと通じる道からそれて、森の中へと逃げ込んでしまう。ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、なんでよりによってゴブリンが出るとか言ってた西側の森に入ってっちゃうのさ!


『マスターまずいです。近くにゴブリンの反応が数体あります。早くシスターモモを連れ戻さないと危険です』


「ティー、お前索敵なんて出来るのか? スゲーな! ちょっと見直した」


『はい、やんわりですが!』


「やんわりってなんだ?」


『たぶん、いるなー……みたいな』


「勘かよ!」


 俺はティーに突っ込みを入れつつ、シスターモモの走り去った方へと急いだ。ヒトの手が入っていない獣道けものみちを走ってシスターモモを追う。シスターモモの姿を見失ってはいるが、さすがに草木が生い茂っている所を走って行ったとは思えないからだ。


「ティー、フィルスの居場所を感じられないのか?」


『すみません、マスター。ゴブリンのような魔素で作られた異質な物は感知出来ても人間は難しいのです。マスター、右から1体来ます!』


 木の影から姿を現したのは、身長は120センチ位だろう。尖ったカギ鼻に尖った耳、緑色の肌、ボロボロの服と簡単な肩当てのような防具に少し長めのナイフを装備している。あれは【ダガー】だろうか。


 赤く充血した目がこちらをねめ付けると耳まで裂けた口元が吊り上がり、下卑た笑いを張り付かせたまま、ダガーを俺に向けて振るった。


 ヤベー、超コエェーッ! ゲームと違ってリアルに怖い。………アレ? なんだ?

 ゴブリンの振るったダガーは意外にものんびりと俺に迫って来た。狭い獣道でも軽く身をひるがえして避ける事が出来た。


 続けて放ってきた2撃めを、こちらから木の盾を当てにいって威力を殺すと持っていたこん棒で殴りつけた。こん棒の一撃を頭部に受けたゴブリンは泡を吹いて倒れ込み霧散した。ゴブリンの倒れた場所にはくすんだ赤色の小さな宝石のような物が残されていた。

 俺はそれを手に取るとティーに何コレと聞いた。


『それは魔石ですね。魔物の核となる物で、魔力が込められた石です。」


「えっ、それじゃあコレがあれば俺も魔法が使えるようになるのか?」


『残念ですが魔法ののマスターには使えません。ステータスの説明をさせて頂いた時にも言ったのですが、魔力とは魔の力です。人間にはありません。魔物との混血ハーフもしくは取り憑かれるなどして、一時的に魔力を得た者が正しい呪文を唱える事で使う事が可能です。……マスター、そんなに何かをねだる子供のような顔をしても使えない物は使えません。』


 ちぇっ! 普通、異世界と言えば魔法なんだけどなぁ……一人1属性なのに、全属性使える大魔導師マジックマスターとかを夢見ていたんだけど、やはり無理か。エルムにラノベの読み過ぎと笑い飛ばされてた時から分かってたけどね。はーっ……村人レベル1ってさ、どうよ?


 黄昏たそがれてる俺に、ティーがあわてた声で報告を上げる。


『マスター、シスターモモの居場所がわかりました! この先に森が少しだけ開けた場所があります。そこから彼女の祈りを感じます。あっ、でもまずいです。周りにゴブリンの反応が……』


 ティーの話が終わるより早く、俺は彼女がいる場所へ向かって走り出していた。




 ーつづくー

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