第3話 召喚せし者。
ダグの村。エルムガルドの中央大陸アークレイドの南方に位置する小さな村だ。周りを山林に囲まれた150人程が住まう農村である。
農耕地の少ない寒村のこの村にも魔物の脅威が迫っていた。森林地帯に出現し始めたゴブリンによって家畜や農作物に被害が出ていた。また、ゴブリン達によって森を追いやられた動物たちも農作物を荒らす害獣となっていたのだ。
村長は教会を通じて王都アルカサリアに救援を求めたが、王国各地で同様の事が起こっており、南のはずれにある寒村にまでは戦力を回せない状況であった。
そんな折りであった、女神エルムの御神託が教会のシスターに降りたのは。
『新たなる勇者が降臨する』……と。
御神託を受け取れるのは、女神エルムを信奉する女性であれば誰でも可能だ。あとは受け取る側のアンテナ次第。つまり受け手の感受性やその時の状況次第という事になる。
人の多い所では受信状況が悪くなるせいか、地方の村々での報告例が多いとされていた。
ダグの村では御神託が降りたのは朝の礼拝の最中であった事が幸いした。シスターはすぐに召喚の為の精神統一を開始し、その間に神父の号令の下、村人総出で召喚陣の作成に入ったのだ。
召喚陣を描く事は誰にでも可能だ。だが、呼び出す者のイメージを作り出せるのは御神託を受けた者が一番であった。そして存在を安定化する為の精神力と祈りが必要となる。
召喚術は魔法ではない。正しい術式で召喚陣を描き出し、そこに祈りと精神力……それから呼び出す物のイメージを重ねて、陣の中に現界させるのだ。陣の大きさとそれに見合う祈りの数、そしてイメージを描き出せる巫女の三つが必要であった。
そういう意味では、このダグの村はその三つをいち早く揃える事が出来ていたため、他の召喚場所よりも先んじる事が出来たのかも知れない。
村の中央広場では既に召喚陣の周りに多くの村人が集まって祈りが捧げられ始めていた。王都からの救援が無いこの村では奇跡にすがるより他に無いのだろう。皆、真摯に祈りを捧げている。
祈りを捧げている村人の他に幾人かナタや鎌を
どんな物が召喚されるかわからない。それでもこの召喚に賭けなければならない。それがこの村の現状なのだ。
この村の教会の神父の娘でシスターのモモは、祭事用の白いローブに身を包み、召喚陣の前に進み出た。
彼女は何度か御神託を受けた事があった。だが、一度も召喚に成功した事はない。自信などある訳もない。だがやらねばならない。それだけ村人たちの強い祈りがジンジンと伝わってくるのだ。震える手足を気力で強引に抑え付けると、召喚陣の前に設営された簡単な祭壇の上にあがり、村人たちに声を掛けた。
「この村はいま窮地に立たされています。今朝、御神託のあった勇者さまであれば、きっとわたし達を救ってくれるに違いありません! 女神エルムへの感謝と勇者をここに召喚したいという思いを私に集めて下さい」
「「「おーっ!!」」
村人たちのエールに送られ、気合いを入れ直すと召喚陣に向けて念を送ろうとした。そう……送ろうとしたのだが、召喚陣の中心に見知らぬ男がいつの間にか立っている。
『召喚陣に入ってはダメです!』シスターモモが叫ぶより先に召喚陣の中心にいた男が吠えた!!
「ちょっと待て、勇者……ただの村人だぁ!?」
シスターモモは混乱していた。これから召喚陣に祈りの念を送ろうとした瞬間、召喚陣の中心に現れた男が【勇者】を名乗ったのだ。声の一部が聞こえなかったが、確かに彼は勇者と言ったのだ。
「勇者……タダノムラ・ビート……だ?」
モモのこの
「「勇者だ、勇者が召喚されたー!」」
「勇者ビート……タダノムラ・ビート!!」
「キャー、勇者さま! 勇者さまーー!!」
「召喚成功だー! これで村は救われるぞーーーっ!」
「どこ、ここ? 何これ、勇者ビート……って誰?」
勇者と呼ばれた
勇者さまーー!! 勇者さまーー!!
声をあげて周りを取り囲んでいた人々が、日比斗の元へ駆け寄り始めた。こんな騒ぎになってる意味が分からず、マジ恐えぇって。全身の毛穴から冷や汗が流れてる気がする。
「皆さん、お止めなさい! 勇者さまがお困りですよ」
強い口調で人々を制した少女がいた。白いローブ姿にピンクの髪の毛。20歳くらいだろうか、少女ではない。かと言って大人の女性という訳でもない。その狭間のような可愛いらしい女性だ。
彼女は人混みを割るようにして俺に近付いてきた。俺の周りを取り囲んでいた人々はおとなしくなり、彼女に道を開けていく。
「ダグの村へようこそ、勇者さま。私はフィルス。フィルス・モモ・アルスラ。みんなはシスターモモって呼ぶわ」
「俺は日比斗。ただの………。」
「はい、勇者タダノムラ・ビートさま。」
「いや、俺はそんなどこぞの冒険王みたいな名前じゃ……」
「ビートさま、とりあえず教会までお越し下さい。大したおもてなしも出来ないのですが、せめて少しでもおくつろぎ頂ければと思います。さ、さ、こちらへ」
「いや……俺は……その。えーと」
彼女はまぶしい満面の笑みのまま、一切人の話を聞く事なく俺の手を引いて歩き出していた。俺は押し切られるかたちで、引きずられる様に付いていくしか無かった。
ーつづくー
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