━━プロローグ━━

~電車にGO~

第1話 証《あかし》を手に入れし者。

 三流商社の営業、営業成績も常にブービー。最下位に落ちそうで落ちないギリギリのライン。そんな俺、但野ただの日比斗ひびと28歳は通勤中や忙しい営業の合間を縫って、ソーシャルゲーム【エクステリアの奇跡】というロール・プレイング・ゲーム……いわゆる携帯RPGにハマっていた。


 女神エルムの加護により平和な世界だったエルムガルドは突如現れた魔物の軍勢により、生活圏を三分の1以下にまでせばめられていた。外の世界エクステリアから召喚され、小さな村の農家の子供に転生した主人公は村に伝わる伝説のアイテムを手に入れ、魔物と戦う旅に出る!……という割りと有りがちなカード型RPGである。


 キャラカード、装備、加護など、全てガチャという重課金型のゲームであった為、課金する者としない者の差が激しい内容となっていた。


 このようなすぐにでも過疎化が進みそうな内容であるにも関わらず高い人気を誇っていたのには理由がある。


 ゲーム内のポイントランキングにより毎月1位の者には100万という高額の賞金が出るのだ。賞金は500位まで出る上、クレジットカード会社との提携によりランキング集計最終日に利用ポイントがゲーム内ポイントに加算されるため、クレジットの利用状況によっては一発逆転もあり得る内容となっていたのだ。


 昨今さっこん多種多様なポイントカードが存在するが、そのどれよりも高換金率なポイントとなっていた為、利用者数はうなぎ登りで上昇し続け、カードとゲームの両方で業績を上げた【アクノクレジットサービス】の株価は急上昇。ゲーム内配当など痛くも痒くもない程の利益を得ていたのだ。


 とは言えだ、いくらなんでも今回のイベントガチャは酷過むごすぎた。


【勇者の証】という、装備する事で基本ステータスを大幅に強化して限界突破させるアイテムが特等の10連ガチャなのだが、価格が1回100万円で当選確率が一億分の1というクソっぷりだ。更にその他の特典アイテムにも魅力がない。むしろ合成にも使えないゴミと言っても過言ではない。


 これでは月間ランキングの上位ランカーですら敬遠するに違いない。当たらせる気がないにも程があるというものだ。


 ログインするとこのガチャのCMが延々流されるのだ。消そうとした時、誤ってガチャのトップ画面に行ってしまう事もありユーザーの間でかなりの不満が出ていた。


「こんなクソガチャ誰がやんだよ。あーもう、またガチャ画面に行きやがった!!」


 俺は自分で言うのもなんなのだが、割りと運はいい方だ。ガチャでも最低限の投資でそこそこの物が手に入る。お陰でランキング報酬も小遣いに困らない程度は頂けているのだ。


 ただし、宝くじのようなあからさまに利益目的のような物では、1等前後賞の次の数字……つまり単なるハズレより際どいギリギリのハズレを引いたりする訳だ。どうやら俺の運を司る神様は結構ドSな様である。


「クソっ、クソっ、またガチャ画面に行きやがった。何が『クレジット払いで10連ガチャを引きますか?』だ! 引くわけねーだろ!!」


 携帯の画面に悪態をついたそんな時だった、山手線への乗り換えの列車が到着したのだろう、大量の乗客がなだれ込みホームは一瞬にして人、ヒト、ひとの大混雑となった。


 自分が乗るべき車両のドアの位置へと大移動が始まる。朝の通勤時間はこれだから嫌だ。ゆっくりゲームにいそしむ暇さえありゃしない。


 大移動の中のひとり、高校生だろうか。どでかいカバンを背中に背負った彼は、順番待ちの列に並ぶため俺の目の前でいきなり進行方向を変えた。そのターンに振り回されるように背中に背負ったどでかいカバンは俺の腕に激しくぶち当たり、手に持っていた携帯を空高く宙に舞わせた。


「うわっ、てめぇふざけんな!」


 カバン男への怨嗟の声を吐きつつ、携帯の落下地点へと人混みをかき分け手を伸ばす。かろうじて手は届いたものの、携帯は手の上でお手玉のように舞い続けた。


 落下して有償修理ともなれば損害額もばかにならず、修理期間中ゲームが出来ないとなればランキング落ちの可能性もあり、二重の損失となることは明らかだ。

 これはかなりマズイ!


「ドッせい!」


 気合いと共に、両手でしっかりと携帯をキャッチした俺は驚愕の事実を知る。

 携帯をキャッチした俺の左手の親指が『10連ガチャを引きますか? 』の【YES】のボタンを全力で押していた。


「イーヤーーーーッ!!」


 俺の心の叫びを無視して、携帯の画面では巨大な竜巻ストームがカードの山を巻き上げてシャッフルしている画像が流れている。

 ……終わった。俺の人生の大切な20代の残りは借金返済の為の牢獄となった。


 竜巻から放出され、画面にアップになるカードたち。どれも100万使ったとは思えない3等以下のクズカードばかりだ。


 あと残り1枚というところで画面がブラックアウトした。画面をタッチしても何も表示されない。おいおい故障かよ。マジで踏んだり蹴ったりだ。朝っぱらから30歳近い男がガン泣きしそうになったその時だ。


【TOUCH SCREEN】


 真っ黒な画面にこの文字だけが明滅していた。おそる恐る画面をタッチした瞬間、画面は光に包まれ、光の中から黄金に光るパルテノン神殿のような建造物が現れた。神殿から純白の翼を持つ女神【エルム】が現れ、画面中央まで飛翔する。

 そして、まるで裁判の時の【勝訴】の巻物のような物を掲示するとそこにはの文字が大きく書かれていた。


「いやぁ……マジか? 本気と書いてマジか?」


 最初は現実が受け入れられず、イヤイヤと頭を振った俺だが、恐る恐るアイテムボックスから【勇者の証】を取り出すと自分のアバターに装備させてみた。するとメッセージ・コメント欄にあり得ない数のメッセージがスクロールして流れて行く。


 体力・攻撃力・防御力・敏捷性・魔力・魔法防御・各種ステータス耐性など基本的なステータス上昇はもちろん、加護が装備可能なスロット数まで上限突破している。


 更には通信・通話の無料枠からクレジットカードの利用上限額まで限界突破するという無茶振りだ。


「おいおい、どこまで限界突破してんだよ。ゲームの枠越えてんじゃねぇか」


 細かく全てをチェックした訳ではないが、上手くすればランキングトップ50以内も狙えるかも知れない。何ヵ月か上手く上位に食い込めれば借金返済もだいぶショートカット出来そうだ。真っ黒な未来に一縷の望みが出てきた気がした。


 更に他のプレイヤーからのコメントも次々と表示された。ガチャのトップ画面に特等当選者として名前が表示されたようだ。


『特等当選おめでとう!』

『あれ引くヤツがいると思わなかった(笑)』

『君の度胸に1イイネ!』

『勇者爆(笑)誕!』

『本物の勇者降臨、なう(笑)』


 様々な称賛と侮蔑、羨望と嫉妬の入り乱れたコメントが流れて行く。おうおうおう、何とでもいいやがれ! 昔みたガチャ川柳にこんな言葉がある。


【引けば官軍!】


 何を言われようが、引けた者勝ちなのだ。特等を引けた事で落ち込み沈んだ気持ちがだいぶ高揚している。


 ん? 高揚してるせいかな? 何か声が聞こえる気がする。


『……さ……ま。ゆ……しゃ……ま』


「えっ? ……勇者? まさか、俺?? 何これ、どこかで見られてた? まさか俺、ディスられる感じ?」


 辺りをうかがうが、周りに俺の方を見ている者など……………いたーっ! 俺の真後ろの上空3メートル程の高さに薄く白いフワフワとした羽衣のような物を纏った女の霊がこちらを見据えていた。顔は浅黒く、目は落ち窪み、手は痩せ細りまるで骸骨………そう、これはファンタジー物に登場するまるで魔術師の幽霊レイスのようであった。


『助け……て、ゆーしゃ……様』


「ひぃっ!」


 レイスの干からびた様な手が俺の眼前へと迫る! 俺はその手から逃げるように一歩、二歩と後退あとずさった。


 空中に浮いたままのレイスは俺の方にグッと手を伸ばし、抱きつく様な姿勢を取るとゆっくりと顔を近付けて来る。


「ひいぃぃぃぃぃぃっ!!」


 恐怖で一気に後ずさった俺の足に何かが引っ掛かった。先程俺にバッグをぶち当てた高校生が背負っていたバッグがそこには置いてあり、それに足を取られた俺は一気にバランスを崩すと勢い余ってホームから線路へとダイブした。


 最後に俺が見た光景は、ムンクの『叫び』のような表情でこちらを見据えるレイスとその後ろのCMモニターに映った『歩きスマホは止めましょう!』の文字。

 それと全力で突っ込んでくる、緑のラインがイカす山手線だった。


 その日の夕刊に俺の事が大きく報じられていたそうだ。

『事故か自殺か!? 朝の通勤ラッシュ時の惨劇。首都圏の交通網大混乱。20万人の足に影響か!!』




 ーつづくー

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