ドール釣り堀のマナー悪い客

ちびまるフォイ

押すなよ!ぜったい押すなよ!!

「別れましょう」


連休のクソ晴れの日にデートだと意気込んだ僕を彼女はバッサリ切り捨てた。


「なんで!? やっと付き合って1年なのにさ!?

 僕のどこが悪かったの!? 治すよ! 箇条書きで教えてよ!!」


「1、話が退屈

 2、将来性がない

 3、積極性がない

 4、顔がブス

 5、優しいだけで厳しさがない

 6、一緒にいて楽しくない

 7、一緒にいて全く楽しくない」


「7つめ! 7つめ!!」


彼女の有無を言わさぬ勢いに草食系男子の僕は従うしかなく、

こうしてドール釣り堀にやってきたのだった。


「ドール釣り堀……本当に釣れるんだろうか」


入り口には

『あなただけのドールが手に入ります! 釣れたらな!(笑)』


とバカにしたような看板にイラッとしたが中に入ることに。

中には広いいけすと釣り針を垂らす男がわんさ。


『注意! けしていけすに入らないでください!!』


彼氏じゃなくてもせめて友達でも……と、

男らしさのかけらもない妥協案で彼女とは別れたが

あれから急に連絡も取れなくなってしまった。


「よし、ここでドールを釣って、日々の癒しを手に入れるぞ!」


意気込む僕に近くの釣り人はヒッヒッヒと笑った。


「兄ちゃん、ドール釣りははじめてかい? そんなに意気込んでちゃ釣れるドールも釣れねぇぜ」


「ビギナーズラックってのもあるんですよ」


いけすに釣り糸を垂らして静かに待つ。

どんな見た目のドールがやってくるか今からドキドキする。


……1時間が経過した。


「つれたーー!」


と、目の前の男がドールを釣り上げていた。


まさにアイドルをそのままドール化したようにフリフリのデザイン。

あれが自分の部屋にあれば毎日が楽しいだろうに。


「つ、釣れねぇ……」


かくいう僕の釣り糸はまるで動いていなかった。


「兄ちゃん、ちゃんとドールの趣向を理解してるのかい?」


「あなたはさっきの……。趣向ってなんですか?」


「ドールにも好きなものがあるからね。それを餌にするんだよ」


「餌……。え!? 餌いるんですか!?」


「餌つけないで釣り糸垂らすバカがいるかぃ!!」


おじさんは僕に餌を貸してくれた。

もうおじさんの横にはドールがいるのですでに仕事は終わっているのに

初心者の僕をわざわざかまってくれている。やさしい。


「1000円札が餌って……なんか生々しいですね……」


「ドールは、ドール化する前の好みが強く現れるんだ。わりと効果的な餌さ」


おじさんが釣り糸を垂らすとドールを釣り上げてみせた。

同じように釣り糸を垂らしても僕の釣り竿は動かない。


「……あのぅ……」


「そ、そういうこともあるな! わは、わははは!」


おじさんは気まずそうに去っていった。

ドール釣り堀に残された僕はあきらめきれずに試行錯誤を続けた。


「ふむふむ、お肉を餌にするといいのか」


「餌を揺らすと効果的……よし、竿を振ってみよう」


「遠くに飛ばすと高品質ドールが釣れやすい。うりゃあ!」


スマホ片手にネットの攻略情報をその場で実演していく。





――でも全然釣れなかった。



「うわあぁぁん! ネットは! これだからネットは!!」


スマホをいけすにぶん投げて水没させた。

気が付くと、とうに日は暮れて利用客は僕だけだった。


入り口で入場券を買って、何時間も糸を垂らして、成果なしなんて辛すぎる。


「諦めてたまるものか! めくるめくドールとの新婚生活のために!」


完全に人がいなくなり、スタッフすらいない釣り堀で糸を垂らしていた。

その静けさに慣れ始めたときアイデアが思いついた。


「このいけすにいるんだよな……。直接取ればいいんじゃないか……?」


あたりを見回す。スタッフの人はいない。監視カメラもない。

今がチャンスだ。


僕は息をとめていけすに飛び込んだ。


いけすの中はまさにパラダイスだった。


(こんなにドールがいたのか!! うおおお!!)


水面からは見えないようになっていたが、

いけすの中にはたくさんのドールが入っている。


特殊な水を浸かっているのか視界不良ではあるものの、

こんなにもよりどりみどりだったとは思わなかった。


(どのドールにしようかな……?)


いけすの中を泳ぎまわり、低身長のかわいいドールを見つけた。

これらな持ち運びも楽そうだ。


少女ドールを小脇に抱えると水面まで急浮上。

ドールぶんなのか、体が重く感じた。


「ぷはっ! やった! やったぞ! ドールゲットだ!」


周りを見渡してもほかに利用者はいない。

いまのうちに釣り堀を出ればバレないはず。


「あれ……?」


ふと、いけすを見たときに見知った顔を見つけてしまった。

抱えていたドールも落としてしまう。


「里美……?」


彼女だった。

いけすに彼女が沈んでいる。


いけすに潜ってドールを引き上げると間違いなく彼女だった。


「里美!? どうしてここに!?」


ドールは答えない。

釣り堀のドアが開いて従業員がやってきた。

僕はあわてていけすに潜った。


特殊な水でいけすの中が見えないのが幸いした。


「人の声が聞こえた気がしたんだが……」


「この時間までやってる人はいないだろう。さっさと仕事するぞ」


「おう」



ぼちゃん。ぼちゃん。



いけすに何かが投げ込まれる。

水面からは見えないが潜っている僕は見てしまった。


(お、女の子……!?)


いけすに投げ込まれた生身の人間はじょじょに水に冒されて

精巧なドールへとその身を変えていった。



やっと、彼女との連絡が途絶えた理由がわかった。



でも、もう僕の体もドール化が進行し

自力でいけすから出ることはできなくなっていた。


誰かが釣り上げてくれるのをまつばかり……。

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