第三章③

「ど、どうしてわかったのでござるか?」

 学園の制服を着ているのならいざ知らず、拙者たちは私服でござる。まさかこの御仁、拙者と同じく諜報員――

「あたしゃぁ長いことここで店を構えているからね。顔と服を見れば、大体どんな人なのかわかるんだよ」

 ではなかったでござる。

 しかし拙者は予想が外れたことよりも、おばさんの発言に気になる点があった。

「服、でござるか? 服から何がわかるのでござる?」

 顔から年齢を割り出せる、というのは何となくわかるでござる。しかし、服から一体何がわかるのでござろう?

 拙者の疑問が顔に出ていたのか、おばさんは豪快に笑った。

「そりゃぁいろいろわかるさ。服は着ている人の気持ちを表現するもんだからね。ま、あんたたちが学生だってわかったのは、着ている服の、ブランドかね」

「……ブランド、でござるか?」

「あぁそうさ。学園に通っている生徒のほとんどは、中流階級出身だからね。生徒が服にかけられるお金の範囲から、着れる服のブランドが予想できるだろ?」

「なるほどっ!」

 おばさんの説明に、拙者は大きく頷いた。

確かに、言われてみればその通りだ。サントノーレ学園の生徒は、中流階級が中心。

同じクラスにジルドとアンジー(上流階級)がいるため、その辺の感覚がマヒしていた。

 なおも朗らかに笑いながら、おばさんはこう続けた。

「それに、最近学園の生徒がよく来てくれるからね」

「そうなのでござるか?」

「ああ。旦那の宣伝のおかげかねぇ」

「ここラルフ殿のお店でござるかっ!」

 そう叫んだ時、ラルフ殿が厨房から顔を出し、拙者に向かってサムズアップした。

 ビス殿との『最も魅力的な者が勝つ』以来の再開で、拙者のテンションはうなぎのぼり。

何せ学割が効くのでござる。ヒャッホウっ!

 そんな拙者に冷や水を浴びせるかのように、ロロ殿はおばさんに向かって質問していた。

「そういえば、今日はフランクリンさんは来てないのですか?」

「そうでござった! あいつよくここに来るのでござったっ!」

「ああ、フランクリンさんなら昨日来たから、今日は流石に来ないんじゃないかな」

 あっぶっなっ! ニアミス、ニアミスでござるっ!

「でも、今はいい時代になったもんだよ。服は普通に着れるしね。戦乱時代は、そりゃぁ大変だったよ」

 腕を組み、おばさんは当時を思い出しているのか、懐かしそうな顔をしている。

「……いや、戦乱時代って百年以上も前の話でござろう? 流石にまだ、おばさんは生まれてもおらんでござろう?」

「今に比べて食べるものもなかったし、着るものもなかったからね」

「大変だったんですね、おねえさん」

「そうなんだよ」

 あれ? 今拙者自然に無視されたでござる。しかもロロ殿も乗っかったでござるよ。ひょっとして、おばさんと呼ぶと話してもらえないルールなのでござるか? そういうローカルルールは先に説明して欲しいでござる。

 恐らく、おばさんは曾祖父さんあたりから聞いた話を語っているのだろう。しかし、だとするとその話に気になる点があった。

 おばさんはこう言った。


「着るものが、ない?」


 それは、おかしい。着るものがないのに、この国はどうやって生まれた? 今お洒落をするダンヒルの文化は、どうやって出来た?

 拙者の疑問に、おばさんはニヤリと笑う。

「今の各国の成り立ちは、授業で習っているかい?」

「当然でござる」

 おばさんの試すような目を真正面から受け、拙者は答えた。

「より強い国に合併、吸収され、今の五つの国になったのでござろう?」

「そうさ。ダンヒルも生き残りをかけて、必死に知恵を絞っていた」

 拙者は、留学初日のフランクリンの説明を思い出す。同盟の二つ目の取り決めが解禁され、生き残りをかけて魅力的な国を作ろうとした。そして生まれたのが『最も魅力的な者が勝つ』であり、今のダンヒルだ。

「魅力的な国になろうと身を寄せ合っても、それでもその中で強い国、弱い国が生まれる。その寄せ集まった中でも強かった国が、今の上流階級なんだよ」

 強い弱いは、『魅力』のことを指しているのだろう。強さの指標は違うが、まるでエアロの話をされているかのように、拙者は錯覚した。

「文化は交じり合っても、人の上下は生まれるもんさ。あたしも、若い頃は上流階級に憧れてねぇ。服も髪型も真似たりしたんだよ」

「その気持ち、すっごくわかります! 私もどうにか、今の自分から変わりたいって思いますからっ!」

 おばさんの話に、ロロ殿は興奮気味に賛同した。だが、拙者は自分の疑問に、まだ答えてもらっていない。

「それで結局、着るものがなかったのに、どうしてダンヒルの文化が生まれたのでござるか?」

 それを聞いたおばさんは、盛大に溜息を付いた。

「察しが悪いね。さっき服を真似したって言っただろ? 着る服がないなら、作ればいいじゃないか。そうやって上流階級の服を真似して、新しいブランドがどんどん生まれていったんだよ。雑誌の着こなし特集だって、元々は上流階級の着こなしを配信する目的で行われてたのさ」

「へぇ、そうだったんですね」

 おばさんの話を納得した様子で頷くロロ殿に、拙者は問いかけた。

「……今の話、ロロ殿は知らなかったのでござるか?」

「うん。知らなかったよ。ヒロキさんは知ってたの?」

「いや、知らなかったでござる。おばさん、一つ聞きたいことがあるのでござるが」

「……」

「おねえさん?」

「なんだい」

 ラルフ殿の奥さん、キャラブレないでござるな。

「……今の話は、おば、おねえさんぐらいの世代では、皆知っていることなのでござるか?」

「そうだよ。昔は国が合併するのが当たり前だったから、上流階級が中流階級になったりするのは当たり前だったからねぇ。でも、ダンヒルっていう国に落ち着いてからは、そういう話は聞かなくなったかな。上流から中流、中流から下流に落とされた人たちには苦い話だから、今の子供たちにはあまり教えていないみたいだね」

「そう、でござるか」

「……ヒロキさん?」

 ロロ殿の声が聞こえるが、それに構わず拙者は自分の思考に沈んでいく。

 お洒落を重要視する文化のダンヒル。しかし、そのお洒落の起源、根源、原点を知らないロロ殿の世代(子供たち)。

 恐らく生まれてから今の状態であることが子供たちにとって当たり前だったため、彼らはただお洒落をすることに必死だったのだろう。周りの大人たちもお洒落の方法は教えてもその成り立ちまでは教えなかったため、それを子供は知りようがない。

 それでもその原点には『最も魅力的な者が勝つ』が存在し、今なおダンヒルの根幹を成しており、子供たちもそれに触れている。

 そして、留学初日にフランクリンから受けた『最も魅力的な者が勝つ』の説明。

 今までバラバラだったものが、急速に収束していく感覚。難解な暗号を解き明かした時のような爽快感を、拙者は今感じていた。

「……出来たでござる」

「な、何が出来たの?」

 ロロ殿の問いかけに、拙者は不敵な笑みを浮かべながら、こう答えた。

「プレタ殿に勝つための、戦術でござるっ!」

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