第二章③

 拙者は学園の正門前で、ロロ殿を待っていた。今は放課後。そろそろ日が沈みかける、夕方といった時刻だ。

 ここに来た理由は、ロロ殿と一緒に服を買いに行くため。

 エアロから生活費として支給されており、服を買うための軍資金は一応ある。あまり高いものを買わなければ問題ない。

 ロロ殿は一旦寮で着替えると言っていたでござるが、拙者にはそんなもの不要。というか、制服か忍装束しか選択肢がござらん。もうその時点で服を買いに行く服装は、制服一択しかないのでござる。まぁ、ロロ殿がどうしてもと望むのであれば、その下に着込んでいる忍装束を白日の下に晒すのも、やぶさかではないのでござるが。

 正門を通り帰宅する生徒が徐々に減って来た頃、着替えを終えたロロ殿の姿が見えた。急いでくれているのだろう。小走りで正門に向かってくる。

 それを見ながら、拙者は着替え終わったロロ殿の姿を見つめていた。

 まず目を引くのは、髪型だろう。ウェービーボブだったそれは、一部の髪を左右にまとめたツーサイドアップ。少し背の低いロロ殿がすると幼すぎるように見える髪型だ。だがその印象は、彼女の服装で裏切られることになる。

 膝丈がギリギリ見えないぐらいのワンピースは淡いアイボリーベージュ。その生地の上ではレースで出来た蝶が舞い踊り、絞られたウエストリボンがロロ殿の豊かな胸と腰のくびれを、これでもかと大胆に強調していた。しかし、彼女はそれをローズピンクのジャケットで、あえて優しく覆い隠している。ベージュのハイヒールを履いて伸長が少し高くなったように見えることもあり、体の一部(胸)が強調されると、ロロ殿が求めている全体美が損なわれるからだろう。っと、拙者は勝手に予想した。

 やがてロロ殿は、拙者の目の前までやってくる。息を切らせながら、ロロ殿が謝罪の言葉を口にした。

「ご、ごめんなさいっ。仕度に時間かかっちゃって」

「いや、気にする必要はないでござる。むしろ拙者の買い物に付き合ってくれるロロ殿に、お礼を言わせてもらいたいぐらいでござる。本当に、ありがとうでござる」

「いいっていいって! 私も、久々に城下町歩いて見たかったし。じゃ、いこっかっ!」

 挨拶もそこそこに、拙者たちは坂を下っていく。

 元々城だったというだけあり、サントノーレ学園は山の上に建っている。石畳で出来た道を歩く速度は、ロロ殿の歩幅が基準。拙者の歩幅にするとロロ殿が急がないといけないのと、ロロ殿がヒールを履いているからだ。

「そういえばロロ殿。石畳の道を歩くとわかっていたのに、何故わざわざハイヒールを履いてきたのでござるか? 歩きにくいでござろう?」

「あ、これはチャンキーヒールって言って、普通のヒールよりも太くて、厚いヒールなの。可愛いでしょ?」

 会話をしながら歩いていると、周りの景色も変わってくる。生い茂っていた木々は次第にその姿を少なくし、代わりに増えたのは人の気配。

「そうでござるな。安定感があって、歩きやすそうでござる」

「……もう、機能面の所しか見ないんだから」

 呆れ顔のロロ殿の後ろに現れたのは、市場だ。乱暴に積まれた木箱の中には、山盛りの果物や野菜が所狭しと並んでいる。

「あと、そのジャケットでござるが……」

「ふふふっ、当ててみて? 今日授業でやったよ?」

 いたずらっ子のようなロロ殿に問いかけられた拙者の後ろには、燻製にされ吊るされた肉の山。豚、鳥、牛だけでなく、鹿や猪まで並べられている。

「ああ、やっぱりそうでござるか! 色の種類はなんとか思い出せたのでござるが、形の種類は、んー、どうも覚えきれん。思い出せんでござる」

「テーラードジャケットだよ。ヒロキさん、ニンジャなんでしょ? それで武器とか、どうやって覚えてるの?」

「刃物や手裏剣、その色などの種類なら、いくらでも覚えれるのでござるが……」

「あぁ、だから色は覚えれるんだ……」

 他にも歩みを進めれば鍋や釜など、日用雑貨を取り扱う店も現れる。その反対側の通りでは、出店の店主がもう飲み始めるのか、まだ日が沈みきっていないのに、店じまいをしていた。

「しかし、その膝丈まであるワンピース――」

「ワンピースじゃなくてチュニックね」

「何が違うのでござるかっ!」

 何処からともなく、陽気な音楽が聞こえてくる。ただうるさいだけの喧騒がそれに何故かうまく絡み合い、不思議と聞いていて嫌な気持ちにならない。

「んー、長さかなぁ。着丈が膝丈までくればワンピースで、膝上ならチュニック?」

「……なら、ロロ殿のそれはワンピースでござろう」

「ぶー。ギリギリチュニックでーす」

 両手で×を作る笑顔のロロ殿。宿屋の二階に明かりが灯り、彼女の顔が優しく照らされる。

「曖昧すぎでござろう! しかし、随分ウエストのリボンを絞ったのでござるな」

「え、何でわかるの? 変態?」

「違うでござる! 武器を隠せるスペースが服の中にないか、拙者見抜く訓練を受けているでござるよ」

「……へぇ。そうなんだ」

 微妙な反応を返された拙者は、目の前に突如現れた看板を慌てて回避。昼間をカフェ、夜間は酒場として営業する店の従業員が、酒場用の看板を道に乱暴に出したのだ。

「その顔、絶対信じてないでござるな? しかし、チャンキーヒールで高さを、ウエストリボンを絞ることでジャケットを体のラインとして際立たせるその格好。ロロ殿が求めていた、全体美の完成でござるな!」

「……違うの」

「へ?」

「リボン、解けなくなっちゃったの。強く結びすぎて」

「……」

 拙者が沈黙しようとも、夜の帳が下りようとしている城下町は黙らない。雑多な喧騒をリズムにして、陽気な笛は音を奏でる。

「何度も試したんだけど、ヒロキさん、待ってるし。でも、すごい、胸、強調され、て。恥ずかしかったから、ジャケット、着て隠して……」

「……ふっ」

「あ、笑った!」

「……あははっ」

「あははははっ」

「あははははっ!」

 そして二人の笑い声も音になった。笑い合う拙者とロロ殿を見て、道行く人は怪訝顔。しかしそれでも、二人で笑った。

 ここは城なき城下町。町の名前はキートンなので、城なしキートンと、そう呼ばれている。


 城なしキートンの町並みを眺めていると、あることに気がつく。出店、酒場、宿屋もあるが、ある商品を取り扱っている店が圧倒的に多いのだ。

 それは、お洒落に関する店。

 服や帽子、靴に小物などを売っている店が、一つの通りに三店舗以上は存在する。店舗を持たず出店で商売をしている店を含めれば、その数はもっと多い。

 高級ブランド店もあるそうだが、キートンで暮らしているのは中流階級がほとんど。そのため、彼らでも手が出せそうな値段設定の店舗数が圧倒的に多くなっている。

 ロロ殿から説明された内容を頭に思い浮かべつつ、拙者は気になっていた疑問を口にした。

「しかし日が沈んでも、制服姿でも拙者、岡っ引きに補導されんのでござるな」

「岡っ引きって、警察のこと? それなら大丈夫。暴力事件とかは起きないからね。事件や事故に巻き込まれても『最も魅力的な者が勝つ』が守ってくれるし。学園の生徒は寮や下宿先、家に帰宅時間を伝えておけば、大きな問題にはならないかなぁ」

「あの桃色の光が存在するのが、当たり前なのでござるか……」

「魔法発生装置はダンヒルに無数に埋め込まれてるって話だけど、生まれた時から『最も魅力的な者が勝つ』が存在するのは、私たちにとって当たり前だからね。もう気にしなくなっちゃった」

「子供の頃からの刷り込みの結果でござろうな。もはや『最も魅力的な者が勝つ』という概念が存在する場所が、ダンヒルという国なのでござろうな」

「そ・れ・よ・り! まずは服だよ、ヒロキさんっ! 明日の実技授業に必要な服を買わなきゃだよっ!」

「おお、そうでござったな」

 ロロ殿に手を引かれ、拙者は店に設置されたガラス張りの陳列窓を見て回る。違う国の町を見ているはずなのに、どことなくエアロの町並みに似ている気がして、それが少し面白い。そう感じるのは、一つの大陸に複数の国が同居しているせいだろう。

 エアロには『最も魅力的な者が勝つ』なんてものはないので、争い事は腕力勝負でケリをつける。お洒落に関する店を武器屋や防具屋に置き換えれば、そこはエアロでよく見かける風景だ。高級ブランド店は、メルセデスから卸した銃火器専門店、と言った具合だろうか。

「む! 拙者、あの服にただならぬ気配を感じるでござる」

 それは、いくつかの店を回った時のことだった。ガラス張りになっている、ある店のマネキン。その物言わぬ御仁が着込んでいる服に、拙者の目は釘付けになる。

 拙者の指さしたジャケットを見て、ロロ殿は一瞬でげんなりした表情になった。

「まぁたミリタリージャケットぉ? ヒロキさん、明日のテーマは『春物』だよ? あんな分厚い服春に着てたら、汗だくになっちゃうよ」

「何を言っているのでござるかロロ殿! 春だろうと冬だろうと、夜の山は冷え込むのでござるよっ!」

「どうして登山(アタック)前提なの? しかも夜間。っていうかヒロキさんのセンス、偏り過ぎだよ。何でミリタリー系ばっかりで攻めるの?」

「いや、普通のシャツも選んでるではござらんか」

「迷彩柄ばっかりね! 何で? 移動速度や距離、進行方向を対戦相手に誤認させても、『最も魅力的な者が勝つ』では有利に働かないよ? むしろ悪影響だよっ!」

「ロロ殿、迷彩柄が人に与える影響詳しすぎるでござろう」

「授業で習うからね」

「授業で? あっ……」

 何かを察したということではなく、拙者は学園で色彩の授業があったことを思い出した。

 ロロ殿と並んでで歩きながら、拙者は腕を組み、首を傾げる。

「しかし、ロロ殿。こうもダメ出しばかりされていては、買う服なんぞ選べんでござるよ」

「うぅぅ。確かに、まずはヒロキさんが好きな服を選ぶように言ったのは私だけど……」

 服を探し始めて、もうすぐ一時間経つ。拙者は拙者なりに服を選んでいるのだが、選んだ服はロロ殿が全て却下していた。

「……私だってこんなの予想外だよぉ。服がダメならアクセサリーから選ぼうって言って、十徳ナイフ選んだ人初めて見たよ」

「アーミーナイフでござるな! 流石ダンヒルというだけあって、取り外し可能な針が付いてござったなぁ。あれがあれば戦場で傷を負っても、自分で縫うことが出来るでござる」

「そんなうっとりした顔して……。だから『最も魅力的な者が勝つ』があるから、ダンヒルでは切り傷とか付かないよっ!」

 拙者の絶望的なセンスを前に、とうとうロロ殿は半泣きになって頭を抱えてしまった。

「あれ? 何でだろう。キートンに着くまでいい感じだったのに。ヒロキさんスタイルいいから、適当に服選んですぐに終わるはずだったのに。そ、それでその後ヒロキさんに、わ、私のふ、服とか、選んでもらっちゃったりしよとか思ってたのに……」

「だから適当に選んだでござろう?」

「いいかんげんに決めるんじゃなくて、適切に当てはめるって意味で言ったんですっ!」

「拙者もそのつもりだったのでござるが……」

 その結果がミリタリージャケットだっただけでござる。

「しかしロロ殿。スタイルがいいと、服選びは簡単に終わるのでござるか?」

 拙者は自分の体を見下ろした。訓練学校で鍛えた、エアロでは珍しくない体だ。

「この体の、何がいいのでござるか?」

「全部だよ!」

 顔を上げ、右手の人差し指を拙者の胸に押し付けながら、ロロ殿は力説する。

「スタイルがいいと、それだけで『魅力』が増すの。着ている服が映えるから、それだけで十分カッコいいもの」

「カッコいいと、お洒落なのでござるか?」

「そうだよ!」

「即断言したでござるな」

 そういえば学園案内後、ロロ殿から『何着ても大体似合いそう』と言われていたことを思い出した。

 だったら――

「とはいえ、ミリタリージャケットはダメだよ。『冬物』ならともかく、『春物』にはちょっとあわないかな。あと迷彩柄を選ぶのならバッグや靴、小物だけにして。やっぱり『春物』にはあわないから、明日の実技授業だと減点されちゃう」

 何を着ても大体似合うのなら、今まで選んだ服でもいいのでは? と言おうとした拙者よりも先に、ロロ殿が先手を打った。拙者は開きかけた口を閉じるしかない。

「うーん、もう少しヒロキさんのセンスが良かったらいいんだけどなぁ」

「そこまででござるか……」

 しかし、散々ダメ出しをしているロロ殿だが、拙者のセンス全てを批判しているわけではない。

 拙者が選んだ服が『春物』というテーマに沿わないから、ミリタリージャケットも迷彩柄もダメだと言っているだけだ。

 ロロ殿が言うには、拙者のスタイルはそれだけで『魅力』があるそうだ。ならば後はロロ殿が納得するような服を、拙者が着れれば――

「ん? ああ、何だ。簡単な解決方法があるではござらんか」

「え、無差別絨毯爆撃で焼け野原みたいなセンスのヒロキさんが、まともな『春物』を選ぶ方法があるの?」

「ぐるっと一周して、ものすごくセンスがありそうな感じでござるな。まぁいいでござる。実は一つ、ロロ殿にお願いしたいことがあるのでござるが――」

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