第一章④

 ロロ殿にあらかた学園の案内をしてもらい、拙者たちは案内の出発点兼最終地点である、学内案内板が設置されている噴水前までやってきた。ロロ殿にはここに来るまでの間に、拙者が忍者であることなど、自分の素性は説明を済ませている。

「これで大体説明したと思うけど、他に質問はありますか? ヒロキさん」

「そうでござるなぁ」

 ロロ殿の問いかけに、拙者は腕を組みながら、目の前に設置されている学内案内板を注視した。案内板には拙者から見て裏側に学園の案内事項が、表側はでかでかと、学園の地図が掲載されている。その地図を、拙者は正門から視線でなぞるように見ていくことにした。

なぞる順番は、ロロ殿に案内してもらった順だ。ロロ殿が説明してくれた内容とコースを、拙者は思い出していく。

 学園の正門から真っ直ぐ進んだ先にあるのが、今拙者たちがいる噴水。学園案内のスタート地点だ。溢れ出した水が重なりあい、その瞬間にだけ生まれる、一瞬の芸術を作り出している。流れる水の音も涼しげで、目にも耳にも心地いい。学内案内板は正門から見て左側、噴水に地図を向ける形で建っている。

 更に噴水の向こうにそびえ立っているのは、学園の校舎だ。コの字を正門から見て左に九十度回転させた、四角形の底辺がなくなったような作りになっている。

 四階建ての校舎で、一階が三年生の教室、二階が二年生の教室、三階が一年生の教室、四階が職員室や学園長室、化学室や調理実習室などが設置され、一階にはコの字の辺、その内側毎に、玄関が計三つ用意されていた。

 拙者は気になったことがあったので、ロロ殿に質問する。

「校舎は下級生が上の階なのでござるな」

「上級生は登校して、すぐカバンを教室に置きたいんだって。それに三年生にもなると、体育ぐらいしか移動教室ないから」

「なるほど。あと、一から三階までの各階が丸々ひと学年で使う割り当てになっているのでござるが、そんなにこの学園の生徒数は多いのでござるか?」

「ああ、それはデッドスペースが多いから、らしいよ」

「デッドスペース?」

 拙者の質問に、ロロ殿は躊躇いがちに言葉を紡いだ。

「この学園は、元々戦乱時代に建てられた城を改修して作られてるの。無理に学園として使ってるから、うまく使えてない場所もあるらしいよ」

「らしい?」

「私も一年生で四月に入学したばかりだから、詳しいことは知らないの。ごめんね」

 申し訳無さそうに謝るロロ殿に、拙者は慌てて返答する。

「いや、失敬。そうでござったな。失念していたでござる」

「あ、でも元々お城だったのは本当だよ。その名残で、学園近くの街は未だに城下町って呼ばれてるんだ。今学園長室があるところは元々大砲が置いてあったみたいで、ほら、あそこ。少し出っ張ってるでしょ?」

 ロロ殿の指さした方に、拙者は視線を向ける。なるほど。確かに四階に、一部正門側に飛び出した形で窓が設置されている箇所がある。あれが、学園長室の窓というわけだ。ということは、あそこからフランクリンは出入りしたのだ。むちゃくちゃすぎる。

 気を取り直すように咳払いをして、拙者は再度地図に目を向けた。

 校舎の右側に位置するのは、図書館と食堂。食堂が正門側、図書館は、その奥に位置している。

 食堂は生徒全てを収容できるようにと二階建てで、メニュー数だけでなく味や値段も満足できるもののようだ。今日は祝日ということで、食堂は閉まっている。拙者が利用するのは、また後日になりそうだ。学期始めは、教科書販売もここで行っているらしい。

 更に天気のいい日には、外で食事が取れるよう野外のオープンスペースも用意され、そこに城下町から飲食店の出店もやってくるようだ。

 一方図書館はというと、学園関係者なら誰でも利用でき、閲覧も自由となっている。ただし貸出しについては制限があるようだ。図書館の出入口は食堂側と校舎側の二箇所で、一階からしか入出は出来ない。

 図書館の更に奥に建てられているのは、部室棟だ。三階建ての部室棟は、一階が体育の授業や、部活の試合で使う道具を入れるための倉庫となっており、残りの二階は文化部が、三階は運動部の部室となっている。

「運動部が、三階なのでござるか? 部活動後で、疲れているのでは?」

「運動部の友達に聞いたんだけど、それは顧問の先生の要望らしいよ。シゴキの一貫なんだって」

「……何処の国でも、体育会系のノリは変わらんのでござるなぁ」

 少ししんみりしながら、拙者は地図に向けている視線を動かした。

 部室棟の前、正門から見て校舎の裏にはグラウンドが設置され、更にその奥には体育館、プール、テニスコートなど、体育の授業や部活で使う施設になっている。

 そして、残るは校舎の左側。地図にはこう描かれていた。

 実技演習棟。授業と魅力試験で『最も魅力的な者が勝つ』を行う、ドーム型の施設だ。

「ヒロキさんは、すごいよね」

「え、いきなり何でござるか? 藪から棒に」

 ロロ殿のつぶやきに、拙者は意表をつかれた。

「だって、留学初日に、いきなりジルドさんと『最も魅力的な者が勝つ』しちゃうんだもん。私だったら、どんなテーマでも絶対できないよ」

 ……ん?

「ロロ殿。一つ、いいでござるか?」

 ロロ殿の言葉に違和感を覚えた拙者は、右手を上げて質問した。

「……ひょっとして、テーマが自分にあわなかったら『最も魅力的な者が勝つ』は受けなくても良かったのでござるか?」

「授業や魅力試験は違うけど、場外戦なら対戦相手同士テーマの合意がないと『最も魅力的な者が勝つ』はできないよ」

 さも当然と答えるロロ殿に、拙者は頭を抱えて地団駄を踏む。

「えええぇぇぇえええっ! マジでござるかっ! だったら拙者、テーマ『忍装束』以外受けなかったでござるのに……」

「も、もしかして、知らなかったの?」

「知らんでござるよ! ロロ殿が来てくれるまで、『最も魅力的な者が勝つ』の傷があんなに早く治るということも知らなかったでござる。おかげで拙者、死因が『ダサくて死亡』になるのかと、ビクビクしていたぐらいでござるよ」

 とはいえ、『最も魅力的な者が勝つ』で受けたダメージは翌日までには抜けるようなので、対戦相手が死ぬことはない。

 まぁ、考えてみれば当然でござるか。もしダンヒルに来ていた観光客が『最も魅力的な者が勝つ』で死んだら、暗殺とかやりたい放題でござる。外交問題不可避でござるからな。そこら辺の安全対策(セーフティー)はきちんと考えられているのでござろう。

「でも、テーマを自分で決めたとしても、私はやりたくないなぁ。負けちゃうの、わかってるし……」

 そう言って、ロロ殿は顔を曇らせた。それを見て、拙者は首をかしげる。

「負けるというのは、ロロ殿に『魅力』がないということでござるか?」

「うん。私、背も小さいし。そ、その、太ってる、から……。着れる服も、制限、できちゃうし……」

 恥ずかしそうに顔を赤らめながら、ロロ殿は顔を伏せた。それを見ながら、拙者は更に首をひねる。

「……すまぬ。それでロロ殿の『魅力』がないということに、一体どうつながるのか、拙者には理解できんでござるよ」

 それを聞いたロロ殿は少し背伸びをしながら顔を上げ、不機嫌そうに拙者を睨んだ。

「そりゃあ、ヒロキさんはいいよね! 背も高いし、体も引き締まってるし、何着ても大体似合いそうな体つきだしっ! 私なんかの悩みなんて、わかんないよ」

 ん? どうして拙者の体系を褒めるのでござるか? それよりも――

「いや、そうではござらん。ロロ殿は、十分可愛いではござらんか」

「えっ!」

 ロロ殿の顔が、一瞬で熟れたトマトのように赤くなった。しかし、拙者が言ったことを信じてはもらえていないようだ。ロロ殿の顔色が、また暗くなる。

「う、嘘だよ。そんなの。私、可愛くなんて、ないよ……」

 うぅむ。以外に強情でござるな、ロロ殿。

 よし! ここは拙者が見つけたロロ殿の魅力を、一つずつ説明していくでござるよっ!

「嘘ではござらん。確かにロロ殿は同年代の女子に比べれば、背は低い方でござる」

「……ほら、やっぱりそうじゃん」

 ロロ殿の顔色が、更に暗くなる。だが、拙者の言葉は、まだ終わっていないでござるよっ!

「し・か・し! それはロロ殿の整った美貌と相まって、お主を守りたいという庇護欲を掻き立てるのに、一役買っているのでござる! また、太っているというのも、胸囲だけの話でござろう? それならば全く心配いらんのでござる。むしろそこは大きい方が――」

「わーわーっ! もういい! もういいからぁ!」

 弾けたトマトのように顔を真っ赤にしたロロ殿が、慌てて拙者の口を塞ごうとする。しかし拙者の方が背が高いので、背を伸ばしたとしてもロロ殿の手は届かない。その代わり、彼女の大きな胸が拙者の体を、グイグイと押してくる。な、何でござるか? これ。一人密集陣形(ファランクス)でござるか?

「ちょ、ロロ殿、何をするでござるか! まだ拙者の話は終わってないでござるよっ!」

「ダ、ダメ! 恥ずか、恥ずかしすぎて、し、死んじゃう! わた、私、死んじゃ――」

「わ、わかったでござる! わかったから、ちょっと離れるでござる! 離れて深呼吸でござるよ!」

 テンパりすぎたロロ殿を落ち着かせるために、一旦離れて二人で深呼吸。

 した所で、拙者の頭の中に、ふと疑問が過った。

「あれ? 今ロロ殿、拙者に触れたでござるな? 桃色の光、出なかったでござるよ?」

「ああ、それはね。触れ合おうとしたどちらかに悪意があったり、拒絶しようと思った場合のみ、『最も魅力的な者が勝つ』は発動するの」

 それを聞いた拙者は、心得たと言わんばかりに両目を見開いた。

「つまり両方に悪意がなかったり、互いに相手と触れ合ってもいいと思えば、あの光は出ないのでござるか? な、なんてラッキースケベに寛容な国なのでござるか、ここはっ!」

「ど、どうして握りこぶしを作って泣いてるの? ヒロキさん。でも、そうしないと、困るでしょ? 色々」

「困る? 何がでござるか?」

「だ、だって、好きな人同士だと、ね?」

 顔を真赤にしてロロ殿は拙者に説明してくれるが、拙者はいまいちピンとこず、首を傾げるばかり。

 そんな拙者を見て、ロロ殿は意を決したように、小さな声でつぶやいた。

「あ、赤ちゃん、とか、で、できなくなっちゃう、から……」

「……」

 あれ? 今拙者、無意識にセクハラしたでござるか?

「……な、何か言ってよ」

「ロロ殿は可愛いでござるな」

「も、もう! やめてって言ってるでしょっ!」

 頬を膨らませるロロ殿に、拙者は両手を合わせて謝る。

「すまんすまん。だが、これで拙者がロロ殿のことを、本当に可愛いと思っていると、信じてもらえたでござろうか?」

「……うぅっ。ヒロキさんの、バカっ!」

 耳まで真っ赤にし、涙目になっているロロ殿も可愛らしい。

 ロロ殿はその豊満な胸の前で腕を組み、そっぽを向き。口を尖らせながらこう言った。

「ヒ、ヒロキさんがそういうこと言う理由が、なんとなくわかったわ。国によって、何に『魅力』を感じるのかが変わるのね」

「視点が違う、ということでござるか?」

 拙者のつぶやきに、ロロ殿が頷きを返す。

「うん。ダンヒルでは全体美、体の一部だけじゃなく、全身を見た時のバランスに『魅力』を感じる人が多いの。だから、私ね。コンプレックスなんだ。自分の体が。背が小さいのに胸が大きい、アンバランスなこの体が。いくら筆記試験の成績がよくても、この体じゃ次の魅力試験の成績は伸びない。無難で、平凡で、普通の範囲から抜け出しにくい……」

 そう言ったロロ殿は下を向き、何かを考えるように唇を噛んだ。まるで、自分の犯した罪を噛みしめるかのように。

「だから私、変わりたかった。ヒロキさんの学園案内を引き受けたのだって、親切心じゃないの。自分のためなの。私が、普通の私を、変えたかったから……」

 声はやがて小さくなり、もはや彼女の声は聞き取れない。わかるのは、ロロ殿が平凡を脱するために拙者を利用した、という事実だけだ。

 それでも、拙者はロロ殿に言うべきことがあった。

「なるほど。文化の違い、というやつでござるか」

「え?」

 呆けたように顔を上げたロロ殿に、拙者は口角を釣り上げて、口を開いた。

「自分のために他人を利用する。軍事国家エアロではそんなこと、日常茶飯事でござる」

 訓練学校で出し抜かれたのなんて、一度や二度ではござらん。そして訓練が終われば、自分を騙した相手と一緒に飯を食らう。あそこでは、騙された方が、力の弱いほうが悪いのでござる。

 呆然としているロロ殿に構わず、拙者は言葉を続けていく。

「ロロ殿にとってそれが後ろめたいことでも、拙者にとっては当たり前。ロロ殿にとってそれが価値の無いものだったとしても、拙者には魅力的に映るのでござる」

「でも、私は――」

「だから、案内の最後がここだったのでござろう? 拙者を利用する代わりに、学園の案内はきっちりこなそうと、そう思ったのでござろう?」

 拙者は、ロロ殿が案内してくれたコースを思い出していた。

 最初は噴水、次に校舎、食堂、図書館、部活棟にグラウンドや体育館、そして実技演習棟を通り、最後はまた噴水。学園長室から案内を開始するなら、最初は校舎から案内するほうが効率的だ。しかし、ロロ殿はそうはしなかった。

「最初に学内案内板で地図を見せておけば、学園の全体像がイメージしやすくなるでござる。それを頭の中に入れた状態で学園を案内し、拙者が今後迷わぬよう、案内の復習として最初に案内した噴水、学内案内板まで連れてきてくれたのでござろう?」

 拙者の問に、ロロ殿は沈黙で肯定を示した。

「であれば、ロロ殿が拙者を利用した分の対価は、学園案内という形で貰ったでござる。今更気に病む必要はござらん。そもそも、何故そこまでして『魅力』に拘るのでござるか?」

 この話はおしまいとばかりに、拙者はロロ殿に質問を投げかけた。

その意図を正確に受け取ったロロ殿は、苦笑いをしながら答えてくれる。

「ダンヒルではね、『魅力』がそのまま社会的な地位になるの。『魅力』の差が下流、中流、上流階級という格差を生んでいるわ。ダンヒルで一番人口が多いのが中流階級で、この学園も、中流階級の生徒が大半を占めているの。ジルドさんみたいな上流階級は、ほとんどいないわ」

「なるほど。単に『最も魅力的な者が勝つ』で優越を競うだけではなく、ダンヒルで『魅力』は、一種のステータスなのでござるな。そして『魅力』を高めれれば、社会的な地位も得られる」

「うん。上流階級だと、やっぱり綺麗な服も着られるし、高級ブランド店のモデルにも選ばれたり、よく雑誌にも取り上げられたりするから。私は家が中流階級だけど、平凡な自分を変えれたらいつかは、って」

 そう言ってロロ殿は、空を見上げた。その瞳にはここではない何処かへの、強い憧れの意志が宿っていた。

『魅力』が信頼につながり、『魅力』があれば成り上がれる。

 忍の地位を押し上げようと考えている拙者は、この話を聞いて苦笑いするしかない。

「他の国も、大体似たようなものでござるな。そういえば、今大陸に残っている国は――」

 言いながら、拙者は大陸の地図を頭の中に思い描いた。しかし、図を口頭で説明するのは意外と難しい。が、

 そのとき拙者に電流走る――!

 そうでござる! まず例を出して、そこからロロ殿に説明していけばいいのでござる!

 だから拙者は、例を出すことにした。

「そうでござるな。まず、大陸を牛肉の部位に例えるでござる」

「……何で牛肉に例えたの?」

「留学祝にと、師匠がプレゼントしてくれたのでござるよ。生で」

「生でっ!」

「いやぁ、師匠から留学の話を聞いて、寮に帰ったら部屋の中から『モーモー』聞こえてござってなぁ。流石に拙者もビックリしたでござるよ。HAHAHAHAHA!」

「笑い事じゃないでしょ! 笑い方変だけどっ! っていうか、それはもう師匠さんからの嫌がらせなんじゃないの?」

「それはないでござるよ。拙者がさばき終わったタイミングで師匠、『焼き肉じゃぁぁぁあああっ!』っと部屋に突撃してきたでござるし」

「さ、さばいたんだ……」

「血抜きが大変でござった。ただ、別の所で師匠には嫌がらせを受けたでござるよ」

「別の所?」

 首を傾げるロロ殿に、拙者は首肯しながら答える。

「留学前に師匠からダンヒルの資料を貰ったのでござるが、意図的に載せてない情報が、多々あったでござるよ」

『絶対魅力者』や魅力試験など、師匠が調べ忘れているとは思えない。現地にいって自分で調べろ、ということなのでござろう。全く、やってくれたのでござる。

「おっと、話が逸れたでござるな」

 いかんでござる。今はロロ殿との会話中。会話に集中するでござるよ。今会話の話題は――

「えぇっと、そうそう。お洒落の国ダンヒルは、ちょうど『らんぷ』の位置、という話でござったな」

「この国牛のお尻だったんだ……」

「軍事国家エアロは、『ばら』と『もも』」

「自分の国、そんな風に言っていいの?」

「ダーバンは『そともも』の更に東、『テール』にある島国でござる」

「突き進むんだ!」

「魔法帝国マゲイアは『サーロイン』で、幸運大公国ボヌールは『ヒレ』、科学連合メルセデスは残りの『サーロイン』でござるな」

 よし、わかりやすい!

 マゲイアは魔法の追求に余念がなく、排他的で、あまり他の国に関わろうとはしていない。生み出した魔法は秘匿する傾向があり、特に隣国のメルセデスとは犬猿の仲だ。

 とは言っても、『最も魅力的な者が勝つ』を共同開発していた頃の関係は良好だったらしい。マゲイアの前身に当たる国の女帝がメルセデスの前身に当たる国の大統領と婚約関係にあったのも、その要因の一つだろう。

 だがその婚約は結局破談となり、それ以来今の冷戦状態が続いている。

 一方メルセデスの方はと言うと、マゲイアと同じように科学の研究に余念がない国だが、マゲイア程排他的ではない。

 エアロはメルセデスと隣接しているということもあり、メルセデスが開発した開発品、主に銃火器類の試験者(テスター)として、良好な関係を築いていた。

 と言っても、エアロに出回る銃火器はメルセデスに取っては過去の遺品扱いらしく、数も限りがある。試験者は、その古くなったものの動作確認を兼ねており、それでもその廃棄品がエアロでは高値でやり取りされているという状況を鑑みれば、メルセデスの科学力がどれだけ高いのかは想像するまでもない。

 マゲイアの魔法の力もメルセデスに劣らないという噂だが、エアロとマゲイアの間にはボヌールが存在するため、中々エアロにはマゲイアの情報が入ってこない。

 メルセデスは高い科学力、マゲイアは全容は不明だが、その魔法力で戦乱時代以降生き残ってきた国だ。

 だがボヌールは、わからない。

 本当に、何故この国が他国と合併せず、また侵略されなかったのかわからないのだ。

 未だに何故戦乱時代を通して百年も生き残ったのか誰も理由がわからず、まさに運が良い国と表現する他ない。

 運が全てを決める国で、賭けるものがあるのなら誰でも受け入れる風潮は、ギャンブル大公国という別名にも表れている。

 噂では大公すらギャンブルで決めるそうなのだが、それはさすがに嘘だろう。嘘だと思いたい……。

 エアロとダンヒル以外の国の情勢を思い出した所で、ロロ殿と目があった。

「ほ、本当に牛肉で例えちゃった……」

 呆れを通り越して感心したように、ロロ殿はつぶやいた。拙者は彼女に笑いかける。

「場所が変われば、価値観も変わるでござる。今まで国だったものが、牛肉になったみたいに」

「……いや、それは急に受け入れられないけど」

「そうでござろう? 別の場所に行ったからといって、それで自分自身がすぐ違う価値観に染まるというわけではないでござる」

 だから。

「この国の人がどうであれ、エアロからダンヒルに来た拙者にはロロ殿が魅力的に見える、という事実は変わらんでござるよ。自信を持つのでござる」

「……まさか、私を励ますために、わざと牛肉の話を」

 ハッとした表情で、ロロ殿は口元を両手で押さえた。そしてそのまま黙ってしまったロロ殿に、わかりやすく伝えるために大陸を牛肉に例えたとは、とてもじゃないが拙者は言えなかった。

「あの、ね。ダンヒルにはね。ヒロキさんみたいに、む、胸、とか、体の一部分について褒めてくれる人って、中々いないの」

 微かに聞こえた、ロロ殿の声。噴水の水音に負けそうなぐらい小さな声を、拙者の耳は確かに拾っていた。

「だ、だからね、その、ね。あ、あり、ありがとうっ」

 意を決したように顔を上げ、ロロ殿は拙者の両目を射抜くように見つめた。

「私、お洒落、頑張るねっ!」

「うむ! これからは同じクラスの仲間として、一緒に頑張るでござるよ!」

「うんっ!」

 どちらからともなく、拙者とロロ殿は握手を酌み交わしていた。

 こうして拙者には、留学して初めて共に励める、友と呼べる人ができた。

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