彼女を待ちながら

斉賀 朗数

第一話 青

「昨日、見た時から思ってたけど、その靴かっこいいね。なんて靴なの?」


 奇抜なデザインのその靴は、女の子が履くには無骨ぶこつすぎる気がした。しかし見慣れてくると、彼女はとても美しく違和感なくその靴を履いているように感じる。

 彼女は自分の履くその靴をいとおしそうに眺めながら教えてくれた。


「プーマのディスクブレイズっていうの。靴ひもが付いてないけど、甲の部分についたダイヤルを回転させて、アッパーに内蔵されたワイヤーを締める事で靴と足を密着させる画期的な機能を搭載したスニーカーなんだ。素敵でしょ」


 大人びた表情から一転して、少女のように笑う姿はとてもかわいらしい。本当に靴が好きなんだろう。

 好きな事について語る彼女の姿が、あの頃の自分に重なって見えた。

 あの頃は私もこんな風に笑っていたのかもしれない。


 改めて彼女を眺める。

 ライトグレーのシンプルなベースボールキャップに、スリーブの部分がレースを重ねたようになっている五分丈の白色プルオーバー、それを少しタイトめな膝上丈のインディゴブルーのデニムスカートにインして、くるぶしより少し上までの長さで丁度くるぶしを囲むように細いライトグレーのラインが入った靴下を履いている。

 甲の部分に付いているぐにゃりと曲がる矢印が二つ、円を描くようにデザインされた黒のダイヤル。

 靴の右側と左側をかかと方向から、ぐるりと回りこむようについた黒のプラスチックパーツ。

 ミッドソールは汚れ一つない綺麗な白。

 そして、その上にあり全体を覆う鮮やかな青のカラーリングをアッパーに身にまとったその靴は、近未来的な雰囲気で、彼女を別の世界の住人足らしめる要素をになっている、そんな気がした。


「そんな事聞いてくる余裕があるなら、もう答えは決まってそうね。一応、通過儀礼つうかぎれいみたいなものだから聞いておくわね」彼女は居住いずまいを正すように、真剣な顔つきになり、言った。

「今の生活に満足している?」


 私は後悔ばかりの日々を振り返って心の底から強く兄の事を思いながら、映画について語り合った兄との日々を思い出しながら、目の前にいる彼女ではなく自分自身へ言い聞かせた。

「こんな生活、満足してる訳ない」

 その言葉を聞くと、彼女は今までの印象とはかけ離れたシニカルな表情を見せて言った。

「それじゃあ、こちらにいらっしゃい」

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