Case1-1

さて、お話を戻しましょう。


伯姉妹が本日最後に選んだ食事、「happy smile」と名付けられた料理が2人の前に運ばれて来ました。

淡い色が幾重にも重なる円柱のムースの上にキラキラ光るオレンジ色のソースがかけられ、飴細工のように光沢のある桜色のチュイルが美しさを際立たせています。

「食べるのが勿体ないわね」

「食べていただかないと困ります」

三井が微笑む。

「ほんと綺麗なお料理っ」

「ありがとうございます。シェフに伝えておきます。ごゆっくりお召し上がりください」

「ありがとう三井さん」


「ハルさん、いただきましょう」

「はーい。いただきまーす」

柔らかなムースにスプーンを入れ小さく切り取り、ソースを絡める。すると淡い色が混じり合いシャガールの絵のようでした。

「綺麗ねぇ」

「うっとりしちゃうわぁ」

二人は目を合わせて、同時に口元に運びました。

ユキの目に映るハルの眉間にシワがよる

ハルの目に映るユキの唇が歪む

「マッズっ…」

「うっ…」

「なんですの?これ…」

ユキは涙目になってしまっています。

「ちょっと、三井さん!!」

なんとか呑み込んだシャガール風の美しい激不味料理が口の中から胃までその存在感を遺憾なく発揮し、グラスに入れられた水を飲み干したくらいではこの衝撃は消えそうにありません。

三井はいつも通りの笑みと歩みで

「いかがなさいましたか?ユキ様」

と姉妹の側へやってきた。

「赤ワインを頂戴!今すぐ!一番重いやつよ!」

強い口調のユキに三井は少し驚いて、急いでワインを用意してきました。

「こちら、1995年皐月様の…

「三井っ!!いいから、早く!!」

「はいっ!」

姉妹はワインの説明を聞いている場合ではないのです。表現するにもしようのない、毒を盛られたような衝撃的不味さが消えることなく主張をしてくるこの状況を一刻も早く消し去りたい一心です。

「あっ、ユキ様、そんなに…」

煽るようにワインを飲み干しようやく、少し落ち着いてきましたが、まだまだ余韻は消えません。フツフツとした怒りが湧いてまいります。不味い料理ほど人のヤル気を損なわせ、苛立たせるものはありません。


「このお料理はなんなのかしら?シェフはお味見なさってないのかしら?」


「やはり、お口に合いませんでしたか…。そうでございますよね…。我々が楽しい夢を食べるなど、前代未聞でございます…」


「あん??テメェ味見もせずに出したのか?」


「お姉様!口調が…」


「んんっ。三井さん、どういうことかしら?」


それはそれで、恐ろしい口調ですぅ。お姉様…


三井は、空いたグラスにすかさずワインを注いでおります。気のせいでなければ眼鏡の奥の細い目がグラスの中を泳いでおります。


「あのー、ですね、メインの食材、えー、つまり、この夢を入れる前の仕上がりはそれはもう絶品でございましたが…はい。ご存じのように、シェフが『夢』の味見をしてはですね、つまり、その、その後の処理に関わりを持つと言うことになります。えー、そう致しますと店の営業にも差し支えますので、シェフはメイン食材である『夢』を採ってきた獏様にお味見をお願いするのですが…」


「では、夢見月様がお味見をしてくださったの?」


「信じられなぁい!夢見月様…味音痴なのぉ?」


「ハル!お黙り!」


「ハイっ」


ハルが差し出したナプキンで汗を拭いつつ三井がシドロモドロで答えます。


「そ、それがですね、いえ、はい、通常ならば味見をしていただくのですが、、あのですね、夢見月様はこの『夢』を吐き出した後、お休みになってしまわれまして、はい。よほど疲れていらっしゃるのか、はい。起きてくださらず…とは言え、夢見月様が獲っていらっしゃった『夢』でして、ですね、それで、致し方なくそのままお出しした次第でして…夜明けも近い事でございますし…明日に持ち越しては鮮度が何かと…アレでございますし…」


姉妹のグラスに3度目のワインを注ぐ


「もう一本お持ちいたしましょうか?」


「いえ、結構。ところで、このお料理食べ残してもいいわよね?」


「あの、それは、、何と申し上げて良いやら…」


三井が返事に困っていると


「ふぁーーーぁ」


と呑気なあくびが聞こえます。

三人は声が聞こえた方向を見やりましたが、誰もいません。


「キューン キューーン」


今度はイルカが鳴くような高い声がしていました。三人がもう一度声のした方を見やりますと隣のテーブルクロスの下から真っ白い手乗りサイズの獏があくびをしながらこちらにヨチヨチと歩いてまいりました。


「きゃー可愛い💕」


「あら。ほんと。愛らしい」


「ゆ、ゆ、、どうされたんですか!?」


手乗りサイズの獏はふわりとテーブルの上に飛び乗ると、少し長い鼻をブンブン揺らしながら可愛らしい声で鳴いております。


「キュキューン。キュゥゥゥゥン」


「はい。はい。なんと!」


三井が顔色をコロコロ変えながらその声に相槌を打っては、頷いているところを見ると会話が出来ているようでした。


「キューン💕声も可愛いぃ。お姉様、わたしこの子を連れて帰りたぁい!」


ハルがその白く可愛らしい獏を捕まえて手の上に乗せ撫で始めました。


「シャーーーーツッ!」


初めは猫が怒ってるような声でジタバタしていた小さな獏はハルに首元やら頭やらを撫でられているうちに、お腹を見せて

「キュゥウ」と気持ち良さそうな表情を浮かべておりました。


「いい子ねぇ。気持ちいいの?」


「キュゥゥ……」


その小さな愛らしい漠は目を細め今にも眠ってしまいそうです。


「三井さんっ!この子連れて帰ってもいい?」


「え?あっ、その…」


「ぐわぁぁぁーーーっ!!やめんかいっ!!」


小さなバクは突然我に帰ったようにくるっと一回転しますと、ちょっと長めの無造作な癖毛風黒髪に眼力強めの涼しげな瞳、すっと通った鼻筋、しっかりとした輪郭のくちびる。。良質なスーツを着こなし、全身から隙のないオーラを放つこの上なく美しい姿に変身しました。


「。。。。黄金比の権化だわ。。。。」


ハルの左手のひらに腰掛ける乗る美しい神の姿を見たユキの第一声がそれでした。ハルの右手はまだその美しい神の美しい顎のラインを小さく撫でている。満更でも無さそうにしばし撫でられていたのですが、

 

「や•め・ろ!!」


と黄金比の権化はすハルの手から飛び降り、ふわりと三井の肩に飛び乗ると


「俺を手懐けようなど100万年早い」


とキツめに言い放ったのですが、ユキとハルは聞き心地の良い声のせいで言葉が言葉としての意味を成さなず、良い声だなという感情だけが残るという不思議体験をしていました。

ハルは目をキラキラさせながら手を伸ばしもう一度その美しさに触れようとしますが、三井は肩に乗る黄金比の権化をガードしながら

「ハル様、こちら夢見月さまでいらっしゃいます。ご無礼のございませんよう…」


「夢見月様!?!?」


姉妹の声が店内を満たし、三井は何故か自慢げです。勝ち誇った表情とは今の三井の顔を指すのでしょう。










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