第85話 迷子



 それからシロたちは教えられた通り東へ歩くこと数分後。

 いい加減緑ばかりの景色に飽き飽きしていた時、フィーリアが何かを見つけたように声を上げた。


「あっ、シロ君、ユキちゃん。見つけました、多分あれが湖です」

「方向は?」

「このまま真っすぐです」

「やっとか~」


 フィーリアの【遠視】にはしっかりと青色に広がる巨大な水たまりを発見していた。フィーリアの嬉しい言葉に疲れたような声を出すシロ。しかし、差しあたって三人には問題があった。


「道具、どうするか」

「そうですね、食べ物ばかりでしたし」

「これじゃ、夜ご飯はおろか寝ることも出来ないよね」


 イベントが開始されてからおよそ二時間。かれこれと森の中を歩きつつ多数のモンスターを狩って来たシロたちであるが出るのは食料ばかり。これだけでは食べることが出来ない、幸いにして調味料はとある植物型のモンスターからドロップ出来たからいいものの、出来ることならきちんと調理をしていたいと思うのは性だろうか。

 そんなもはや主夫としての悩みを抱えて歩き続けていると突然、フィーリアがまた何かを見つけたようでシロの後ろから声が飛び出す。その声にシロとユキは何事かとフィーリアのほうを向く。


「どうしたフィーリア?」

「女の子が二人倒れてます!」

「大変!?」

「っておい、そんな急いで行くなよ! 罠かもしれないだろ」


 フィーリアの報告を聞くなりユキが慌てて飛び出す。シロは飛び出して来たユキを追いかける。フィーリアも慌てて二人の背を追う。

 ユキが緑色の壁を潜る抜け、前へと進むとそこには小学生くらいだろうか、二人の女の子がうつ伏せで倒れていた。

 ユキは倒れている女の子を抱きかかえ状態を起こす。遅れて到着したシロが【索敵】でまわりに人がいないことを確かめる間、フィーリアがもう一人の女の子を起こした。

 シロが二人の頭上を凝視すると二人のHPとネームが現れた。






 ララ レベル107 HP:1555/3229


 ルル レベル107 HP:1555/3215



☆☆☆☆☆☆



「お~い! ララちゃん、ルルちゃん~! どこにいるの~?」

「ったく、二人ともどこ行ったのよ」

「心配だね」

「まぁ、二人一緒なら大丈夫だろうけど」


 とある場所、巨大な木の根元でギルメンを探す【向日葵の輪イエローホープ】の面々がいた。探しているのは勿論、ララとルルである。


「だから、採取はくれぐれも自重しろってあれほど言ってるのに……」

 

 歯ぎしりを起こしそうになるほど食いしばるエル。

 ララとルルはリアル双子の姉妹で、二人ともギルド専属の生産職である。ララが装備類、ルルがポーション類を担当しており、その技術はリュウがギルマスをしている【緑営会】に所属している生産職プレイヤーと大差ないほどである。それほどの技術を持ち合わせているためか、それとも生産職という性か、採取などの素材集めをさせると集中して他のことを忘れてしまう欠点があった。

 だから、普段からエルは二人に採取などをするときはくれぐれも自重しろと口にしているのだが、今回はどうも珍しい素材がたくさんあったらしくちょっと目を離した隙にあっという間にはぐれてしまったというわけだ。


「まぁまぁ、二人のおかげで私たちの武器やポーションがタダで手に入っているわけだし」

「そうだね~、二人とも今日はいつも以上に目を輝かせていたからね~」


 エルの苦言にルカとミルフィーが宥める。その意見にエル自身も賛成なのでそれ以上二人を責めるようなことは言わなかったが代わりに嘆息をつく。ミルフィーというじゃじゃ馬の手綱を引くのも大変なのに、そこに厄介な職業病を患っている二人の面倒を見るのも一苦労であった。

 そんなギルメンを哀れむような目で肩に手をおくサブマスのミカ。


「皆で探せばきっと見つかるよ。今度は私がちゃんと二人のこと見てるから、ね?」

「ミカ……」


 サブマスの温かな言葉に涙が出そうになるエル。ひとえに彼女がいまだにギルマスという立場にいられるのはこのしっかり者のサブマスのおかげであろう。

 ミカからのエールが効いたのかエルは「うしっ」と気合を入れ直すとララとルルの捜索を続けた。


 この結果、厄介な案件が舞い落ちるとはこの時のエルは微塵も想像していなかった。



☆☆☆☆☆☆



「う~ん、デバフだな」


 ララとルルを発見したシロたちは二人を木陰で休ませると現状を把握しにかかった。

 ララとルルのHPバーが徐々に減っていくのを見ると、どうやら彼女たちは【空腹】のデバフにかかっているらしい。戦闘が行われた形跡があの場になかったし、さっきから二人のおなかが鳴りっぱなしなのがいい証拠だろう。


「ユキ、とりあえず【ヒール】かけてやれ」

「うん、分かった。【ヒール】、【ヒール】」


 二人のHPを少しだけ回復させるとシロは、アイテムボックスから無駄に多く入手した食材を取り出した。真っ赤な二つの果実、リンゴっぽい果物を取り出すとシロはそれを二人に差し出した。


「おい、起きろ」

「……ぅん?」

「……んぅ?」

「あっ、起きました」


 シロが二人に出来るだけ優しく声をかけ、肩を揺らすと二人同時にゆっくりと瞼を上げた。

 意識を取り戻した二人は目の前いる男と女二人を見るやいなや、警戒心を露わにする。その動きにシロは中々の熟練プレイヤーであろうと推測した。だが、今は二人の警戒を解くのが先決でシロはいまだに鋭く睨む二人の目をただジッ、と逸らさず見つめ合った。


「これ、食べるか?」


 シロは両手に持っているリンゴを見せる。しばらく、無言でリンゴとシロたちを眺めると二人は互いに顔を突き合わせ、シロたちに害意がないと判断したのか首を縦に振った。


「……いただきます」

「……ゴチになります」


 恐る恐ると言った感じだが、ララとルルはゆっくりとシロの両手からリンゴを受け取った。

 それを二人は小さい口にその真っ赤な果実を放り込んだ。かぷっ、と一口食べると二人のHPが少しだけ回復して、【空腹】状態だったデバフも消えた。それを確認した三人は胸を撫で下ろした。

 食べても問題ないことが分かったのか二人はモグモグ、と食べる速度が上昇した。あっという間にリンゴを食べつくした二人であったがその顔は物足りないというのが丸わかりである。


「……ほらよ」

「いいの?」

「くれるの?」

「食い物は腐るほどあるからな。減らしてくれると助かる」

「「……」」


 シロが二人に同じものを取り出し差し出すと二人は今度は遠慮気味な眼差しでシロを見た。だが、シロとしてもここまで食料しかドロップされていないので減るというならありがたいことである。

 シロの言葉にララとルルは少し戸惑うような顔をしていたが食欲に負け、またリンゴを受け取るとおいしそうにほうばった。


「さて、食事中で悪いけど、お前ら二人だけか?」


 むしゃむしゃ、とリンゴを咀嚼する音が聞こえるがシロは状況を確認するため二人に訊いた。二人も、食べることを止める気配を見せることなく質問に答える。


「ギルメンがいた」

「でも、皆迷子になった」

「いや、多分二人が迷子になったんだろ」


 二人の説明を聞いて大体把握したシロ。どうやら、二人はギルドで動いていたらしいが途中ではぐれてしまったらしい。どうしようかと、シロは後ろで状況を見守っている二人を振り向いた。

 シロの視線を受け、ユキとフィーリアは微笑みかけ黙って頷いた。どうやら、判断をシロに一任するらしい。その反応に嘆息するとシロは頭を掻き、ララとルルの方へ向きあった。


「俺らこれから、湖のほうへ向かう所だけど。ついてくるか?」

「「……」」


 シロのその提案に二人は顔を見合わせる。

 二人としては急いで合流したい所であるが、こんな広い緑だけの世界で例え待ち合わせをしたとしても辿り着くのは困難だろう。そうなると、シロの言った通り湖へ向かいそこを合流地点にすればいいのではないだろうか。視線だけのやり取りをシロたちは首を傾げながら傍観していたがこの意思疎通は双子ならではなのではだろう。

 無言での話し合いも終了したようで二人は静かに口を開いた。


「……それなら」

「……一緒に行く」

「そうか、なら決まりだな。俺はシロ、よろしく」

「フィーリアです」

「私はユキね。二人の名前は?」

「ララ」

「ルル」


「「よろしくお願いします」」


 立ち上がったララとルルは三人に対してお辞儀をした。その何とも可愛らしい姿にユキとフィーリアは微笑を浮かべた。シロは、ため息をつきながらも放っておけないと感じてしまった自分に呆れてしまう。いつもならここで二人とは別れて、自分らはさっさと移動を開始させるだろう。これも、ユキの影響だろうかとシロはチラッ、とララとルルに笑顔で話しかけている彼女を眺めながら静かに嘆息したのであった。




 


 それから数分後にシロは大変な目に遭うのだが、それはまだ知らない話である。


 





 

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