第83話 羞恥心



「よっ、ほい!」


 敵の大型トカゲモンスターの舌攻撃を避けたシロは、そのまま飛び上がると相手の脳天に政宗を突き立てた。残り少ないHPを全損させるとトカゲはそのまま光となって消えた。

 戦闘が終わったシロは刀を仕舞い、ドロップアイテムを確認する。


「肉かぁ、トカゲって美味いのか?」


 アイテムボックスに収納されているアイテムを覗きながらシロは嘆息つく。


「……シロ君、それ食べるの?」


 頭を悩ませているシロに、近くまで来たユキが恐る恐る訊ねる。いくらゲームだからと言ってさすがにゲテモノに挑戦する器量はユキとフィーリアには持ち合わせていなかった。


 シロたちが行動を開始させてゲーム時間で三十分ほど、これまで拠点となりそうな場所を探しつつモンスターを倒してきたが取れるのはよくわからない草とゲテモノ類の肉である。このままでは今晩のおかずは何の肉か分からないものが出て来るだろう。


「ま、このまま食べれるものがなかったら焼いて食うだろうな」

「うわぁ……」


 シロの発言に引き気味な声を出すユキ。早く何とかまともそうなものを確保しないと本気で夕食がゲテモノ料理になりそうである。


「フィーリア、そっちはどうだ?」

「う~ん、まわりが緑ばっかりでよくわからないです」


 顔を青くするユキを他所にシロはメニューを閉じると上でどでかい木の枝に座っているフィーリアに訊ねる。

 フィーリアが新しく得た【遠視】スキルでエリア内のどこかにあるだろう湖を探していた。こういうサバイバルに重要視されるのは水の確保である。食料があろうと水がなかったら脱水症状を起こすし、生活水としても重要である。

 なので、シロたちはまず湖を目指すことにした。よい所があればそこを拠点とすることも視野に入れている。

 とりあえず、まだ湖が先のほうにあると分かったのでシロは【立体機動】でフィーリアのいる所まで登ると彼女を抱きかかえ、出来るだけ優しく降りた。その際にフィーリアの顔が赤くなっていることをシロは気づかなかった。


「さて、どっちに行くかだな」

「マップも頼りに出来ませんしね」


 シロとフィーリアの会話の通り、メニューにあるマップ機能は今回はあてにならない。マップに表示されるのはシロたちが歩いて来た道だけで、フィールド全体をマッピングさせるのは至難の業である。

 まぁ、他のプレイヤーたちの中にフィールドを制覇しようとする輩もいるだろうが、シロたちはまず良識的にいくことにする。


「ユキ、掲示板の様子は?」

「今の所皆キョロキョロと動いているみたい。湖を発見したって情報はないよ」


 シロに訊ねられたユキは難しい顔で応える。まだ他のプレイヤーたちも試行錯誤しているようだ。または、いい所を見つけても掲示板に載せていないだけかもしれない。


「そうか、ならひとまず休憩でも……」


 しようかと提案しかけた時、向かいからダダダ、と木々を薙ぎ倒してくる音が聞こえてきた。


「「「っ!?」」」


 反射的に構えを取る三人。そして、音はどんどん近づいてくるのその正体を現した。


『BOOOO!!』

「っち!」

「うわっ!?」

「きゃっ!」


 突如として現れたのは巨大な体に立派な角を生やし、皮膚を茶色に染めた牛であった。

 そのあまりの勢いに危険を感じたシロは、咄嗟にそばにいた二人の腰に手を回し飛び上がった。牛はシロたちの下を通過する。

 飛び上がったシロは、上手く枝に着地して二人を離した。


『BOOOO……』


 攻撃目標を見失った牛は、唸り声を上げる。

 二人を安全地帯に運び、慎重に腰の政宗に手をあてる。どうやら自分らを探しているらしい。


「おぉ、大きいね」

「はい、そうですね……」


 牛の大きさをユキとフィーリアは上から観察する。シロは、そんな能天気な二人と反してぎらついた目で牛を見ていた。


(……美味そうだな)


 引き締まった牛の肉体を眺め、牛のアイコンを確認。



 ビックバッファロー Lv50



 レベルはまあまあだが、今のシロたちにとっては対して強敵というほどでもなかった。ここは一つ、マシな食材を確保するべく行動を開始させる。


「ユキ、フィーリア、二人はここで援護だ」

「「了解」」


 シロの何気なく告げた言葉に二人は当然とばかりに返事をする。もはや、モンスターと戦うことに何の抵抗もなくなったようである。慣れというのはすごいものだ。

 二人の返事を受けたシロは気合を入れ、鞘から政宗を抜刀させた。


「おっしゃ! 牛肉だ!!」


 二人が言い終える前にシロは枝から飛び降りた。その目は完全に相手を食材と見ている。

 飛び降りたシロに気づいたのか、牛は明らかな敵対心を見せブルル、と鼻を鳴らした。後ろ脚を地面に摩擦させ、戦闘を促しているように見えた。


「ふっ、かかって来い食材」


 刀を構え、相手を挑発するシロ。その挑発が効いたのか、ビックバッファローは頭を下げ角を突き付けるように襲い掛かって来た。


『BROOO!』


 突進を仕掛けるビックバッファローにシロは臆することなく対抗する。

 正面から敵に迎え撃つ。その際に、上からユキがバフをかけるとシロの体を光が包む。走るシロは一切躱す仕草を見せないまま足を進める。そのままシロとビックバッファローは互いにスピードを落とすことなく距離を詰める。そして、シロと距離を詰めたビックバッファローはここぞとばかりにシロに自慢の角を突き刺そうとした。


『BO!?』


 だが、角を突き刺そうと頭を下げた瞬間、ビックバッファローは突如体を急停止させた。いくら体を動かそうとするがピクリとも反応を示さない。自分の体の変化に驚きを隠せないビックバッファロー。だが、シロはそんなことをお構いなしに刀の刃先を向けたまま突っ込んでくる。シロの進行に焦りを見せるビックバッファローは、だが、体が言う事を聞かなかった。

焦るビックバッファローの後ろ、影が差す部分に一つの矢が刺さっていた。枝の上から弓を構えるフィーリアが放った矢である。


 【影縫い】、【弓矢】スキルに存在するスキルで攻撃した対象の行動を制止させる効果を持つ。体に当てるのもいいし、敵の影に打ち込めばその効果が上がる。だが、影を狙って射るのは相当難易度が高くましてや動いているという状況なのに的確に当てたフィーリアの才能が垣間見えた。


 シロは一気にビックバッファローに近づくとそのまま走りながら巨大な体躯に向かって横一閃。体に線を引くように政宗を振った続け様に飛び上がると背中の一点に刀を突き立てた。


「ふんっ!」

『BROOOO!!』


 背中に突き立てた刀を捻るとリアルに血しぶきを上げ、ビックバッファローは体を傾け地面へ倒れた。倒れる直前に刀を抜き去り、地面へ着地を決めたシロはビックバッファローが光の粒子となるのを確認すると静かに刀を収めた。


「お疲れさま~」

「怪我はないですかシロ君?」


 上からユキとフィーリアがシロに声を掛ける。それに対してシロも軽く手を挙げて問題ないことを示した。ドロップアイテムを確かめると残念ながら肉ではなく角が取れた。これにシロは舌打ちをする。食材確保とはならなかったようだ。


「とりあえず【索敵】と……」


 ビックバッファローを倒したシロは慢心することなく、【察知】から成長した【索敵】を発動させる。【索敵】は文字通り周りに敵がいないかを確認するスキルで、【察知】の効果範囲が半径10mだったのが驚異の半径20mとなり、二次元的だったのが三次元的に分かるようになっていた。これで正確な相手の位置が分かるようになるのだ。

 【索敵】で周りに敵がいないことを確かめるとシロは上にいる二人に向けて口を開いた。


「おーい、周りに敵もいないみたいだから降りてこい」


 シロがそう告げると二人は、互いに顔を見合わせ困ったような表情を浮かべた。そんな二人にシロは首を傾げる。


「どうした? たいして高くないだろう?」

「そ、そうなんだけど……」

「えぇと、その……」


 シロの言葉にユキとフィーリアはどうしてか顔をほんのりと赤く染め、もじもじとし出した。

 ユキたちがいる枝は高さ二、三メートルくらいで二人のレベルとステータスなら飛び降りても何の問題もないはずなのに。二人の不可解な言動にシロは疑問顔をするが、ユキとフィーリアの手が必死に何かを抑えつけているのを見て瞬時に理解した。


「あぁ、なるほど……おーいお前等」

「な、なにシロ君?」

「ど、どうかしたんですか?」

「……別に飛び降りてもスカートの中は見えないぞ」

「「……え?」」


 シロの発言に素っ頓狂な声を出す二人。

 シロの言う通り、BGOは全年齢対象のゲームであるため18禁的なもの……例えば、下着や裸などの性的刺激が強いものが見えようとすると謎の光が発生してそこを覆い隠すように出来ていた。これはβテスターの連中が仕入れた情報である。ちなみに、何故かスカートはめくれない仕組みとなっている。

 しかし、このBGO、性的な接触は互いの同意があれば可能だ。逆に性的犯罪を防ぐため同意がなされていない相手から無理やりな性的接触をされると警報がなりすぐにGMまたは運営の関係者が駆けつける仕組みとなっている。

 

「だから、別に降りても問題ないぞ」

「「……」」


 シロの説明を受けてもなお、躊躇するユキとフィーリア。いくら見えないからと言ってもスカートで飛び降りるのはさすがに気が引ける。そんなことを考えて苦い顔をする二人。その様子にシロは小声で「しょうがないな」と呟くと二人のいた場所へ飛び上がった。


「ったく、ほら、近付け」


 非常に面倒くさそうにそう言うと手をちょいちょいと振って、近かくに来るように伝える。呆然とシロを眺める二人であったが言われた通りに近づくと、シロはビックバッファローが襲い掛かった時と同じように二人の腰に手を回した。


「ちょっ、ちょっとシロ君!?」

「あわわわ……」

「んだよ、黙って掴まっていろ」


 突然腰に手を回され慌てて声を上げるユキと、どうにも言葉が出てこないフィーリア。だが、シロもこれ以上は埒が明かないので二人の声を無視するとさっさとその場から飛び降りた。

 飛び降りたシロは二人から手を離す。分かりやすく狼狽するユキとフィーリアであるがシロは特に気にしていないようで、これからどうするか腕を組んで悩んでいた。若干、その温度差に不満な顔をするユキ。

 

 いくら毎日一緒にBGOをやっていると言ってもさすがにこういう風に体を密着させるのはどうにも心臓に悪い。だというのに、そんなことどこ吹く風のような態度のシロにユキは心の中で悪態をつく。

 そんなユキの心情を知るはずのないシロは、腕を組んだままこれからの行動方針をたてる。


(さて、これからどうするか。出来れば方角さえ分かればどうにか出来ると思うけど今の所、期待薄だな。となると……)


 シロはおもむろにポケットからここまでにドロップさせたコインを取り出すと、それを空中へはじいた。コインはクルクルと回り、シロの手の甲に着地した。

 コインは裏を示し、それを確認させたシロはマップを開いた。迷ったときはコイントス。これはシロがPRGなどでしていた行為である。表が出れば西、裏が出れば東、トスをする前に決めていた。シロはマップで東の方角を確かめると先程からぶつぶつと何やら呟いているユキと終始顔を赤くしているフィーリアに向かって言った。




「ま、とりあえず、東へ行きますか」


 


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