第75話 閃光の怒り



――数分前


「うぅ~ん、疲れた」

「お疲れさまエルちゃん」

「あたしはまだ元気だよ~」


 ミルフィー率いる【向日葵の輪イエローホープ】は南門近くで攻略からの帰還を果たしていた。突如現れたトップギルドに周りのプレイヤーはざわめき出す。


 ギルド【向日葵の輪イエローホープ】、構成人数六人と小規模ながらも【閃光スピカ】のミルフィーを中心にギルドメンバーの息の合った戦い方で強敵にも立ち向かい、今や最前線を進むほどに成長したギルドである。ミルフィーのほかにも実力者が揃っており、ギルマスのエルもPvPランクがBランクの力を持っている。元々、仲良しグループの集まりなので厳しいルールや組織的な規律もないためほのぼのとした雰囲気である。


「アンタの制御にほとんどの労力を使った気がするわよ」

「え~? 何のことかなぁ~」

「白々しい……」


 ジト目で睨まれて、ミルフィーは顔を明後日の方向に向ける。実際、ミルフィーがモンスターに向かって行くことが多々あるため手綱をつなぐ役目をエルが担っていたりしている。ミルフィーの態度に深くため息を吐くとエルは周りにいるメンバーたちに声をかけた。


「みんなこれからどうする? ギルドホーム戻って解散する?」

「あたしは~、気になってるお店があるからそこ行きたいなぁ~」

「あ、ミルフィーちゃん。それって前に言ってたパンケーキが美味しいお店?」

「そうだよ~、ここから近いから皆で行こうよ~」


 甘えるような声を出して提案するミルフィー。反応が二つに割れた。


「ウチは遠慮しておこうかな。明日も早いし」


 ボウガン片手に断りの言葉を最初に唱えたのはギルドの遠距離固定砲台役のルカであった。ポニーテールの髪が特徴のギルドの姐御である。


「わたしたちも……」

「今日は落ちる……」


 ルカの言葉に続けるようにオレンジ色と水色のツインテール少女二人が呟く。


「あ、ララちゃんとルルちゃんもかぁ、どうする? 今日はやめとく?」


 半分の人数が参加を拒否したためエルはミルフィーとサブマスのミカに訊ねた。だが、ここでミルフィーが駄々をこね始める。


「えぇ~、いいじゃん行こうよ~」

「ほんと、リアルと全然態度が違うわよね、アンタって……」

「ここでリアルの話はマナー違反だよ~、エルちゃん~」

「そんなに違うの? エル?」

「えぇ、これと180度違うわよ」

「あまり想像できないなぁ」


 ルカがミルフィーを見て呟く。リアルでミルフィーと知り合いのエル以外はこの間延びした発言をするミルフィーしか知らないため仕方ないだろう。エルもリアルでミルフィーと出会った時は驚きを隠せなかったのだから。


「ま、いいんじゃないの? 別にウチは今度来るから」

「わたしたちも……」

「問題ない……」

「そう、なら悪いけど私たちだけで行こうか。ミカは大丈夫なの?」

「うん、もう少しいれるよ」

「と、言うわけだからこれで文句ないわねミルフィー」

「やった~、ケーキケーキ~」

「ハイハイ、落ち着きなさい」


 パンケーキが食べられると知ったミルフィーは喜びを体現するようにピョンピョンと跳ねる。その可愛らしい光景をメンバーは温かな眼差しで観察していたのであった。



☆☆☆☆☆☆



 意気揚々と目的の店に入ったミルフィー、エル、ミカの三人は窓際の席へと案内された。ワクワク、とメニューを眺めるミルフィーはどれにしようかと頭を悩ます。すると、ミルフィーの背後から聞き慣れた単語が聞こえてきた。


「シルバーってシロ君、知ってますか?」


 ピクンッ、と体が反射的に痙攣したような動きを見せる。彼の名前を聞くのは一体どれくらいぶりだろうか、恐らくPK事件以来にレオンたちと話したのが最後だったような気がした。

 かつて、ミルフィーが所属していたギルド【六芒星】。そこのギルドマスターだったシルバーの名前は彼がいなくなってからもよく聞いていた。だが、どれも噂話程度、誰も彼がどうなったのか、はたまたどうしてこの世界を去ったのか、その情報を持ってる人はいなかった。懐かしい名前にミルフィーは自然とメニューを掴んでいた手の力を強めた。


「どうしたミルフィー?」

「具合悪いの?」


 対面に座るエルとミカの様子が変わったミルフィーを心配そうな目で見ていた。それに気づいたミルフィーは首を振った。


「ううん、何でもない~」


 二人に心配させまいと笑顔を向けるミルフィー。せっかく楽しくパンケーキを食べに来たというのに自分のせいで台無しにしたくなかった。

 どうせ、今回も興味本位の噂話なのだろう、と意識をメニューに移そうとしたミルフィーの耳に男の声が入る。


「――バカで阿呆で見栄っ張りでたいして強くもないくせに、何も出来ないくせに粋がる、シルバーは恐らくそういうやつだよ」


(……はぁ?)


 男の言葉にミルフィーは一瞬、思考が停止した。が、次には言いようのない激情がミルフィーの中で暴れ出す。


(たいして強くない? 誰が? シル君が? どうしてそんなことを何も知らない他人に言われないといけないの。彼の事を知らないくせに、彼のすごさを知らないくせに、彼がどんなにいい子か知らないくせに、何も知らない人が彼に対して知った風な口をするな!!)


 ガタンッ!


 無意識にミルフィーはその場から立ち上がっていた。そして、後ろを振り返りシルバーの悪口を言った張本人の背中を睨みつける。

 あまりに音が大きかったのだろうか、後ろの席に座っていた二人の女子がミルフィーを不思議そうに見つめる。白い髪を持つ少女はミルフィーの顔を見ると何故か固まってしまったが今はそんなことミルフィーにはどうでもよかった。そして、二人の視線につられるように男も顔を後ろに向ける。そうして、ミルフィーはかつての仲間に好き勝手言った本人と対面した。黒い短髪に死んだ魚のような目をしている、それがミルフィーが男に抱いた第一印象であった。そんな男はミルフィーの存在に目を見開かせ、驚きの表情を浮かべる。

 ミルフィーは男に向かって怒気を静かに含めながら言い放った。


「さっきの言葉、訂正してください」



☆☆☆☆☆☆



「さっきの言葉、訂正してください」


 目の前にいる可憐な少女はシロに対してそう言い放った。その顔はまるで親の仇でも見るかのようである。ユキはミルフィーとシロを交互に視線をやった。シロはまだ状況が呑み込めていないのか、呆然とミルフィーを眺めている。しかしすぐに我に返ると真っすぐに彼女に視線を返した。


「ごほん、えっと何の話ですか?」


 シロは取り敢えず、ミルフィーが何に怒っているのか確認を取る。シロの言葉にミルフィーは静かに答えた。


「シル君の悪口を言ったことです」


 冷静だが確かに感じ取れる怒りのオーラ。それをもろに受けているシロは苦い顔を浮かべる。ワイワイと楽し気にしていた他の客もシロたちの邪悪な雰囲気に固唾を飲んで注目していた。それを目線だけ動かして、状況がよろしくないことを判断する。


「……とにかく、ここではお店の迷惑なので外に出ませんか?」

「…………」


 ミルフィーの逆鱗に触れないように慎重に提案すると彼女も店内の客が自分らを注目していることに気づき、黙って頷いた。


「シロ君」

「悪い、二人とも。今日はもう落ちてくれ、明日話すから」

「……分かりました」


 不安そうな表情をする二人にシロは淡々と話しを進めるとユキとフィーリアは一抹の不安を抱きながらも頷いた。


「ちょっとミルフィー、アンタまた……」

「ごめんエルちゃん、ミカちゃん。でも、これだけは譲れないから」


 突然のミルフィーの行動にエルは呆れたような声を出す。

 ミルフィーはいつもと違う口調でエルとミカに謝罪するとシロと共に店から出て行った。残された互いのメンバーは、無言で相手方の顔色を窺うと何とも微妙な空気だけが双方に漂ったのであった。





 店を出たシロとミルフィー。二人は賑わいを見せる街中を歩いていた。

 前を歩くシロの背中をミルフィーは睨みつける。その強烈な視線にシロも気づかないわけもなく刺されるような思いで足を進めている。少しばかり歩くとシロは街のメインストリートから外れるように脇道へと入って行った。その行動にミルフィーは怪訝な顔をするが、街中ではPK出来ないし仮に何か悪い考えがあるとしても不審な行動を取ったらGMコールすればいい話であるためミルフィーはシロの後に続いた。

 メインストリートとは違って薄暗くてジメジメした雰囲気の裏通りをシロは迷う素振りを見せず進む。そして、とある人気のない場所へとたどり着くとシロは足を止め、ミルフィーと向かい合った。


「さて、ここなら誰も来ないので好きなだけ話が出来ますよ」

「…………」


 ミルフィーは周囲に気を配り、誰か潜んでいないかを確認する。そんなミルフィーの行動にシロは肩をすくめた。


「そんなに警戒しなくても誰もいないですよ」

「……そう」

「で、何の話でしたっけ? 【閃光スピカ】のミルフィーさん」

「へぇ~、あたしの事知ってるんだぁ~」

「そりゃ有名人ですからね」


 一応嘘を言ってる様子ではないのでミルフィーは警戒レベルを下げる。そして、ご丁寧にシロの方から本題に入ってくれた。ミルフィーは荒ぶる感情を抑えて平坦な声でシロに告げる。


「さっき、お店でシル君……シルバーについての悪口の撤回を要求します」


 真っすぐな瞳でシロを見つめるミルフィー。シロはその視線を正面から受け止め、ミルフィーがいまだにシルバーの事を大事に思ってくれていることを悟った。そして、シロはその事実を噛みしめながら口を開いた。


「……嫌です」

「えっ……?」


 だからこそ、シロはミルフィーの言葉を拒否した。拒否されるとは思ってなかったのだろう、ミルフィーは呆然とした声を上げる。そして次の瞬間にはシロに対して明らかな軽蔑心が現れた。


「何故ですか?」

「……何となくです」

「っ!? ふざけないでください! あなたがシル君の何を知ってると言うんですか!!」


 あまりの物言いにミルフィーは大声を出し、シロに一歩詰め寄る。シロは動じる様子を見せない。


「確かに、自分はその人のことを知らないです。ですが、ならどうしてシルバーは突然いなくなったと言うんですか?」

「そ、それは……」

「あなたにとってシルバーが大切だと言うのは伝わります。しかし、シルバーにとってあなたはそこまで大切ではなかったのではないんですか?」

「そんなことない! あたしたちは大事な仲間だもん!!」

「大事な仲間を置いて姿を消す奴がいるか!!」


 シロの突然の叫びにミルフィーは面食らった顔をする。だが、シロはすぐにさっきの平静な音量に戻した。

 シロの発言は本意ではない。ファングの時も思ったことだが、彼らは自分に、シルバーに対して怒りや軽蔑も失望も抱いていなかった。それは単純に嬉しかったし喜びが溢れた。

 けど、ダメなのだ、シルバーはこの世界にはもういないのだ。そんな亡霊に憑りつかれていてはダメなのだ。だからシロはミルフィーに正しいシルバーの姿を示し、考えさせ、認識を改めてほしかった。しかし――


「……戻ってくるもん」

「はっ?」

「シル君は絶対戻ってくるもん!」


 シロの狙いを突っぱねるようにミルフィーの声が響く。その目には絶対的な確信と信頼が籠っていた。その目はシロにはあまりに美しく眩しかった。


「……根拠のないことを」

「根拠もない、確率は低い、けど……あたしはそう信じている」

「……」


 何も言えなかった。ミルフィーの意見を否定することも、肯定することも。シロに出来ることと言えばただその純粋で真っすぐな瞳を見つめ続けることだけである。

 そんな瞳に吸い込まれる錯覚に陥りそうになった時、ミルフィーが再び論題を戻した。


「だから、シル君の悪口を撤回してください。じゃないと――」

「じゃないと?」

「――力づくで撤回させます」


 ミルフィーは据わった目でそう言い放ち、腰のレイピアに手を掛ける。


 ゾクリ!


 シロの背筋に言い表せられない感覚が走る。反射的にシロも政宗を手を添えるが彼にはミルフィーとやり合う理由がなかった。


「そんなことのためにあなたは剣を抜くんですか?」

「あたしには十分すぎる理由だよ」

「俺にはないんですけど」

「じゃ、さっきの言葉を訂正してください」

「それは無理ですね」

「…………」

「…………」


 二人の間に静かな空気が流れる。刹那、シロはミルフィーからの殺気を感じ取った。


(来る!)


 次の瞬間、シロは受け身を考えず横に飛んだ。体勢を素早く整え、元いた場所を見るとそこにはレイピアを空に突き付けているミルフィーがいた。


「へぇ、中々やりますね」


 避けられると思わなかったミルフィーは素直にシロを褒める。

 【閃光スピカ】の二つ名を持つミルフィー、その斬撃速度と正確さは誰にも止められないと評されることが二つ名の由来である。実際、光の速さで突き出されるミルフィーのレイピアを避けるのは至難の業である、それが【危険回避】のようなスキルを用いたとしても、だ。


「今の状況で褒められても嬉しくないんですけどね……っと!」


 皮肉っぽいことを口にするシロだが、言葉なんて最初から聞きたくないかのようにミルフィーは追撃を仕掛けてきた。剣筋がまるで見えないその攻撃にシロは防戦一方である。だが、必死になって攻撃を避けるシロをミルフィーは内心驚きの声を上げていた。


(嘘、避けられている)


 先ほどから攻撃が全て回避されている。その事実にミルフィーは焦りと共に、自分の攻撃を避けられる人がまだいたとは、と世界の広さを感じた。ちなみにシロがどうして避けられるのかと言うと、シロはミルフィーの視線や足の向きなどを見て大体の軌道を予想しているからである。

 だが、いくら回避出来たとしてもシロが追いつめられるのは時間の問題で、とうとうシロは壁際まで後退させられた。追いつめたミルフィーはシロの鼻先にレイピアを突きつける。


「最後の通告です。あなたが先程言ったシルバーに対する言葉を撤回してください」

「…………」


 ミルフィーの警告に対してシロは無言で返す。それが答えだと判断したミルフィーはレイピアを引き、力を溜めた。

 その瞬間、シロはその場から勢いよく上へ飛び上がった。


「なっ!?」


 シロが飛びあがったのを見てミルフィーはすぐに上へ視線をやる。シロは垂直にそびえる建物の壁を蹴り、もう一度跳躍した。それをもう二回ほど繰り返すと建物の屋根へと着地を成功させた。上からミルフィーを眺めるとミルフィーは呆然とした面持ちでシロを見ていた。


「【立体機動】……ってちょっと降りてきなさいよ!!」

「嫌ですよ、降りたらボコボコにする気でしょ」

「当たり前でしょ!!」

「じゃ、そういう事で二度と会わないことを祈ります」

「あっ! ちょ、ちょっと逃げるな卑怯者~!!」


 片手を挙げてその場を後にするシロにミルフィーは声を荒げて引き留めようとするが、とうとうシロは姿を消したのであった。


「アァ~、もう何なのよ! 絶対いつか訂正させてやる!!」


 誰もいない裏通りに怒りに震える少女の声が空しく響き渡ったのであった。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る