第66話 ボス戦7
目が覚めたファングの視界にまず映ったのはエイミーが何か瓶のようなものを持っている姿であった。状況が上手く呑み込めていないファングは自身の記憶を遡る。そして、自分が鬼王の攻撃によって気絶状態にさせられたことを思い出した。
気絶状態となると文字通り意識を手放すこととなり、ポーションをかけるか味方に回復させてもらうしかない。また、自然的に治るケースもあるがまず気絶状態にさせられたらモンスターから攻撃を受けてやられるので早々生じないことなのである。
ファングは目が覚めたことで自分の体を動かそうとする。しかし、指先を動かそうとするが全く言う事を聞いてくれない。
(何故?)
疑問に思ったファングは目線をエイミーのほうに向ける。その視線に気づいたのかエイミーは心配そうな顔でファングを覗き込む。
「すみません、あと三十秒は動けません」
申し訳なさそうな顔でそう言うエイミーをファングは内心思案顔をする。何故、エイミーがそんなことを知っているのだろうという疑念がファングの脳内に芽生える。しかし、そんなことを言っても始まらない、はやる気持ちを抑えてファングは視線を橋の上へと移した。
「ユキ! フィーリア! 三十秒稼げ!」
橋の上ではシロが鬼王と戦っているユキとフィーリアに向かって叫んでいた。そして、自らもユキたちの戦いに混ざろうと駆け出す。その腰にはいつの間にか提げている刀が光っていた。ユキに対して振り下ろされた金棒をシロは腰に携えている刀で受け止めた。
「よし、折れない!」
甲高い金属音が木霊し、シロは自らの武器を見て何かを確信した。そして、そのまま鬼王に向かって攻撃を続ける。シロを包み込んでいる紫色の光りは何らかのスキルであろうであろうとファングはすぐに考え付いた。
振られた刀は鬼王の腹に命中したが攻撃が軽い、あれではたいしてダメージを与えられない。すぐに鬼王から反撃が来るだろう、そう予想していたファングの目に次に移ったのは鬼王を貫く無数の氷の槍であった。四方から生えた槍は鬼王の体を貫き、鬼王は動きを止めた。
「やった!?」
「バカ! 変なフラグを立てるな!!」
鬼王の動きが止まったことでユキは歓喜の声を上げるがそれをシロが叱責する。ユキが立てたフラグは確かにこういう場合は洒落にならない。
その証拠に鬼王のHPはあまり減っていない、さらに鬼王を貫いていた氷の槍も効果を切らしたのかバラバラに砕け散った。それを見てユキとシロの顔に焦りの色を表した。
鬼王が口を大きく開けるのとほぼ同時にシロはユキの手を取ると上へと回避行動を起こした。その反射神経のおかげかジャンプしたシロの下を鬼王の黒炎が通過した。
(すごい反射神経だな)
シロの一連の動きを見てファングは素直に称賛した。普通、黒炎が出てきた所で反応するがシロは口を完全に開けきる前に既に飛ぶ体勢に入っていた。あれでまだ始めて二ヶ月程度とは思えなかった。
空中に飛んだシロはそのままユキをどこかに投げ飛ばすと空中でぐるりと回り始めた。そんなシロを鬼王の金棒が襲い掛かる。シロはそれを遠心力によって力を増した刀をそのまま金棒にぶつけた。ぶつかり合う両者の武器、しかしシロの刀がそのせめぎ合いを制した。弾き返された鬼王は意外そうに声を上げるがシロはそこで終わりを見せず、もう一周ぐるりと回り出した。勢いをつけたシロは刀を鬼王の首元へ斬りつける。斬られた鬼王の首から赤いエフェクトが発生した。
『GYUOOOO!』
シロの攻撃を受けて鬼王は悲痛の叫びをあげる。HPが大きく減るのをファングは確認する。
(凄い)
シロの一連の攻防を見て、ファングは驚きが隠せなかった。まだ二ヶ月の中級には見えない、それどころかその辺の上級プレイヤーを上回る動きであった。それはまるでもう何年もこのゲームをやっているかのような完成された動きである。そこでファングはシロの顔を見る、するとファングはその顔にハッ、とした。
(……シルバー)
彼の顔が昔の友に一瞬見えたのだ。しかし、一瞬だけである。ファングの目にはすぐに元のシロの姿が映し出される。一瞬だけとはいえ、シロがシルバーに見えたことに呆然としているとシロが鬼王の攻撃を受けて飛ばされた。それを目視するとファングは我に返り、戦況を見守る。残り秒数僅か、ファングは早く、早くと必死に念じた。彼らを早く助けないといけない、ファングの頭にはもはやそれしかなかった。
シロを攻撃した鬼王はその矛先を次にユキたちに向ける。鬼王はユキたちに近づくと金棒を振り上げる。
(まずいっ!)
早く、あと何秒だ、このままではやられてしまう。ファングの頭は焦りの叫びで満たされる。しかし、そんなファングとは関係なく鬼王はユキたちに金棒を振り下ろした。
「間に合えぇぇ!!」
焦り続けるファングの耳にそんな叫びが聞こえる。すると、次の瞬間横から飛び出して来たシロが鬼王の金棒に自身の刀を叩きつけた。
バリンッ!
振り抜かれたシロの刀は相手の金棒を見事に真っ二つにしたのだ。その結果に呆然としていたのかシロはすぐに飛んできた鬼王の腕に対して反応が少しばかり遅れた。それとほぼ同時、ファングのカウントダウンもゼロを示し、ファングは自分の体が動くことを確認した。
「【雷速】」
口が動くことが分かったファングは
「ラストアタック頼むぞ、ファング」
移動したファングの耳にシロの小さな呟きが入ったのであった。
☆☆☆☆☆☆
目の前に突然現れたファングにユキは目をぱちくりとさせた。マントを揺らし、堂々とした振る舞いで鬼王を睨みつける。
「ファングさん?」
突然、復活したファングにユキの声が漏れていた。鬼王によって吹き飛ばされたシロのことも重なって少々頭が混乱する。そんなユキたちに対してファングは目線を前に捉えたまま口を開いた。
「……遅くなってすまない」
申し訳なさそうな声色でファングは謝罪するとすぐに目の色を変えさせた。ファングの登場に鬼王も驚きを隠せなかったが本能で動いている鬼王にとって一人や二人増えた所で何の関係もなかった。
躊躇する間もなく鬼王は自身の太い拳をファングへと向けた。
『GYOOOOOO!!』
ドでかい咆哮と共に鬼王は拳を叩き込んできた。
しかし、鬼王は大きなミスを犯していた。それは、ファングが登場したと同時にすぐに攻撃に移らなかったことである。
ファングは自身の拳を固め、全身全霊の力を注いだ。それによってファングの拳は白い光りを帯びてどこか神々しく見える。
「【
ファングが小さくスキルを唱えると体全体をオレンジ色の光りが包み込む。鬼王の拳が迫ってくる。ファングはタイミングを合わせるように拳を突き出した。
「【
ファングの拳と鬼王の拳が激突する。ぶつかり合った衝撃の余波がまわりに飛び散る。
ズドーーーン!!
あまりの威力にユキとフィーリアは互いに体を抱きかかえ、その場に留まることしか出来なかった。地殻でも崩壊させる気かと言うほどの衝撃はおよそ一、二秒で収まったがユキたちはそれがもっと長く感じた。
衝撃が収まってしばらくしてユキが目を開くと目の前にはさっき同様ファングが立っていた。
「……うわぁ」
しかし、ファングより前に視線を移すとユキは思わず引いた声を出す。そこには衝撃のあまり半壊した橋と壁まで飛ばされ、埋められている鬼王の姿があった。壁に埋められた鬼王はしばらくしてその姿を光の粒子へと変化させ消えていく。それによってファングたちはようやく戦いが終わったことを知らされた。
「……ふぅ」
疲れたように息を吐くファング。そして振り返り、呆然と辺りの惨状を目の当たりにしているユキとフィーリアに声をかける。
「……大丈夫か?」
「えぇと、はい。大丈夫です」
「わ、私もです」
「……なら良かった」
そう言ってファングはホッと胸を撫で下ろした。それを見てユキとフィーリアは「あっ!?」と何かを思い出したかのように声を張り上げた。
二人は周囲をキョロキョロとして目当ての人物を探す。先に見つけのはユキのほうであった。
「シロ君!? 大丈夫!?」
少し離れた所で倒れているシロを発見したユキは慌てて駆け寄る。大の字で寝ているシロはユキの声に反応するのも億劫なのか片手を挙げて自身の安否を知らせた。それを見て、ようやく落ち着きを取り戻したユキは倒れているシロに向かって【ヒール】をかけた。【ヒール】をかける際にユキが確認したシロのHP残量はほんとギリギリといったところである。恐らく、打ちどころが悪かったら死んでいたであろう。それを見てユキは冷や汗を垂らしながらシロのHPを半分までに戻した。
「あぁぁ、疲れた」
ユキに回復してもらったシロは怠そうに上半身を起こし、周りを見渡した。
「うぇ、これはまたすげぇことになってんな……」
半壊状態となった橋を見て、吐き出すように言うシロ。実際、オブジェクトである橋が壊れることはないが演出も含めているため、ある程度の衝撃が加わったらああやって壊れるようになっているBGOのオブジェクト。滅多なことではそういう風にはならないのだがそれがファングのたった一撃だけでここまでするとは予想だにしていなかった。
「だ、大丈夫ですかシロ君?」
「あぁ、何とかな、正直生きてるのが奇跡に近いと思うけど」
ユキに続いて心配そうな声色で訊ねるフィーリアにシロは単調に答える。態度と言葉で心配なさそうと判断したフィーリアは一安心した。
すると今度はファングがゆっくりとシロのほうへやって来た。
「……スマン、迷惑かけた」
そう言ってシロに頭を下げるファング。それに対してシロは首を振った。
「別にファングさんが悪い訳じゃないですよ。ああいうのは運みたいなもんですし、それにそういう状況だからこそ周りがフォローしないといけませんからね」
ファングの謝罪にシロは気にしてないという旨の言葉を並べる。シロの言葉にユキとフィーリアも頷く。三人の態度を受けてファングは今度は深々と頭を下げた。
「……ありがとう」
無表情な顔つきに反して声で反省していることが分かったシロたちは何だか態度と表情が反対なのがおかしくて三人とも口角を上げたのであった。
そうして互いに労いの言葉を並べた所で少し休憩を挟み、シロたちがエイミーを連れて村へ戻ったのは戦闘が終わってから約15分後の話である。
☆☆☆☆☆☆
目の前にはごつごつとしたい岩山が聳え立っている。
《オルス山脈》の麓にある森の中でフードを被って山を見上げている男がいた。男は何を考えているのか、じっと山を見上げたまま動く気配を感じられない。
「……あれで本当に大丈夫だろうか?」
思い返せば流れる疑心と不安。だが、これしか方法が思いつかないのもまた事実であるので何とも言えない。
「でも、大会優勝は言い過ぎか? いやぁ、でもあいつなら簡単にやりそうだしなぁ」
腕を組んで唸る男。
彼に対して突き出した条件が厳しいものかとも思うが、でも彼ならば結構簡単そうに思えてしまう。
元【六芒星】のギルドマスターにして、BGO最強を謳われた男。そんな奴を相手にしたら《ドリーム杯》優勝など朝飯前だろう。
「まぁ、なんとかなるか」
うだうだ考えるのも面倒臭いのでやめる。結局やるかやらないかは本人が決めること。それで彼が諦めるようでも自分に何の支障もない。
支障もないのだけど__
「またお前の活躍が見たいと思ってしまうのは我儘というやつなんだろなぁ」
かつてこの世界を騒がしたプレイヤーの復活に少なからず心が躍った自分がいることは否定出来ない。
しかし、このゲームは【自由】をテーマにしているのだ。
活躍するも自由、立ち去るのも自由。それは行動する者が決めることである。
「……さて、お前はどう動く」
無機質な岩肌を見上げながら男はぼそり、と呟いた。
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