第67話 最後のお願い



「終わったな」

「終わったね」

「終わりましたね」


 村へと戻ったシロたちは村人たちと感動の再会を果たしているエイミーを見ながらしみじみとした声を出した。

帰る途中、鬼王との戦闘中にファングが起きたことについて気になったユキがエイミーに尋ねると


「財宝の中に村で治療に抜群なお酒があったのでそれを使いました」


 と言う話らしい。どうやらエイミーは鬼王を一定値まで弱らせ、かつプレイヤー側がピンチとなった際に助けてくれる仕様となっているようであった。エイミーが連れ去られたことに関して何らかの意味があるのだろうと踏んでいたシロはその説明で合点がいったようである。

 

 行きとは違い帰りはモンスターとの遭遇もなく村へたどり着けたシロたちを待っていたのは、村の中央で涙を浮かべたエマである。シロたちの後ろのほうに姉の存在を見るや否、一目散に飛びついたのであった。その瞬間、シロはやっとこのクエストが終わったのだと安堵のため息を漏らした。


「はぁ、早く寝たい……」

「随分かかったからね」


 げんなりとした表情を浮かべるシロにユキが答える。シロたちが村を出てから帰ってくるまでに二時間半かかっていた。時刻も日付が変わっており、いつもならすでに寝ている時間帯のシロは欠伸をかみ殺していた。しかし、まだ完全にクエストが終わったわけではない。


「「わぁ……」」


 女子二人が気の抜けた声を出す。その声にシロは二人の視線の先を追うと、そこにはエイミーが一人の男性と熱い抱擁を交わしている場面が目に映った。どうやらあれがエイミーの婚約者のようだ。

 ドラマのようなワンシーンに感動してとろけるような目をする二人に対してシロはどうでもよさそうな顔をする。男女の間の温度差が発生しているところにエマがシロたちのほうに駆け寄ってきた。


「開拓者様、おねぇちゃんを助けてくれてありがとうございます!!」


 ファングの前へと来たエマはそう言うと深々く頭を下げた。見るとエマだけではなく村人たちからエイミーまでシロたちに対して頭を下げていた。

 シロたちが無言のまま成り行きを見守っているとエマが下げていた頭を上げ、にこっ、と花が咲いたかのような笑顔を向けた。その笑顔にユキとフィーリアは思わず微笑んでいた。


「お礼にこれを差し上げます」


 エマが言い放った時、シロたちの目の前に無機質な文字が映し出された。


『【コキョウの花飾り】を手に入れました』


 その文字とともに各々の手の平には紫色の花が現れた。それを見てシロはどこか顔が引きつった。出された花はどう見ても、キキョウという名の花で花言葉は「永遠の愛」である。男に渡されても正直、対応に困る品物だろう。

 一方でユキとフィーリアは嬉しそうに頬を緩めた。ファングは相変わらず無表情を貫いている。三人ともそれがどんな花であるのかは知らないようだ。シロはコキョウに触れてみると説明欄が現れた。



 【コキョウの花飾り】:MID+30 MP+200 HP+500



(これはまたすげぇな)


 コキョウの花飾りの説明を見たシロはアイテムボックスに仕舞うと今度はドロップしたアイテムを確認する。今回、シロが手に入れたのは鬼王の牙と角というあまり良いとは思えない類でどうにも損した気分になった。しかし、ロックゴーレムの破片などは大量にゲットしたので±0であろう。

 シロが嘆息をついていると村人たちの中から一人の老人が前へ出てきた。


「開拓者様、この度はエイミーを助けていただき、誠にありがとうございます。儂はこの村の長老でございます。つきましては、我々からお礼の品として何か一つ村の財産から持っていかれてください」


 長老がそう言うと再びシロたちの目の前に文字が出てきた。


「……これは」

「えっ、これって……」


 現れた文字を見てユキとファングは驚きの声を上げる。シロも同様にその内容に驚愕が隠せなかった。


『初回クリア者限定:村人たちからの報酬として、この中から一つだけ選んでください』


 そう書かれた文章の後には報酬の一覧が出てきた。そして、何を隠そうその報酬がバカに豪華となっていた。


「魔導書、100000Eにハイポーション等のアイテム類がこんなに……」

「普通なら、手に入れるのにギルドがわんさかとかき集められるほどの品揃いだな」


 報酬として提示させられている品にユキは声を震えさせている。シロとファングもどう反応していいのか困ったような顔をした。提示されているアイテム類がどれだけ貴重なものなのかあまり分かっていないフィーリアはキョトンとした表情である。

 しかし、ここで受け取らないという選択肢がシロたちにはない。そのため、どこか諦めたかのように息を吐くとシロは画面をスクロールして品々を吟味した。


「「「…………」」」


 他の三人も真面目に報酬を眺める。滅多に手に入らないであろうアイテムが目の前で選び放題だという場面なのだから仕方ないのかもしれない。

 シロは画面をスクロールしながらこれでもない、あれでもないとアイテムに目を通していく。が、どうにもシロには必要と思えない物ばかりでため息をつきたい気分になる。こうなればいっそのこと100000Eでもいただこうかと考えていたその時、とあるアイテムにシロの目が止まった。


「……これにするか」


 見てから決断するのが早く、シロはアイテムにタッチすると完了の文字が現れる。


『報酬として【ヒヒイロカネ】を手に入れました』


 シロは自身のアイテムボックスにヒヒイロカネがあるのを確認すると満足そうに頷いた。

 ヒヒイロカネはオリハルコン、アダマンタイトと並ぶレアな素材であり、金より軽く、ダイヤモンドよりも固いとされている。普通に売れば一塊で500000Eはくだらない品物である。


 シロがヒヒイロカネを手に入れたと同時くらいに他の三人も選び終えたようだ。それを認識したようで長老は口を再び動かす。


「では、開拓者様方今回は本当に本当にありがとうございます。この御恩、村人一同決して忘れません」


『ありがとうございます』


 長老が再び頭を下げると他の村人たちも一斉にお辞儀をし、シロたちに感謝を申し上げた。


『CONGRATULATION!!』


 それを眺めていたシロたちの視界にクエスト終了を知らせる文字が浮かび上がった。それを見てシロはようやくクエストが終わったのだと深く息を吐いた。


「やっと終わった」

「お疲れ様フィーリア」

「お疲れ様ですユキちゃん」


 シロがクエストの終わりを受け両手を上げて伸びをする。その横でユキとフィーリアが労いの言葉をお互いにかけていた。


「ファングさんもお疲れ様です」

「お疲れ様です」

「お疲れ様でした」

「……お疲れ」


 フィーリアに声をかけたユキは隣のファングのほうを向いた。ファングはその顔を正面から見返して言葉を返す。それを受け、シロとフィーリアも言葉を投げた。


「……色々とすまなかったな」

「いいえ、俺らが勝手に決めて同行したことでしたし」

「そうですよ! それに楽しかったです」

「はい、エイミーさんを助けられてよかったです」

「……ありがとう」


 シロたちの暖かい言葉にファングはしみじみとした声で感謝を述べたのであった。



☆☆☆☆☆☆



「さて、んじゃ、そろそろログアウトするか」

「そうだね。さすがにもうクタクタだよ」

「明日も学校ですしね」


 クエストが終わって街へと戻ったシロたちはいつもの噴水広場で落ちようとしていた。


「それじゃ、ファングさん俺らはここで落ちますので」

「……待ってくれ」


 シロが一緒に街へと戻ってきたファングに一言言おうとするとファングがシロの言葉を遮った。唐突なその行動にシロを始めにユキとフィーリアも首を傾げた。それに反してファングは例のごとくゆっくりと言葉を並べる。


「……頼みたい事がある」

「頼みたい事ですか?」

「……あぁ」


 突然のファングの依頼にシロは怪訝な表情をする。今回のクエストはユキとフィーリアに免じて一緒に行動することにしたが本音を言えばもうこれ以上、ファングと関わるのをシロは好ましく思っていなかった。どうしたものかと頭を悩ましているとシロの代わりにユキが口を開いた。


「あの、ファングさん。頼みって何ですか? また何か困ったことでもあるんですか?」

「…………」


 ユキの言葉にファングは黙り込む。その行動がユキが本心からファングの事を心配している様子なのが分かった。だから、ファングは黙った。

 これからシロに頼むことは自分の勝手な願望である、それを自分の都合だけで物申すのは少々気が引けた。しかし、これを逃したら二度と彼と会うことはないかもしれない、だからファングはこれが自分の我儘だと分かっていながらもシロの目をしっかりと見て、口を開いた。


「……シロ」

「はい」


 真っすぐとシロはファングに見つめられて自然と姿勢を正すシロ。その張り詰めた空気にユキとフィーリアも固唾を飲んで見守る。緊張の空気の中ファングは言葉を続けた。


「……俺と決闘して欲しい」



☆☆☆☆☆☆



「決闘、ですか」

「……あぁ」


 突如、決闘を申し込まれたシロ。その心意が分からず、シロはファングを観察した。


「…………」


 が、ファングは依然として真剣な目でシロを見つめていた。その視線を受け、シロはそれがファングの本心からの言葉なのだと理解した。

 しかし、だからと言ってシロがその決闘を受ける義理はない、何故なら今目の前にいるのはまごう事なき【師匠ヘラクレス】のファングなのだ。BGO一の回避盾にして最強のソロプレイヤーと謳われているファングにシロが相手になるとは思えなかった。はっきり言って双方にこの決闘で得られるメリットがどこにも存在していないのである。それに、もし仮に、ファングと決闘したとしてそれが原因でシロがシルバーだとバレる可能性もあるのだ。余計なリスクをシロが負うだけである。

 

「…………」

「……シロ君」


 色々と思案するシロをユキは心配そうな声を出す。シロが考えているリスクをユキも想像したのだろう。だからこそ、シロがどう判断するのかユキは黙って見守っていた。熟考すること数十秒、シロは再びファングと視線を交わらせる。決闘を申し込んだ時と変わらないその真剣な瞳、それを見たシロは答えを出した。


「いいですよ」


 シロが決闘を受諾するとファングは真剣な表情のまま。しかし、ホッ、としたように息を吐いた。反対にユキはシロの答えに目を見開かせた。シロが決闘を受けないと思っていたのだろう、自然と顔が暗くなるユキにシロは小声で呟く。


「大丈夫だ、これで俺の正体がバレる可能性は低い」

「……」


 ユキだけにしか聞こえない音量でそう言うシロの声には気づかいが見られた。本当なら止めるべきなのかもしれないと思いながらもユキは自分に出来ることがないと判断すると黙って頷いた。


「それで、どこでやりますか?」

「……近くに決闘場がある。そこに行こう」

「分かりました。ユキたちはもう落ちてもいいけどどうする?」

「私は見てみたいのでついていきます。ユキちゃんは?」

「……私もまだ大丈夫」

「そっか、ファングさんはそれでいいですか?」

「……問題ない」

「なら、案内お願いします」

「……こっちだ」


 シロに促されて案内を始めるファング。その後ろをシロとフィーリアがついて行く。ユキも後を追おうと足を動かし始めた。


(本当に大丈夫かなぁ)


 一抹の心配がユキの胸に燻るのであった。



 


 

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