第60話 ボス戦1



 ロックゴーレムの集団から難を逃れたシロたちはしばらく扉の近くで休憩を取っていた。あんな戦闘が行われたのだユキとフィーリアはともかくとして始終動き回っていたシロとファングの疲労は普通のものではなかった。

 ユキは座り込んでいる二人に【ヒール】を掛け、シロの隣に座った。シロは地面で大の字で寝転んでおり、起きる気配を見せなかった。


「くそっ、あ~もう疲れた。なんだよあれ、全然数は減らないし扉まで遠いし、クソゲー過ぎるだろ!」

「まぁまぁ、全員無事に辿り着いたんだし良かったじゃん」

「そりゃ、お前は最初の攻撃以外は全力で走っただけだし。俺よか疲れてないだろうよ」

「シロ君がやさぐれてます…」

「……それだけ大変だったのだろう」


 気分的にはこのまま寝てしまいたい気持ちである。しかし、そうも言ってられずシロは渋々と体を起こすと周りを見渡した。大量のロックゴーレムを振り切って入った部屋は先ほどとは打って変わって静かで逆に気味悪いくらいである。しかも、一方通行の道がさらに奥へと続いていてシロは直感的に何かあると判断した。

 そう感じたのはファングも同じらしく、シロと同様に難しい顔をして奥の方を見つめていた。

 シロが回復したのを確かめるとファングはその場から立ち上がり、腰や腕をほぐした。シロも立ち上がるとアイテムボックスからマナポーションを取り出しMPを回復させる。


「さて、それじゃ気を取り直していきますか」

「そ、そうだね。早くエマちゃんのお姉さん助けないとね」

「ですね。行きましょう」

「…………」


 シロの一言で全員がその場から立ち上がり奥へと続く道を歩き出す。目指すはクエストクリア、エマのお姉さんであるエイミーの救出である。薄暗い一本道をシロたちは迷う事なく進んでいった。



☆☆☆☆☆☆



 再び暗い道を歩き出したシロたちであったがすぐに立ち止まることとなった。

 今、シロたちの目の前にはさっきシロたちが通った扉よりも頑丈そうでよく分からない模様の彫刻が為されている扉がそびえたっていた。だが、シロはその扉から異様なオーラが発せられているように感じ、背筋がぞわりと震えた。その感覚はあのアサシンフロッグと対峙した時とよく似ていた。


(ボス部屋か)


 昔の経験則かそれともただの直感か、シロは目の前の扉を見て唾を飲んだ。隣のファングを見てみるとどうやらファングも扉から放たれている異様な雰囲気を感じ取ったのか鋭い目つきがさらに鋭くなっていた。小さい子供が今のファングと遭遇したら確実に号泣するだろうと考えるくらいシロから見ても怖かった。

 シロは他の二人のほうをチラッと見ると二人も扉から何か感じたのか顔が強張っている。こういう時、気が利いたことを言えればいいが生憎とシロはそこまでのコミュ力は持ち合わせていなかった。


「……開けますよ」


 自分のコミュ力のなさを改めて知らされたシロは特にそれを悲観することなく小さく呟く。すると、シロ以外の三人は小さく頷く。それを確認したシロは扉に手をかけ、力強く押した。


 ギギギ……


 錆びれた摩擦音を鳴らしながら扉は徐々に開かれていく。そして、数秒費やし人が通れるくらいの広さまで扉を開いた。


 まず、開けられた扉からシロが感じたのはやけに熱い空気である。そして、次にシロの視界に映ったのはやけに赤々しい光景であった。

 シロたちがいる場所は半円形となっており、そこから先にはシロたちがいる場所と同じような形状をした場所があり、その場所とシロたちを繋げるように真っすぐと石造りの橋が架けられていた。だが、一番の特徴としてはその橋の下にあるぐつぐつと何かを煮ているかのように気泡を発生させている真っ赤な液体__マグマが存在していた。

 そのフィールドをシロたちは見て、一言。


「「「「〇リオか!!」」」」


 まるで某国民的ゲームに登場するラスボスのフィールドかのような造りにシロたちは思わず声を揃えてしまった。


「いいのか? これ任〇堂からクレームくるんじゃないのか?」

「……多分、許可は取ってある……と思う」

「うわ~、これ落ちたら熱いのかな」

「ユ、ユキちゃん、危ないですよ」


 運営のパクリ疑惑に溺れるシロとファングを他所にユキは興味深そうにマグマを観察し、それを心配そうにフィーリアは眺めた。

 「ふぅ……」と一息ついてからシロは真剣にフィールドを観察する。一見して国民的ヒゲの主人公と桃が好きそうな姫様を毎度攫うボスが出てきてもおかしくなさそうな空間であるが気になる点があるとしたらシロたちのいる場所と反対側に位置しているもう一つの空間である。ここからは遠くてよく見えないがパッと見て何かが山のように積み上げられていることだけが分かった。


「ファングさん、【遠視】とかって持ってないっすよね」

「……いや」


 シロの質問にファングは首を振る。【遠視】スキルはその名の通り遠くのものがよく見えるスキルであり、主に弓系の武器を使うプレイヤーなどに使われるスキルである。ちなみにフィーリアは持ってない。


「ま、ここで悩んでいてもしょがない。向こうに渡ってみるか」

「……そうだな」

「よしっ、レッツゴー!」

「えぇ!? ここ渡るんですか!?」

「大丈夫だ、見た感じ頑丈そうだし、崩れる心配はないよ……たぶん」

「ぜ、絶対じゃないんですかぁ……」


 シロの最後の呟きを拾ったフィーリアは愕然とした様子でシロを見つめる。まるで捨てられた子犬のようだ。

 しかし、シロから言わせればいくつもの扉や通路を隠し、クイズを出したり、あまつさえ大量のモンスターに殺されそうになった経験からこのクエストは何が起こるのか予想が出来ないのだ。だから、警戒を怠らないようにという意図で言ったつもりであったがどうやら余計にフィーリアを怖がらせてしまったようである。


「あぁ、スマンスマン。心配なら俺が先にあそこまで行ってみるからフィーリアはユキとファングさんと一緒についてくればいい」

「フィーリア、一緒に行こう!」

「……こくり」

「……はい」


 不安そうな顔をしていたフィーリアであったがユキとファングが優しく声を掛けると頷いた。それを見るとシロは前を見据える。


「では、さっそく行きますか……」

「シロ君、気を付けてね」

「……一応、戦闘体勢になっていた方がいい」

「…が、頑張ってください」

「おう、行ってくる」


 三人に見送られながらシロは両手剣を手にぐつぐつ、と何か煮込んでいるような音を出しているマグマの上に架かる石橋に踏み入れた。

 慎重に橋を渡るシロ、速度は遅いが一歩一歩確実に前へと進んでいく。そして、橋の中央まで辿り着くとぼんやりと見えていた反対側がハッキリと視界に映り込んだ。

 そこには、金品財宝が埋められておりそしてその前には一つの人影が存在していた。


「っ!?」


 その人影を捉えた瞬間、シロは駆け出していた。運よくなのか何のトラップも起きずシロは反対側に辿り着いた。

 

「シロ君!?」

「どうかしたんですか!?」


 シロの様子が変化したのを感じた三人もシロを追いかけるように橋を渡り始めた。

 一方のシロは橋を渡り切ると財宝に目もくれずに人影のほうへ駆け寄る。シロを追いかけて橋を渡った三人もシロの近くにいる人影の存在に気が付いたようで目を見開かせた。

 そこには村にいたエマによく似た女性が眠っていた。そして同時に彼女がエマの姉であるエイミーであることが分かった。エマをそのまま大人にした可憐な村娘である。


「あの、大丈夫ですか?」

 

 眠っているエイミーを起こそうとシロは肩を揺すってみる。すると、エイミーの瞼がゆっくりと開いた。綺麗な黒い瞳を動かして周囲を見るエイミーは状況がよく分かっていないという様子であった。おずおずと彼女は口を動かした。


「あ、あの、ここって、私確か、鬼に連れてこられてそれで……」


 体を起こして怯えた表情をシロたちに向けるエイミー。気を失っていて気が動転しているのかもしれない。シロは優しい声色で諭すようにエイミーに言った。


「大丈夫ですよ。俺たちはあなたを助けに来た者です」

「わ、私を助けに……」

「はい、そうです。村でエマちゃんに頼まれたんです」

「エマ……はっ、エマは無事なんですか!?」

「大丈夫です。怪我もしていなかった様子でしたよ」


 困惑するエイミーに事情を話すと困惑と混乱が入り混じった表情から段々と状況を理解しだしたようである。


(しかし、ほいほいと俺の言ってること信じてるけど不用心すぎるだろう)


 シロはそんな現実的な思考にとらわれているとさっきからずっと黙っていたファングが口を挟んだ。


「……状況が説明出来たなら早々に立ち去ろう」

「ですよね。でも、またあのロックゴーレムの集団を前にするのはきついなぁ」


 ファングの一言にシロはげんなりとする。ここからエイミーを村まで送り届けるとして、ここまで乗り越えてきた隠し扉や通路、クイズの転移までの来た道を引き返さなければならない。しかも、あのロックゴーレムの集団らを前に今度はエイミーという人員が加わったことでさらに難易度が上がる気がした。

 しかし、ため息をついていても仕方ないのでシロはエイミーに体の様子などを訊くとエイミーは特にどこか気分が悪いというわけでもないということだったのでその場から立ち上がらせてユキとフィーリアの傍にいてもらうことにした。

 

「さて、とっととここからおさらばと行きたい所ですけど……」

「…………」


 クエストクリア条件はエイミーを村まで送り届けること、それを成せればシロたちは晴れて”花嫁の奪還”の初回クリアを成し遂げられる。だが、何度も言うがこれはクエストだ、どんなクエストにおいてもラスボスというものは存在する傾向がある。

 シロとファングは無言で周囲を警戒しながらユキたちの前を歩き、橋を渡ろうと足を踏み入れた。


『ニンゲン、ワレノ伴侶トナルオナゴヲドコニツレテイク?』

「「っ!」」


 瞬間、どこからかドスの効いた声が響き渡った。シロとファングの顔に緊張が走る。互いに周囲に目を配る二人だが声の主の姿は見つからない。

 刹那、橋の中央部からズドン、と重い何かが落ちたような音が地面に響いた。土煙が舞い、暗い影が周りに映る。その影は巨大で3mくらいの身長に太い腕、頭には二本生えた角、右手にはどでかい金棒を握りしめていた。徐々に、土煙が晴れていきその全貌が明らかになっていく。

 ファングよりも鋭く、力強い目、血のごとく赤い皮膚、口からはみだしている歯がそいつの獰猛さを象徴していた。

 そこら辺のモンスターよりも強い殺意を見せつけられてシロも冷や汗をかいていた。そして、シロは殺意をぶつけてくる相手の頭の上に表示されているアイコンを確かめる。



 鬼王きおう Lv95



かつてシロがUWを持ってようやく倒せたアサシンフロッグと変わらないレベルのモンスターが目の前に存在していた。


















  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る