第52話 探索



 洞窟の中は意外とそうでもなかった。丁寧につけられている明かりのおかげで視界は良好、さらに道幅も狭くなく普通に四人が横一列に並んでもまだ余るほどスペースがあった。しかし、もしものことがあるかもしれないのでシロたちはファングを先頭に一列に歩いていた。

 最初、ユキのあからさまな合言葉で開いた洞窟を怪訝な表情で見ていたシロであったがかれこれ三十分ほど歩いてくるとどうも警戒しないわけにもいかなくなった。何故なら、ここまで一匹たりともモンスターに遭遇していていないからだ。ここまで分かりやすくモンスターに遭遇しないということは何らかの罠かもしかしたらいきなりボス戦に突入することだって想定されるからだ。


 だが、一方で後ろをてくてくとついてくるユキの表情に警戒の文字は見当たらない。上機嫌に鼻歌を奏でながら足を進めていた。それほど洞窟を開いたのが嬉しかったのだろうか。後ろから突き刺さる褒めて褒めて、と言わんばかりの視線がシロは正直鬱陶しかった。洞窟に入った時に少しばかり褒めたのだからもういいだろうに、どうにもシロが出来なかったことが出来たことに優越感に浸っているらしい。そろそろいい加減にどうにかしようかと考え始めた頃、ふと、前を歩くファングの足が止まった。


「…………」

「ファングさん?」


 ファングが止まったことでシロたちも止まり、ファングの前を見た。そこには、今まで真っすぐ一方通行であった道が二つに分かれていた。ファングとシロは思案顔を浮かべる。どちらの道が正しいのか、今後の行動に左右される問題が突如として目の前に立ちはだかった。


 こういう時の対処法として挙げられるのは、片方の道を皆で進む。これなら時間はかかるがアクシデントにも素早く対応できる。もう一つは、二手に分かれて探索する方法である。これならどちらか間違えることもなくスムーズにことに当たれる。しかし、どちらかの組が何らかのアクシデントに巻き込まれて死に戻りなどしたら時間が前者よりもかかる恐れがある。

 現状、二つの案がシロの頭によぎったがまだ他のアイデアがあるかもしれないのでまず、シロは前で佇んでいるファングに意見を求めた。


「ファングさん、どうします?」


 幸い、それだけでシロが言いたいことが伝わったようでファングはゆっくりとシロのほうに体を向け考える素振りを見せた。


「……二手に分かれた方がいいと思う」

「……ほぅ」


 予想とは違う答えにシロはファングの意図を読もうとする。だが、相変わらず無表情なその顔にシロは心意が測れない。なので、直接言葉にしてみる。


「何故ですか?」

「……時間や効率を考えるとそっちのほうがいい。それに前衛と後衛が二人ずついるこの状況なら、分かれても問題はない」

「でも、俺はファングさんほど強くないですよ」

「……いや、お前は強い。見てれば分かる」

「…………」


 真っすぐと自分の目を見つめてくる瞳にシロは吸い込まれそうな感覚に陥る。シロはファングよりレベルは明らかに低い、それにBGO屈指の実力者と謳われているファングがどうしてそういう判断になったのかシロは聞きたいが訊けなかった。


「……分かりました。なら、右を俺とフィーリアが左をファングさんとユキってことでいいですか?」

「……問題ない」


 シロがファングの意見を了承し、すぐに提案するとファングは特に考える素振りを見せずに頷いた。しかし、ここで後ろのほうから待ったがかかる。


「はい!」

「なんだユキ?」


 勢いよく上げられた手と妙に焦ったような声を出したユキのほうに顔を向ける。そこには、怒っているのとも焦っているともとれる顔をしたユキがいた。シロが顔を向けるとユキが口を開く。


「どうしてそういう風になったのか説明してください」


 努めて気にしてませんよ、という風を装いながらシロにどんな考えでこの二つに分けたのか訊いた。決して、組み会わせに文句がある訳ではない。あくまで訊きたいのはシロの判断根拠である。

 ユキの問いにシロは迷う振る舞いを見せず淡々と述べた。


「そりゃ、前衛の俺とファングさんが分かれるのは必須だろ。それで、お前とフィーリアどちらがどっちにつくかとなるけど、そこは相性の問題だろ」

「相性? 私とシロ君が相性が悪いってこと?」

「まぁ、それもあるけど」

「ひどい! シロ君そう思っていたんだ!!」


 シロの容赦ない言葉にユキは若干凹む。が、そんなこと知らないシロは続ける。


「どっちかというとお前とファングさんが相性がいいって判断したんだが……なんかまずかったか?」

「いや、別に、そういうわけじゃ……」


 シロの質問に歯切れが悪くなるユキ。これではまるでユキがファングと組むのを嫌がっているように見える。ユキからしたらとんだ誤解なのだが第三者からしてみればそういう風に見えるだろう、それはファング自身に対して失礼に値する。それを瞬時に理解したユキはため息を吐きたいのをこらえて頷いた。


「分かった、それでいいよ」

「……?」


 ユキとしてもファングと組むのは別に嫌ではない、だが何故だか心の中にしこりのようなものがあるような気がしてならなかった。だが、ユキをすぐにそれを胸の奥にそれを押し込んで、いつも見せるきらびやかな笑顔を見せた。すると、シロがユキの肩をポンッ、と叩いてファングに背を向けるように小さな声で言った。


「実は他にも理由はあるんだ、ていうか、それが一番の理由なんだが」

「え?」


 突然のシロの言葉にユキはシロの顔を見据えた。シロは非常に困った表情で頭を掻きながら告げた。


「ファングとフィーリアを一緒にしたら、どうなると思う?」


 言われてユキはその光景を浮かべてみる。

 無口なファングと人見知りなフィーリア、その二人が一緒に洞窟を探索する。当然、探索する間は二人きりとなる。そうなった場合考えられるのは……足し算のように簡単な数式がユキの頭に浮かんだ。


「……うん、気まずいねそれは」

「だろ、沈黙の地獄がそこに待っている」


 ただでさえ、ファングは人見知りが激しいし、フィーリアはフィーリアでシロ以外の男子に対して少しばかり苦手意識を持っているように思えた。そんな二人が一緒に行動するとなると沈黙の空間が出来上がることは容易に予想出来る。

 逆にユキは持ち前のコミュ力でファングとの距離を縮めているからファングとしてもやりやすいだろう、という判断でユキとファングを組ませたのだ。それを聞いたユキはさっきよりも明るい笑顔を浮かべた。


「まあ、そういうことなら仕方ないね。この組み合わせになるのも納得だよ」

「納得していただけたようでなによりだ」


 シロとユキの小さな話し合いも終わったところでシロはフィーリアを見た。


「フィーリアもこの組み合わせで問題ないか?」

「はい、一切問題がないです!」

「お、おう、そうかならこれでいこう」


 なんだかいつもより威勢がいい返事にシロは若干戸惑いながらもフィーリアが納得しているようなので問題ないと判断した。シロは全員の顔を見渡しながら言った。


「それじゃ、今から一時間後にまたここに集合。もし、何か発見またはトラブルに巻き込まれたらチャットを渡すこと」

「「「分かった(分かりました)」」」


 シロの指示に三人は何の異を唱えず返事をする。シロはさらに言葉を紡ぐ。


「それから、もし何かあって死に戻りした場合、チャットで報告して麓の村に集合すること。これでいいか?」

「……問題ない」

「分かった。なら連絡は私がするよ」

「が、頑張ります」


 三者三様の応えを見てシロはよしっ、と頷く。そして、止めていた足を動かして二手に分かれた。


「んじゃ、一時間後に」

「……あぁ」

「それじゃあ、後でね二人とも」

「うん、後でねユキちゃん」


 各々、相手に言葉を交わしてから奥へと続く暗い道に足を踏み入れた。



☆☆☆☆☆☆



 シロたちが別れたその場所に一人の黒いマントを羽織った影が現れた。フードを被っておりその表情はうかがえない、しかし楽し気に口を開いた。


「ハハハ、まさか【師匠ヘラクレス】のファングと出くわすなんてどんだけ運悪いだろうな。まぁ、これはこれで面白いからいいけど……」


 男は口元を緩みながら先ほどシロとフィーリアが進んだ道を見た。


「さてさて、それじゃあ久しぶりに挨拶でも行こうかなぁ」


 まるでちょっと近くのコンビニまで行くような口調で呟くと男はウキウキとした様子でマントで体を覆った。すると、男の体がスッ、と周りの光景と同化して姿を消した。男のいた周囲はまるで最初からそこには何も存在していなかったかのように無音と化した。道を示す松明の火が少しばかり一定の方向に揺れるとまた元に戻り、道を照らす。

 

「僕に気づいてくれるかな? 『シルバー』」


 何も存在しない闇の空間に一つの呟きが妙に響き渡ったのであった。


 


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