第三章 LONEWOLF&GIRL'S TEAR
第45話 目撃者
BGO 《オルス山脈》
無機質にさらけ出された岩肌と時折吹く突風が訪れるものを苦しめるこの山脈に、黒ずくめ姿で悠々と歩いている一人のプレイヤーがいた。車二台分くらい幅がある道を歩いていると目の前に岩で出来たモンスター、ロックゴーレムに襲われているパーティを見つけた。
「く、くそっ、こいつ固いぞ! 全然ダメージが与えられない」
「と、とにかく攻撃を当て続けろ!」
男と変わらない背丈であるロックゴーレムの特徴として挙げられるのは防御力の高さだ。中々通らない攻撃に痺れを切らしたのがパーティの一人が突撃をする。
「おおぉ!!」
勢いよくロックゴーレムの体に剣を突く。が、剣は乾いた音を鳴らせるだけでそのまま刺さってしまった。動きを封じられたプレイヤーは焦りを見せる。必死に剣を引っこ抜こうとするがピクリともしない。
そのプレイヤーにロックゴーレムは己の拳を振り上げる。プレイヤーの顔に恐怖の色が染まる。仲間もこれまでかと諦めかけていたその時、風が突き抜けた。
「GEEEE!!」
次の瞬間、ロックゴーレムから悲鳴にも似た声が響いた。
「……え?」
先ほどまで恐怖の顔をしていたプレイヤーが呆然と呟く。何が起きたのか理解出来なかった。だが、次にはロックゴーレムの体がボロボロと崩れ落ち、残ったのは砕けた岩の残骸だけだった。
見ると崩れたロックゴーレムの反対側には黒のローブを羽織った男が立っていた。その両手には鉄で出来ているだろうグローブをはめている。
事態の把握が出来ていないパーティ。しかし、男が突き出した拳がロックゴーレムを粉砕したことだけはその場にいる全員が理解出来た。
☆☆☆☆☆☆
五月も終わりに差し掛かった頃、和樹は窓の外を見ながら憂鬱な気分に陥っていた。外は今の和樹の心情を表しているかのように一面雲で覆っている。
「……和樹君、どうかしたんですか?」
視線の下からまるで風鈴のような涼し気な声が聞こえる。和樹は視線を下げて声の主を見ると少し茶色い髪をおさげにし、丸い眼鏡をかけた文学系少女__
見た目は地味な彼女であるが、その見た目からは想像出来ないことに彼女は
親しみのこもった目で和樹を見つめる彼女であるが決して他のクラスメイトにはその目は見せない。まだ、転校してきて日が経っていないのもあるが彼女が和樹に懐いている大きい理由は、彼が彼女の"幼馴染"であるからだろう。
しかし、口調は相変わらず転校してきたばかりの丁寧なものである。その理由は、和樹が桜香との関係を隠したいからだ。
一体何故、そんなことをするのか桜香には分からないが彼が真摯に懇願してきた為、黙っておくこととなった。
「いや、最近天気悪いなぁって思ってな」
「もうすぐ梅雨入りですもんね」
教科書を片付けながら桜香が相槌を打つ。確か、今年は例年より早く梅雨入りが予想されるとテレビでやっていた。それを和樹に告げると彼は余計に憂鬱な気分になってしまったようで体を机に突っ伏してしまった。
「はぁ、洗濯物が乾かないじゃないか……」
和樹が憂鬱な気分の元となっているのはそれが原因である。ここ最近の天気の悪さのせいでリビングには部屋干しされた服で埋め尽くされており、リビングに出入りする度うっとしいのだ。家事を受け持っている身としてはつらい日々が続いている。これがまだ続くとなると自然とため息がこぼれた。
そんな和樹をよそに教室では天気なんか気にしない生徒たちがワイワイと友達と雑談をしている。すでに数名は衣替えをして夏服になっていた。
チラッと和樹は隣の桜香を見る。かく言う桜香も制服が夏服へと変わっており、ただでさえ目立っていた一部分がさらに強調されている。時々、和樹は教室にいる男子たちの視線が桜香の胸元にいっているのに気づいていたがとうの本人がまるで気づいていない素振りを見せていたので黙っておくことにした。意外に彼女は、そういうことに疎いのかもしれない。
と、そこへトイレにでも行っていたのだろうか、雪が教室に入ってきた。何やら慌てた様子である。
「白井君、大変だよ!」
「……宿題なら見せんぞ」
こちらは意外にもまだ夏服ではない雪が和樹の前に来るなり言うと和樹は心底ため息をつきたくなる顔をした。GW明けに行われた小テストの結果が散々だったのは聞いていたからだ。ちなみに桜香は和樹と勉強したおかげか中々いい点数だったらしい。それを聞いて、「不公平だ!」などとよく分からない文句を言う雪に和樹は飽き飽きしていた。
それに相変わらず、平気で和樹に話しかけてくる雪。和樹に向かって殺気の籠った視線が男子から放たれる。もはや和樹は、雪が和樹に話しかけないことを諦めていた。まぁ、シロ呼びが直っただけよしとしよう。
「違うよ。これ見てよ!」
そう言って雪は自分のスマホを和樹に見せる。そこには、BGOの掲示板が映っていた。
「これが何だってんだ?」
「この部分見てよ」
雪は画面をスクロールして見せると掲示板のある書き込みの所に動画再生のアイコンがあった。そこを押してみると動画が再生された。そこに映し出させたものを見て、和樹は目を見開かせた。
「……マジかよ」
「ど、どうしよう」
動画には防衛戦の時、アサシンフロッグと対峙しているシロの姿が映し出されていた。しかも、倒すところまでバッチリと撮られている。
「しくじった、まさかあれを撮られているなんてな」
あの場に誰かがいるなんて考えもしなかった和樹は苦虫を噛み潰したような顔をする。だが、この動画にいくつか不審な点が見つけた。
「……【
動画はどうやら編集されているらしく、シロが両手剣を構えて突撃したり、空中で頭を叩きつけたり、見せ場として【
そして、和樹の記憶にはあの場には誰もいなかったはずだ。いたら【察知】で分かるわけだし、思い違いではないのなら誰かに動画を撮られるようなへまはしていないはずだ。動画を見て、思案顔になる和樹。前に立つ雪は終始落ち着かないような素振りを見せる。数秒、熟考した和樹は小さく呟いた。
「こんなふざけた真似出来るとするならあいつくらいだろう」
「あいつって《神様》? でも、何でこんなことを?」
「さぁな、あいつの思考が読めるわけでもないし、分からない。だが、あいつがやったと言うとなぜか納得がつく」
【透明マント】なんてチート的アイテムを持っている《神様》なら、気づかれず動画を撮ることなど造作もない。さらに掴めない性格をしているからわざと【
「そ、それでどうするの白井君?」
「……ま、もうとっくに出回っているからしょうがないだろ。そんなに不利益なものが映っているわけじゃないし放っておいて大丈夫だろう」
「そ、そっか……良かった」
「? そんなにこの動画のことが気になっていたのか?」
「あ、いや、その、白井君がこれ見てBGOやめるなんて言うんじゃないかなって思って」
和樹は焦った顔から一変して胸を撫で下ろす雪を見て首を傾げた。とうの本人は、これで和樹がBGOを止めるなんて言い出さないのかと心配で内心冷や汗を流していた。しかし、彼の言葉を聞いて肩に荷が下りたように安堵する雪。
「今の所、あいつの正体が分かるまではやめる気はない。が、もし俺の正体が知り合いなんかにバレたら一目散にやめるからな」
「は、はい……」
念を押すかのように言う和樹に雪は顔を強張らせる。その目が冗談なんかではないのは明白である。それに今のセリフは「絶対に口を滑らせるな」という言葉が裏に隠れているのにも気づいていた。
すると、二人の会話を聞いていた桜香が隣から口をはさんだ。
「あの~、一体何の話ですか?」
「いや、別に大した話じゃない。この間の戦いの動画が流れていただけの話だ」
和樹は平気な顔でそう言ってのける。シロが元BGO最強プレイヤー『シルバー』だったということは桜香にも内緒としている。情報漏洩のリスクは少ないほどいいし、用心に越したことはない。それに、【
「へ~、そういうのがあるんですね」
「ま、珍しい話じゃないさ。よくフィールドボスの戦闘を撮って掲示板に出す人もいるからな」
「へぇ、私まだよくそういうの分からないので今度教えてくださいね和樹君」
「別にいいぞ」
そんな会話を繰り広げる二人を雪はジト目で観察する。その視線に気づいたのか和樹が雪のほうへ首を向けた。
「……なんだ?」
「いや~、別に~? なんだか二人、ここ最近ですごく仲良くなったなあって思っただけ」
じー、と和樹を睨む雪の視線を浴びながらも和樹は平気な顔を作る。桜香と和樹が幼馴染であることは雪には秘密にしてある。それは和樹にとって『シルバー』であったことと同じくらい他人にバレたくないことだからだ。
雪の細い目を受けながらも和樹は次の授業の教科書を取り出す。隣の桜香はその様子をまじまじと見る。変わらない和樹の態度に雪も興味を失くしたのか、「そう……」と呟くだけで終わった。
その時ちょうど、授業の予鈴が鳴り教室で雑談していた生徒たちがダラダラと自分の席へと戻って行く。雪も和樹と桜香の関係に疑問を抱きながらも自分の席へと戻った。それを確認すると和樹は秘密を二つも持つことへの不安とこれからの心労を考えると疲れたようにため息を吐いたのだった。
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