第22話 レクチャー



__翌日


 和樹は集合時間の十分前に駅前にある広場に来ていた。天気は快晴で、周りはGW初日だけあって家族連れやカップルで溢れている。

 和樹はまだ眠い目を擦りながら集合場所である時計台を目指す。そして、広場の中央に設置されている時計台に行ってみると時計の下で周りをキョロキョロとしきりに見渡している女の子を発見した。

 和樹がその女の子に近づくと相手も気づいたようだ。


「……おはよう」

「……おはようございます」


 小さな声で挨拶を返す桜香。恥ずかしいのかもじもじと体を揺らしている。和樹はそんな桜香の恰好を上から眺める。

 春らしい黄色のブラウスと花柄のスカートを組み合わせ、首元にはひらひらとしたレースが施されており、お嬢様風の服装である。手には小さな鞄を持ち上品さを一層あげていた。もじもじとしたいる様は小動物を彷彿とさせ、守りたくなってしまう可愛さがあった。


「……あの」

「ん? 何?」

「その、私、変じゃない?」

「全然、よく似合ってるよ」


 正直に感想を述べると桜香は耳まで真っ赤にし、顔を俯かす。その反応に首を傾げる和樹であった。実際、自分が来るまで広場にいた男たちがしきりに桜香の方を見ていたのを和樹は確認している。だから、素直に事実を述べたはずなのに、どうしてそこまで照れる必要があるのだろうか。

 会話が中断され、困った和樹は雪の姿を探した。言いだしっぺの雪はまだ来ておらず時計は集合時間を差した。

 遅刻か、と和樹が結論つけた時__


「お~い!」


 遠くから聞き覚えのある声が聞こえた。和樹と桜香が声のする方へ顔を向けると雪が手を振りながら走って来ているのが見えた。


「ごめん、待った?」

「いや、俺はそんなに待ってないが」

「わ、私も全然待ってないです」


 息を切らせ、肩を上下させている雪の顔は安堵を浮かべていた。

 雪は白いレースのスカートを白いシャツの上からピンクのカーディガンを羽織っており清楚さと上品さが醸し出されていた。その雪の私服姿に時折和樹たちの前を通り過ぎる男たちが目を奪われていた。なんなら、カップルの男すらも彼女に釘付けとなっているぐらいだ。カノジョさんからのボディブローを喰らって前のめりになる男性に和樹は静かに冥福を祈る。


 改めて二人を見ると美少女二人に両サイドを固められ、和樹は居心地の悪さを感じた。そんな和樹はシンプルで動きやすい服装の為か余計に二人に不釣り合いさを覚える。

 が、そんな彼の心情を知らない雪は意気揚々と歩き出す。それにつられて和樹と桜香も雪の後ろをついて行くのであった。



☆☆☆☆☆☆



 バスに乗ってショッピングモールにやって来た三人。ショッピングモールは人でごった返しており、人混みが苦手な者がこの光景を見たらきっと酔ってしまうだろうなぁ、と和樹は行きかう人を見ながら考えていた。

 和樹の一歩前を行く二人は終始何か会話を楽しんでいる様子であった。昨日今日で二人の距離はだいぶ縮まったようで、和樹は本格的に雪の処世術が気になり始めた。今度参考までに聞いてみようか。


 しばらくショッピングモールを歩くと、三人は家電量販店に着いた。和樹たちはお目当ての商品を探すと棚にきれいに陳列されている大小様々なVR機を発見した。 


「んじゃ、サクサクと決めようか。姫野さん、予算どのくらい?」

「えっと、3万円くらいです……

「結構持ってるね。じゃあ3万円以内でなるべくスペックの高いやつにするか」

「……任せます」


 VR機は中古だと5000円くらいするやつもあるのだが今回は予算が高めなのでいいのが買えそうだ。

 一般にVR機を買うために大事なのはスペックの高さである。では、どんなやつがスペックが高いと言うのだろうか。

 それは情報処理速度とメモリの容量である。パソコンと接続して使うVR機はそれ一台で多くの機能を補っているのだ。ゲーム中にメールや電話がかかってきたら一時中断しなければならないし、使用者の脳波を感知して身体に異常が生じれば警告をしないといけない。それはパソコンよりも多くの情報を凄い速度で処理するということだ。


 もちろん、価格やデザインも大事なポイントである。なので、和樹は予算内で出来るだけスペックが高く、なおかつ桜香が気に入りそうなものを手当たり次第に薦めた。

 和樹がVR機を選んでいる間、雪も桜香に似合いそうなものを薦めていた。和樹の勧めるものは機能性を重視しているせいか、デザインがイマイチ地味になりがちであるが、雪が勧めるのは女子ウケのいい、可愛らしいものが多かった。

 正反対な意見によって桜香は余計に迷ったことは言うまでもない。

 そして、一時間くらい悩んだ末、桜香はピンク色のゴーグル型のVR機を購入した。


「さて、これからどうする? 解散?」

「どうしてそうすぐに帰りたがるの……」

「学校のやつに遭遇したらゲームオーバーだからな」


 言いながら辺りを見渡す和樹。女子二人と外出しているだけでも危ないのにそれが雪だと知られたら間違いなく和樹は追われることだろう。

 そんな心配をよそに雪と桜香は昼食を食べることを提案し、三人はフードコートに移動し始めた。


『きゃっ! くっ、このままじゃ……』


 移動する際、和樹の耳が急にそんな声を拾った。声のするほうに顔を向けるとそこに大きなテレビが置かれており、画面には今子供に人気のアニメが流れていた。さっきのはアニメのキャラクターの声だったようだ。

 しかし、和樹はその声にどこか違和感を感じた。


「白井君、どうしたの? 早く行こうよ」


 歩みを止めた和樹に気づいた雪が呼ぶ。


「あぁ、すぐ行く」


 雪の声に和樹は先ほど感じた違和感を放り捨て、その場を後にした。



☆☆☆☆☆☆



 昼食を食べた和樹たちはショッピングモールから出て、帰路についていた。雪は終始ご機嫌で鼻歌まじりに喋りっぱなしである。


「なんでお前がそんなにテンション高いんだよ」

「えぇ~、だってこれで姫野さんと遊べるだよ。上がらないほうが不思議だよ」


 と、早く桜香とBGOをやりたくて仕方ない雪は和樹たちの前を後ろ向きで歩きながら言う。彼女の様子に桜香はどう反応してよいかわからず苦笑いを浮かべていた。

 BGOの始め方やBGOでの戦闘の仕方などBGOについての知識をしきりに桜香に教える雪。

 すると__


「きゃっ、ご、ごめんなさい!」


 後ろ向きで歩いていた雪は前から来た男性にぶつかってしまった。慌てて男性のほうを見て頭を下げる雪。


「いえ、こちらもよそ見をしていたので……」


 ぶつかった男性は特に気にすることなく笑いながら手を振った。雪が下げていた顔を上げると男性は和樹と桜香を一瞥した。すると、男性の目が一瞬見開いたように見えた。その反応に和樹は首を傾げたが男性はすぐに雪に会釈すると和樹たちの横を通り過ぎた。


「何やってんだよお前」

「えへへ、ちょっとテンション上がりすぎたみたい」

「たくっ……姫野さん?」


 和樹は急にだんまりとなった桜香を見る。その横顔には嫌悪感と恐怖感が表れているように見えた。


「どうしたの? 姫野さん」


 雪も桜香の変化に気づいたのか、声をかける。


「あ、えっと……何でもないです」


 桜香は雪の声に我に返ったようで首を左右に振った。和樹と雪は互いに顔を見合わせたが桜香が何でもないというのならそれ以上聞くことは止めた。

 桜香は笑みを浮かべ、再び歩きだした。雪もその後を追う。

 和樹がふと、背後から視線を感じ後ろを振り返ると先ほど雪とぶつかった男性もまた振り返り、目があった。

 男性はすぐに目を逸らし、歩きだした。だが、和樹はその男性の目がとても不気味だったのを感じたのであった。



☆☆☆☆☆☆


 家に帰り、洗濯物を取り込み、早めに米を研いでいると時刻は午後4時であった。和樹は晩御飯の準備を終わらせると部屋に籠りヘルメット型VR機を装着。布団に体を寝かせるとゆっくりと目を閉じた。



 シロはいつものように街でログインするとすぐに噴水広場へと向かった。周りを見渡すとGWゴールデンウィークだからかいつもより人が多く感じた。シロは噴水広場に着くと噴水の前で不安そうに周りをキョロキョロとさせている初期装備のプレイヤーが目に入った。

 シロは慎重にそのプレイヤーに近づくと、声をかけた。


「え~と、姫野さん?」

「っはい!」


 桜香は上ずった声で返事をする。ゲーム内で本名リアルネームを呼びあうのはご法度だが今回の場合は仕方ないだろう。


「よかった、間違ったらどうしようかと思った」

「あの、白井君……」

「あ、ここでは俺はシロね。姫野さんのアバター名は?」

「えっと、フィーリアです」

「そっか、よろしくフィーリア」

「は、はい、よろしくお願いします」


 緊張しているのだろうか、フィーリアは直立不動で返事する。その反応が面白かったシロは少し口元を緩めた。

 フィーリアのアバターは眼鏡をかけておらず、髪の色もピンクで腰までの長さとなっている。瞳の色は透き通った碧眼であった。そして、視線は上から下へ移動させる。


「………」

「? どうしたのシロ君」


 シロが大人しくなったのを感じたフィーリアは顔を覗き込む。


「!? い、いや、なんでもない」

「??」


 フィーリアの顔が視界に入り、シロは明後日の方向へ顔を逸らす。

 彼女のある部分に目がいっていたなんて決して言えないシロ。

 初期装備の服装は男性なら半袖短パン、女性なら半袖スカートの組み合わせとなっている。フィーリアももちろん後者なのだが、いかんせん上が薄着にGジャンのようなものを着ているだけなのでフィーリアのたわわな胸が強く自己主張していた。


 シロだけでなく近くにいた男性プレイヤーたちも視線がフィーリアの胸元にいっているのがは分かった。さりげなく、彼らの視線に被さるように前に立つシロ。

 シロの対応の変化にキョトンとした顔を浮かべるフィーリアであったが視界に二人に向かって走ってきている人影を確認した。


「おーい、シロ君、と姫野さん? 待ったかな」

「いや、さっきログインしたとこ」

「えっと、フィーリアです。よろしくお願いします」


 ユキに向かって丁寧なお辞儀をするフィーリア。


「ユキだよ。よろしくね」


 満面の笑みで挨拶をするユキ。しかし、フィーリアはユキの言葉に引っかかりを発見したようだ。


「え? ユキって……」

「気にするなフィーリア。こいつバカだから」

「ちょっとシロ君、何でいきなり私罵倒されてるの?」


 アバター名がそのままのユキにフィーリアは困惑した目を向ける。当の本人はそんな哀れな視線には気が付かずシロに説明を求めていた。シロはそれをのらりくらりとかわして、フィーリアの方に顔を向ける。


「さて、まずはどうするか……」

「レベリングでしょ!」


 シロの疑問に勢いよく手を上げながらユキは答える。


「ま、そうだな。とりあえず戦い方とか色々と教えることがあるから、まずはそれを一通り終わらせるか」

「フィーリアもそれでいい?」

「……二人に任せます」


 方針が決まった所で三人は初心者向けフィールド《イジイの森》へと移動した。



☆☆☆☆☆☆



 《イジイの森》へとやって来た三人は、程よく拓けていて他のプレイヤーがいない所を探して森の奥へと進んでいく。そして、森の最深部まで来ると先頭を歩いていたシロが立ち止まる。それに合わせて後ろの二人も足を止めた。


「この辺でいいか。さてとユキ、その辺モンスターいないか探してきてくれ」

「了解」

「その間、俺はフィーリアに説明をしておくから、適当なのがいたらトレインしてきて」

「わかったー」


 シロはその場を離れていくユキの背中に言葉を投げるとちゃんと返事が返ってきた。そのままユキは意気揚々と森のさらに奥へと入って行った。

 彼女の姿が消えたのを見てシロはフィーリアと対峙すると戦いの仕方をレクチャーし始めた。


「まずはフィーリアの武器は何?」

「弓矢です……」


 そう言って腰から木で出来た弓を見せるフィーリア。それを確認するとシロは話を続けた。


「オッケー、じゃ、弓矢の長所と短所の説明からかな。まず、弓矢の長所は遠距離からモンスターを攻撃出来ること、っとユキが戻って来た。早いな」


 シロの説明の途中でユキがフォレットラビットを一匹連れて来た。


「ユキ、その場で足止めしておいて。口で説明するよりまずはやってみようか」

「は、はい」

「よしじゃあ、矢を用意して。そして、力いっぱい弦を引っ張る、んで狙いを定めたら射る!」


 シロの言葉に合わせてフィーリアは矢を放った。一直線で矢はユキの傍にいるフォレットラビットに命中。フォレットラビットは瞬く間に消えた。一発KO、初めてにしては上出来である。


「上手いねフィーリア。本当に初めて?」

「そ、そうかな……」


 シロが褒めるとフィーリアは恥ずかしそうに体をくねらせるが顔は嬉しそうである。


(まぁ、システムが軌道を補正してくれるんだけどね)


 それはフィーリアには内緒にしておくことにしたシロ。彼女は褒めたほうが伸びるタイプのようだ。


「さっき言った通り弓矢の長所は遠距離からの攻撃、そして、矢は無限に出てくるからコスパもいい」


 だが、今、フィーリアが持っている矢は木製のものでBGOには鉄製の矢や太さが異なる矢があり、それらは数が制限されている。まぁ、しばらくは木製の矢でいいだろう。

 続けてシロは弓矢の短所の説明をする。


「次に短所だけど、遠距離の攻撃に弓矢は長けているけど近接戦闘には不向きだ……っと」

「ふぇ!?」


 説明の途中でシロはいきなりフィーリアを肩を掴み、自身のほうへ抱き寄せた。突然のことでフィーリアは驚愕する。


「KYUUUUUUUU!!」

「え?」


 すると、背後から兎の叫び声が聞こえ、振り返る。するとさっき倒したのと同じフォレットラビットの首が胴体から離れたかと思ったら弾けるように消えた。


「このように背後からいきなり攻撃されないように注意する必要が……って聞いてるかフィーリア?」

「え、う、うん! 聞いているよ!!」


 シロの声に自分が置かれている状況を把握したフィーリアは慌てて離れた。顔は耳まで真っ赤であるが顔を俯かせていたからよくシロには見えなかった。それを見ていたユキがジトとした目でシロを睨んでいたが気にせず続ける。


「ま、大体こんなものかな。大抵、パーティでの弓矢の立ち位置は後衛で援護するって感じだな。弓矢使いのなかにも色々なスタイルがあるけど、とりあえず慣れるまではその見解でいいと思うよ」

「うん、分かった」

「それからステータスもこれから弓矢だけ使うならDEXを重点的にして、後はそれぞれ均等に割り振るようにすればいいよ」

「なるほど……」

「よし、ここまで理解出来たら後はひたすら狩るだけだ。頑張れよ」

「が、頑張ります!」


 拳を握ってやる気を見せるフィーリアはその後、レベルを10まで上げることに成功した。









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