第5話 対人トラブル

 

 その日の夜、家に帰って勉強する和樹であったが中々進んでいなかった。頭の中にあるのは一昨日、屋上で雪が見せた必死な形相である。


(何をあそこまで必死になっているんだ?)


 興味がないかと言われればそうではない。彼女がなぜあそこまで必死だったのか少なからずの好奇心を抱いた。


(でも……)


 和樹は部屋の押し入れに目を向ける。


「ちょっと休憩」


 和樹は進まないペンを置くとパソコンの電源をつけ、慣れた手つきで操作していく。目的はとあるサイトを見ることだ。


『謎のPK、被害拡大中!』 


 PKプレイヤーキルとはゲーム内でプレイしているプレイヤーを倒す殺すことである。BGOではそのPKは特に規制されていない。

 携帯の画面に現れた文字を見て和樹の眉間に皺が寄った。和樹が見ているのはBGOプレイヤーが運営する個人的な掲示板である。ここでは多くの情報が流れ込み、たくさんの人と共有されている。そのなかにPKの情報も多くあった。

 内容は被害にあったプレイヤーがどういった様子で襲われたのかや相手がどんなやつだったのか、はたまた相手のスキルの解析まで幅広く公開されていた。流し目で見ている和樹の目にある一文が飛び込んできた。





203 名前:名無しの権兵衛

最近、ゴルゴンの森行くプレイヤー減ってきてないか?


204 名前:名無しの権兵衛

あれでしょ、例のPK、あれのせいであそこに行くやつが全然いないらしいぜ


205 名前:名無しの権兵衛

俺氏、リア友にやられた奴がいる


206 名前:名無しの権兵衛

マジで? 情報頼ム


207 名前:名無しの権兵衛

なんかそいつ自分のこと『シルバー』って名乗っていたらしい


208 名前:名無しの権兵衛

『シルバー』ってあの?


209 名前:名無しの権兵衛

イエス。伝説のプレイヤー、『シルバー』らしい





 ここで和樹の手を止まったままだった。同時に和樹のなかで言葉にならない感情が渦巻いていた。


「ほう、なるほど」


 和樹はもう一度押し入れを見る。そして、首を上に動かし宙を見る。すると、和樹のパソコンに通知が入っていることに気が付いた。


(は? 何でメールが)


自分のパソコンを所持している和樹。だが、過去の一度だってメールをもらったことなどない。だからこそ、異様な光景に和樹は不信感を隠せなかった。しかし、見ないわけにもいかずマウスを動かしてメールを起動してみる。

件名も、送り主の名前もないその内容は――


『あなたの正体を知っています。あの世界にてお待ちしております』


 しばらく和樹は膠着状態となった。

 様々な疑問と疑惑が浮かび上がる。しかし、それよりも和樹はその内容に釘付けとなる。あまりに唐突で、驚愕の文章に和樹の顔は険しくなっていた。


「……」


 そこから数分間、和樹が机の前から移動することはなかった。



☆☆☆☆☆☆



 翌日の昼休み、和樹は今日もまた屋上で弁当をつついていた。今日は遅刻せずに余裕をもって作れた。太陽が照り、和樹に日光が当たり体を温める。それが心地よくて、ついうとうとしてしまう。油断すると眠ってしまいそうなのを耐えていると屋上の扉が開く音がした。音のする方を見るとそこには雪の姿があった。

 昨日、ここで見た泣きそうな顔はしておらず。今日はどこか困惑しているように窺えた。雪の姿を確認した和樹は弁当を傍に置き、立ち上がると雪と対面する格好となった。


「白井君、あの、何の用かな?」

「ん、ちょっとな」


 今朝、和樹はいつもより早く学校に登校した。その理由は雪にあるものを渡すためだ。


「……これ」


 そう言って雪は制服のポケットから一枚の紙を取り出す。それは今朝、和樹が雪の机に入れておいたものであった。内容は『昼休み、屋上で待つ』、というものだった。これが青春ドラマとかだったら告白シーンであろうが昨日の今日でそんなことがあるはずないと雪は思った。


「訊きたいことがいくつかある」


 和樹は淡々とした口調で言った。


「何?」

「一つは、なぜお前がそこまで必死に助けを求めているのか、後輩のためだけじゃないだろう?」


 和樹の問いかけに何も言わない雪。気にせず、和樹は続けた。


「二つ、お前が協力してほしい対人トラブルとは、今、BGO内で被害が多く出しているPKで間違いないな?」

「……調べたの?」

「ネット検索かけたら一発だったぞ」

「そう……」


 それだけ言うとまた雪は黙り始めた。それを肯定と捉えて言葉を紡ぐ。


「最後に、そのPKは自分のことを『シルバー』と名乗っている、そして、お前はそいつに一度会っている……違うか?」


 和樹の最後の質問に雪はゆっくりと、だが確実に、首を縦に振った。そして、彼女は自らの口を開き始めた。


「うん、私は、『シルバー』に一度会っている、ううん、違う。私もそいつにPKされたの」


 和樹は腕を組み、体重をフェンスに預けた。長い話になりそうな予感がした。


「あの日、私は《ゴルゴンの森》という所に行ったんだ。始めたばかりでとにかく楽しんでプレイしていたら、いきなり声が聞こえたの」

「声が?」

「うん、『我が名はシルバー、伝説にその名を残すもの』みたいなこと言ってた。その声が聞こえた瞬間、私のHPが減ったの、急なことにわけがわからないまま私はとにかく臨戦態勢に入った。だけど、周囲には敵の姿どころか人一人いなかった。もう、パニックよ、見えない敵にボコボコにされ、挙句のはてには一番気に入っていたアイテムを取られた」


 そこまで話すと自嘲するように雪は笑った。何もできなかった自分が情けない、そう感じていた。話を静かに聞いていた和樹は腕を解き、雪に質問を投げかけた。


「本当に周りに誰もいなかったのか?」

「そうよ。誰かいたらさすがに気づくよ」

「なるほどな……」


 それだけ言うと和樹は右手を顎に当て、何かを呟いていた。その声は小さくて雪には聞き取れなかった。ゴニョゴニョと呟いていた和樹は再び、雪を見る。


「お前の後輩も被害に遭ったんだっけ?」

「うん、それは本当」

「じゃ、その子にも話を聞かせてくれないか?」

「え?」


 和樹の一言につい素っ頓狂な声が出てしまった。だが、和樹の変わりように雪は驚かずにはいられなかった。一昨日の態度とは180度違っているからだ。


「な、なんで……」

「気が変わった。その『シルバー』ってやつに興味が湧いた、それで十分だろ」

「じゃ、じゃあ……」

「ああ、手伝ってやるよ。お前のその対人トラブル(・・・・・・)に」


 こうして、和樹は雪の頼みをきくこととなった。___それが、のちに伝説の始まりとなるとはこの時、二人は微塵にも想像していなかった。



☆☆☆☆☆☆



 和樹は、見極める必要がある。

 果たして彼女は、自分を仇為す敵なのかそれとも無害な存在なのか。

 これっぽちも信頼も信用もしない。一時の油断もしない。もし彼女が和樹に害を為そうとする時には和樹は全力を持って対抗するまで。

 雪の知らぬところで和樹はそう強く決意するのであった。

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