第6話 ログイン
「……うん、分かった。じゃ、後でね…。オーケーだって、今から話聞かせてくれるって」
耳から携帯を離すと雪は校門の傍にいる和樹に伝えた。和樹は雪の顔を見ず、携帯を操作している。
「……何見てんの?」
「ん? BGOの掲示板、情報ないかと思って」
言いながら画面を見せる。画面には大きな文字でいくつものタイトルが並べられていた。そのなかに、『PKシルバー、今日も被害者続出』という記事があった。
「で、何か成果はあったの?」
「こーれが、全くもって何も分からん」
両手を広げてやれやれといった態度をとる和樹。記事の内容は相変わらず被害者の被害状況だけ書かれており、大した情報は何も記載されていなかった。
「それで、どこで話聞かせてくれるって?」
「この近くのカフェで待ち合わせすることにしたよ」
「んじゃ、行きますか……」
和樹と雪はもう一人の被害者に会うために一緒に校門を出た。その様子を見ていた生徒は呆然とした表情を浮かべていた。その視線に気づいた和樹は雪に訊いた。
「今更だけど、あの噂どうなったんだ?」
「え?」
「え? じゃねえよ、お前の友達がキレてたあれだよ」
「あぁ~……」
和樹の視線から逃れるように雪は和樹とは反対方向に首を向ける。
「……まだ誤解解けてないようだな」
「ア、アハハハ……ごめん、後でちゃんと説明しておくから」
「いいよ別に、そんなに気にしてないし。それに、なんて説明するつもりだよ?」
「え? 一から全部説明するつもりだけど……」
「お前、俺が出した条件忘れたのかよ」
はぁ、とため息をつく和樹。昼休みに和樹は雪にいくつか手伝う上で条件を出していた。
一つ、和樹がBGOをやっているということを周りの人間には教えないこと。
二つ、その『シルバー』と呼ばれるプレイヤーの件が片付いたらそこでこの関係が終わること。
三つ、BGOで和樹が行う行動に一切の口出しをしないこと。
これが、和樹が雪に出した条件である。
特に雪が不利益な内容でなかったため快くそれを快諾した。しかし、和樹の噂話は当分は続きそうである。
「で、お前の後輩も結構やり込んでいたのか?」
「そうみたい、友達と始めたらしいよ。確か、始めてまだ二週間って言ってた」
「なるほどな……」
両手を頭の裏に置き、視線を宙に向ける和樹。掲示板での情報ではPK被害者の多くは始めてばかりの初心者ばかりではなくBGOに慣れてきたプレイヤーであった。右も左も分からないものに個々の楽しみ方を見つけ始めた時でのPKだ、ほんと質が悪いと和樹は思った。
☆☆☆☆☆☆
見えないPKを想像していると雪の後輩が待つカフェへと到着した。なかに入ると店内は和樹たちと同じくらいの人や社会人でいっぱいであった。雪は隣で店内を見渡す、すると、あ、と声を出し笑顔で手を振る。どうやら後輩を見つけたらしい。
和樹は雪の視線の先を辿ると店の角際のテーブルで小さく手を振っている制服姿の女の子が目に入った。髪は明るい茶色で肩につかないぐらいの長さに整えられており、雪よりも小さい身長に加え、幼い顔立ちをしているため見る人には小学生に間違われるだろう。和樹たちは彼女の席に向かうと女の子は立ち上がって挨拶してきた。
「お久しぶりです雪先輩。会えてうれしいです」
「久しぶり彩夏ちゃん、元気そうでなによりだよ」
見知った仲の二人は再開を喜び合う。彩夏は雪の後ろにいる和樹の存在を確認すると首を傾げた。彩夏の疑問を感じたのか雪は彼女に和樹の説明をした。
「彼は白井和樹君、私のクラスメイトなの」
「どうも」
「初めまして、
礼儀正しい挨拶をすると彩夏は二人に席を勧めた。和樹たちは彩夏の対面に座り、それぞれ飲み物を注文し、改めて和樹は自分の口から自己紹介をした。
「改めて、白井和樹です。柊とはクラスメイトだ、今日は俺も同席するけど大丈夫か?」
「はい、さっき雪先輩から電話で聞きました。九彩夏、高校一年生です」
「え、一個下?」
「そうですよ、よく中学生に間違われますけど立派な高校生ですよー」
そう言われて和樹は彩夏の制服を見ると、それが他校の高校の制服であることに気が付く。
(人は見かけで判断できないな)
「??」
「あぁ、スマン、とりあえず今日はよろしく」
「はい、よろしくお願いします」
「じゃ、本題に入るけど君がPKされたのはいつ頃なんだ?」
「えっとー、確か二、三日ぐらい前ですね。あの日、《ゴルゴンの森》ってところに狩りしに行ったんです。最初は普通にモンスターを狩っていたんですけど、そしたら、いきなり声が聞こえたんですよ」
「また声か……、なんて言ってた?」
「んと、『我が名はシルバー、伝説に名を残す者なり』だったかな?、そんなこと言ってました。で、いつの間にかやられてました」
「なるほど、お前と一緒だな」
「そうだね、それで私に相談してきたってわけね」
「はい……」
「何を取られたんだ?」
「……指輪です。リュビの指輪」
彩夏がそう呟くと雪は、ああ、と納得したような声を出した。
「それって何か価値のある物なのか?」
「ん~、そこまで価値があるってわけじゃないんだけど」
「けど?」
「リュビの指輪っていうのは、BGOの女性プレイヤーのなかで人気がある装飾品なの」
「ふむふむ……?」
雪の説明ではリュビの指輪というのは赤色の鉱石を使用した装飾品で素材さえ手に入ればそれを鍛治屋で加工してもらえるらしい。デザインも自分で決められるらしく、世界で一つだけのものが出来るとBGOの女性プレイヤーの間で人気があるらしい。
一通り説明を受けた和樹はふとした疑問を彩夏に投げかけた。
「でもさ、また新しいの作ればいいじゃないか?」
「……」
急に黙り込む彩夏に対して、雪は深いため息をつく。
「はぁ~、白井君分かってないわね」
「何が?」
「いい? リュビの指輪を作るために必要な素材っていうのはね、特定のモンスターからしかドロップできないし、しかも必要な素材の数が半端ないのよ」
「つまり?」
「つまり、作るまでがちょー大変だってこと」
「なるほど」
そんな苦労して手に入れたアイテムを簡単には諦められないということだろう。和樹は運ばれたコーヒーを口に運ぶ。苦いコーヒーの味が染みわたる。
「その『シルバー』の姿は見てないんだよな」
「はい、何にも見えませんでした」
申し訳なさそうにうなだれる彩夏。その様子を見ていた雪が彩夏を慰める。それとは別に和樹は彩夏の話をまとめながら考えていた。『シルバー』なる人物とは一体何者なのか? そもそも、プレイヤーなのかさえ怪しい。
(収穫なしか)
和樹は内心がっかりしていた。あまり期待していなかったがこうも情報がないとなるとアイテを取り返すどころか探すことだって難しい。さて、どうすかと和樹があれこれ思案していると隣で彩夏を慰める雪の声が耳に入った。
「大丈夫だよ、私たちが絶対アイテム取り返してくるから」
「本当ですか? えっと白井さんもですか?」
「え、ま、まぁ……」
「だから、私たちにドーンと任せて」
「あ、ありがとうございます」
頭を下げる彩夏、その必死な光景に和樹はなんともいえなくなってしまう。数秒間、頭を下げていた彩夏はふと下げいた頭を上げ、時計を見ると口を開いた。
「あの、すみません、私そろそろ帰らないと……」
「あ、そうなんだ。じゃ、私たちも出ようか」
「そうだな」
つられて和樹も時計を見る。時刻はもう六時を示していた。外は暗闇へと変わっていく途中のようだ。三人は会計を済ませ外に出ると和樹たちは彩夏にお礼を述べた。
「今日はありがとうな、話聞かせてくれて」
「いいえ、たいして役に立てずにすみません」
「安心して、その『シルバー』っていうやつは必ずとっちめてやるから」
雪がおどけたようにそう言うと彩夏は微笑した。やがて、彩夏は二人に別れを告げると帰路へとついた。残された二人も歩き出した。
無言で歩いていると和樹が不意に告げた。
「お前、あんまり期待させるなよ」
「え、何が?」
「さっき、必ずとか絶対、とか言ってだろ。そういう事は言うなって言ってだよ」
やや怒気が含まれる言いように雪は呆然とした。責められるようなことは言ってないつもりだったからだ。
「どうして? だって、何かしてあげたいじゃん」
「そういうことじゃなくて、『シルバー』が仮に見つかったとして、それであの子のアイテムが取り戻せるわけじゃないってこと」
「??」
雪の頭に疑問府が浮かぶ。『シルバー』が見つかれば全部解決するはずだと思っていた彼女には理解できなかった。そんな様子を見て和樹は説明する。
「いいか? 仮に『シルバー』が見つかったとしても、そいつが今までプレイヤーから奪ったアイテムをいつまでも取っておくか? 俺なら取っておかないね。もちろん、レアなアイテムなら手元に置いておくかもしれないが、そこまで価値がないものならどうする?」
まるで授業で生徒に問題を答えさせる教師のような口調で雪に訊く。雪は自信なさげに答える。
「えーと、お店に売る?」
「正解。もしかしたら、個人で取引しているかもだけどな。そうなれば、もうどこにアイテムがあるかなんてできないってこと」
「そ、そんなー」
「それが現実だ、それなのにお前は安易に、大丈夫、安心して、なんて無責任なことを言ったんだぞ」
「………」
和樹の言い分に雪は黙ることしかできない。和樹の言う通り、自分は何も考えずに無責任な言葉を彩夏に言った、これでもし取り返せなかったら彼女はおそらく悲しむだろう。それだけは絶対に見たくなかった。
「……ごめんなさい」
小さく呟く雪。その様子は昨日や昼休みに見せた強気な態度とは違って、落ち込んでいた。こういう場合慰めたほうがいいのだろうが和樹は女の子を慰めたことなど一度もないためなんて声を掛ければいいのか分からなかった。
「ま、『シルバー』がまだアイテムを持っていることを願おうぜ」
「……うん」
冷たかっただろうか? しかし、ドラマや映画に出てくるような言葉など到底和樹には無理な話である。そんな微妙な空気のなか歩き続けるとやがて道が分かれる場所に到達した。
「じゃ、私こっちだから」
「おう、今日の十時でいいか?」
「うん、最初は街に飛ばされるはずだから、飛ばされたら噴水広場で待ち合わせね」
「分かった、じゃ、また後で」
「また後で」
互いに一時の別れを告げるとそれぞれの家路へと足を向けた。夜風が冷たく、コーヒーの味がまだ口に残っているのを感じた。
☆☆☆☆☆☆
家へと帰った和樹は一人で食事と風呂を済ませ、皿洗いなどを一通り終わらせると伸びをした。
「ふぅ~、終わった」
いつもの作業を終わらせた和樹は時刻を確認する。針は午後9時45分を指していた。和樹は自分の部屋へと向かう。
(今日も遅くなるって父さん言ってたな。丁度いいけど)
居間の隣の襖を開ける。そこには机と本棚があるだけの殺風景な部屋であった。和樹は押し入れを開ける。
上下に分かれている収納スペースの上には布団があり、下には衣服類を収納しておくためのケースが置いてある。ケースの横には一つの段ボールがあった。
ゆっくりとそれを取り出す和樹。取り出した段ボールの中を覗くと和樹はあるものを段ボールの外に出す。
ヘルメットのような形状をしたそれは同世代の人なら皆持っているVR機だった。 和樹はVR機を机に置くと父親が高校の入学祝いに買ってくれたノートパソコンを起動させる。
起動させると和樹はBGOのホームページを検索する。
すると、BGOのトップ画面が現れた。和樹はすすっとマウスを動かし、BGOを起動させた。
しばらく、起動画面が流れたがやがて完了すると和樹はGAME STARTの文字をクリックする。同時に接続しておいたVR機を被ると椅子に深く腰かける。
やがて、徐々に視界が暗くなり、気が付くと周りは真っ白い空間となっていた。
「ようこそ、Break Ground Onlineの世界へ、ここではあなたのアバターを設定します」
感情が籠っていない声が白い空間で鳴り響いた。どうやらここで初期設定が行われるようだ。
「まず最初にあなたが使用するアバターの名前を入力してください」
「名前か……」
和樹はしばらく悩む素振りを見せた。しかしすぐに、目の前に現れたタッチパネルに入力していく。
「どうせ、すぐにやめるわけだし。適当に……とこれでよし」
入力が終わると機械の声が再び鳴り響く。
「アバター名は『shiro』でよろしいですか?」
「あぁ、いいぜ」
「……アバター名を登録しました。続いて容姿を決めてください」
BGOでは基本的な顔の構造は現実と変わらないが髪の色や目元などはプレイヤーが決められるようだ。
和樹は出来るだけ地味にしようと髪は黒で長さもリアルと大差ないほどにして、他はたいして細かく設定はしなかった。
「……登録しました。続いて最初に使用する武器を選んでください。武器はプレイしていくなかでに変えられます」
そう言って現れたのは武器の項目だった。種類は、片手剣、ナイフ、杖、弓、の四種類だった。
この中から最初に自分が使う武器を選ぶようだ。和樹は適当に項目を見ると片手剣の項目をタッチした。
「片手剣ですね。……登録しました。それでは、BGOの世界を楽しんでください」
そのアナウンスを最後に部屋は白から段々黒へと変わっていくと、パッ、と光が放たれる。眩しそうに目を細める和樹。
そして、光はどんどん強くなり和樹を包み込んでいった。
こうして、和樹はBGOの世界へと足を踏み入れたのだった。
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