第3話

 現場に向かう警察車両の中、康則は相馬の質問攻めに閉口することになった。

「鎧塚康則くん……戦国武将みたいな時代がかった名前だねぇ。改めて自己紹介するけど、俺は……」

「相馬祐介さん、でしたね。最初にお会いしたとき、手帳で拝見しました」

「調査員だけあって、さすがの観察眼と記憶力! で、さ、鬼龍家っていったい、何者なの?」

 ハンドルを握る相馬は、助手席の康則に矢継ぎ早の質問を浴びせかけてきた。相手の思惑に気付かず、促されるまま助手席に座ったのが失敗だった。

 鬼龍の名が出るたび質問を無視するか、はぐらかすのだが、相馬は手を変え品を変え話題を変えて最後に必ず「鬼龍家って何者?」と、聞いてくる。この粘り強さは職業柄か、それとも生来の性格なのか。

 このままでは、仕事にならない。

「僕はただの調査員なので詳しくは知りませんが……鬼龍家は何百年も前から、特異な事件を調べて記録している一族なんです。僕の家は、鬼龍家代々の家臣家系になります」

 車窓の外、流れる景色を見ながら質問をかわし続けた康則も根負けだ。当たり障りない情報を与えて、誤魔化すことにした。

「へぇ……神主とか陰陽師とか?」

「どちらかと言えば、その方面の学識者とか研究者に近いですね」

 本当のことなど、言えるわけがない。

「今回、君が来たと言うことは、これまでも似たような事件があったって事だよね? 過去の事件では、犯人解明に貢献できたの?」

「相馬さんは、どのような犯人像を考えているんですか?」

 康則の方から質問を切り返すと、意表を突かれたのか相馬は、まじまじと康則を見つめてからニヤリと笑った。

「うーん、そうか。俺ばかり質問するのはフェアじゃないな、確かに」

 目の前の信号が黄色に変わり、車は速度を落とした。相馬はシャツの胸ポケットからタバコを取り出し一本引っ張り出したが、思い直したように箱に戻す。

「タバコなら、どうぞ。僕なら平気です」

「じゃあ、一本だけ」

 赤信号で車を止め、相馬はカーナビで位置を確認してから上着を脱いでタバコに火をつけた。

 シャツ一枚の上半身に、鍛えられた良い筋肉がついているのが解る。

 警察車両に案内されるまでのわずかな時間、相馬の経歴を調べた。大学卒業後、所轄の刑事部を経て県警第一機動隊に配属。刑事部の暴力団対策課に異動になり二年後にエリート揃いの捜査一課第一班に着任。現在二十八歳。一年前に単身者用官舎を出て、一LDKのマンションに一人暮らし。交際中の女性なし。

 キャリア組で頭脳派の堀川警視正とは違い、現場肉体労働派らしい。

「俺の考えでは、毒物を使っていると思う。なにしろ、死体の状態が異常だ。昨日見つかった坪井遥香の薬物検査結果は、まだ出ていないけどね……」

 タバコで気持ちを切り替えた相馬は自らの考えを明かし、探る視線を康則に投げた。

「警察らしい、科学的見解ですね。僕が調べるのは、死体の首に噛み傷が有るか無いかですよ」

「あっはっは、なるほど!」

 ハンドルを叩きながら愉快そうに笑ったが、当然、納得したわけではないだろう。康則は身体ごと、真顔を相馬に向ける。

「ただ……先ほどの質問にお答えするなら、答えはイエスです。僕の立場で詳細は話せませんが、どうしても、と言うのなら、堀川警視正に聞いて下さい」

 康則の毅然とした態度に相馬は、あきらめ顔で口を噤んだ。

 高速道路を降りた車は、住宅街を抜けて街灯の少ない丘陵地帯へと入った。事件現場のK自然公園は、もう近い。

 既に日は落ち、黒い雑木林を照らし出すのは相馬が運転する車のヘッドライトだけだ。だが、やがて行く手に赤い光で染められた木々が浮かび上がる。

 警察車両の赤色灯が、その光の正体だった。

 カーナビの位置情報によると、この場所はK自然公園北の駐車場だ。細い遊歩道が、駐車場の端から公園の中へと続いている。

 車を降りた相馬は、若い警察官に案内されて現場に向かった。

 五十メートルほど歩くと遊歩道は、柵で仕切られた広い庭園に出た。

 その一画が立ち入り禁止のテープとサーチライトで囲まれ、多くの人影が動いている。閉園時間を過ぎているため、一般人の野次馬はいない。

 相馬は康則に待つように伝えてから無遠慮にテープをくぐり、中の一人と話を始めた。相馬より年配に見える相手は、康則を一瞥して頷く。

 半分ほど引き返してきた相馬に手招きされ、康則がテープをくぐり近くまで行くと、低い声で耳打ちをされた。

「班長は君の素性を理解してるけど、ほかの連中に何か聞かれたときは……被害者の死亡推定時刻に、この場所を通った参考人……で、話をあわせくれる? あと、言うまでもないと思うけど、俺から離れて勝手に歩き回らないでね?」

「了解です」

 素直に頷き、後ろに続いた。

 立ち入り禁止テープから数メートル、鑑識以外の人間が踏み荒らさないように、ビニールシートが敷かれて道が出来ていた。

「それにしても、獣臭いな。死体発見現場とは違う匂いだ、近くに猫の死体でもあるのか?」

 相馬が、顔をしかめた。

 独特の、獣臭。

 死体発見現場に近付くにつれ、体毛を騒がす気配。

 紛れもない、〈業苦の鬼〉の残滓だ。

「坪井遥香の死体発見現場には多少、争った形跡があったんだけどね……」

 相馬は足下を指さし、康則に顔を向けた。

「この場所には、被害者本人の足跡もない。しかし見れば解ると思うけど、下生えの雑草と土が少し、えぐれてるんだ。班長は冗談で……犯人は遊歩道で、死体を頭の上まで抱え上げてから、ぶん投げたに違いない……って言ってたよ」

 現場を観察していた康則は、相馬の言葉を聞いて深く息を吸い込み、顔を上げた。

 冗談ではなく、真実だろう。さすがに歴戦の刑事は、読みが鋭い。

「その話、僕に聞かせてもいいんですか?」

「俺が話さなくても君は、必要な情報を誰かから手に入れるだろう? その誰かの面倒を、省いただけさ」

 相馬は、肩をすくめて笑う。

 誰か……とは、堀川警視正のことだ。康則が堀川の手を煩わせることを、快く思っていないのだ。上司と部下の関係とは違う、人間的な部分を垣間見た気がした。

 と、同時に、似たような経験があったことを思い出す。

『誰かから聞く前に、教えてやったんだよ。俺が、殺したってね』

 将隆の言葉だった。

 もしかしたら将隆は、康則が万由里に話しにくい事実を、代わりに伝えてくれたのか?

「さて、現場検証が終わったら帰ろうか。それともどこか、寄りたい場所があるかい?」

 余計なことに気を取られ、ぼんやりしていた。我に返った康則は、相馬に笑顔を向ける。

「J大学病院まで、お願いします」

「そうくると思った」

 相馬も、作り笑顔で応えた。

 J大学病院は、二つの死体の司法解剖を依頼された病院だった。



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