ゼロと美学──ゼロの乗算と除算編
「0」は透明人間のようでもあり、多重人格者のようでもある。
今回は初心に帰って、「ゼロシリーズ」です。
今回は乗算と除算という四則演算から0を観察してみましょう。
もちろん今回も初回同様、数学が全く出来ないバカのための文系人のための妄想数学です。
つまりこれは数学ができる人達から見たら、苦笑いしか出来ないエッセイですので、ご了承ください。
私レベルの超バカのための数学ですから、難しい数式は一切出てきません。
今回は「乗算と除算」から0を考察します。
乗算と除算。つまり、掛け算と割り算です。
皆さんも小学生の頃習ったと思いますが、「どんな数に0を掛けても結果は0」で「どんな数を0で割っても答えは0」です。
つまり、
X×0=0
X÷0=0
Xはあらゆる数が代入可能です。
Xが1でも9でも答えは0です。
これって不思議だと思いませんか?
これって矛盾していませんか?
だって、
X×0=0で、X÷0=0なら、X×0=X÷0となってしまいます。
因数分解すると、
X×X=0÷0
X×X=0
X=0
でも、はじめの式ではXにどんな数を代入しても式は成立してしまいます。
例えばXが9だとしても。
9×0=0
9÷0=0
と、なります。どんな数でもいいはずなのに、前述の式では0でなければならなくなっています。
「加算は減算の逆で、乗算は除算の逆である」という定義があるから、
X×Y=X÷Yとはならないのは当たり前なのですが、でも変ではありませんか?
一方、
4×2=8
24÷3=8
∴ 4×2=24÷3
と、いう式が成り立ちます。
矛盾しています。
でも、ここで出てくる0は実は同じ0では無いのです。
小学生の頃、この二つの式をどう説明されたでしょう?
まずは掛け算の説明と割り算の説明を思い出してみましょう。
掛け算の説明:(例題A)X×2=Y
「テーブルが一つあります。一人二つのみかんをテーブルに置きます。五人の人(X人)がテーブルにみかんを置いたらテーブルの上には幾つのみかんがあるでしょう」
答え(Y)は10ですね。
では、割り算の説明:(例題B)X÷2=Y
「テーブルが一つあります。その上に10個(X個)のみかんがあります。一人に二個みかんを分けたら、何人の人に分け耐えられるでしょう」
答え(Y)は5ですね。
テーブルの前に人が列を作って一人ひとり訪れ、みかんをテーブルに置くのが「掛け算」、テーブルから貰うのが「割り算」です。
そしてXに数字を代入すると、答えのYは必ず違う数になります。
では、次に「0の掛け算と割り算の」をこのシチュエーションから説明するとどうなるでしょう?
Xに0を代入して説明してみましょう。
掛け算の説明:(例題A-1)X×2=Y
「テーブルが一つあります。一人二つのみかんをテーブルに置きます。0人の人がテーブルにみかんを置いたらテーブルの上には幾つのみかんがあるでしょう」
割り算の説明:(例題B-1)X÷2=Y
「テーブルが一つあります。その上に0個のみかんがあります。一人に二個みかんを分けたら、何人の人に分け耐えられるでしょう」
と、いうことになります。
つまり、掛け算で求められるのは、テーブルの上にあるみかんの数で、割り算で求められるのはみかんが貰える人の数です。
つまり、掛け算のYと割り算のYは違うことになります。
そこで、掛け算で求められるみかんの数をYaと定義します。
また、割り算で求められる人の数をYbと定義します。
みかんの数と人の数は全く別のものなので、
Ya≠Yb
と、なります。
つまり、4×2から導き出せる「8」という数と、24÷3から導き出せる「8」は同じ「8」といえますが、X×0から導き出される「0」と、X÷0から導き出される「0」は違うものとなります。
前者の結果である「8」は偶然のシロモノです。
逆に言うと、1から9までの数は「それ自体の数」以外の何物でもないが、0だけは異なる、ということになるのでは無いでしょうか?
それは数字の起点となる数字だから特異な状況になる。
そういう考え方もあります。
実はX×Y=X÷Yが成立する数字は3つあります。
1、−1、0、の3つです。
この内、マイナスの数はプラスの数の鏡写しとして考えてもいいので、厳密には±1と0の二つと言ってもいいでしょう。
でも、四則演算の定義、「乗算は除算の逆である」という定義の例外的事例が二つもあるのは「美しくない」と思いませんか?
「数学に美しさなんかかんけーねぇじゃねぇか!」と思いっている貴方、誤解しています。
数学というのは、物理学や化学より音楽や美術、文学等のような芸術に近い学問なのです。
物理学、化学、天文学、考古学、生物学等を研究している学者たちの究極の目的は、何かを発見、発明、究明することといえるでしょう。
しかし、数学者の究極的な目的は、「美しい公式」を作ることなのです。
この数学の美学はデザイン技術にも大いに関係してきます。
デザインは、幾何学の延長・実戦であり、その根底には数学が欠かせないのです。
美しくなければ、数学ではない。
それなら、「0」は数学に必要でしょうか?
「0」の概念は見地によって異なってきます。数学によるそれはあまりに曖昧ではないでしょうか?
0を「無」とか「空」とか「虚」とか、その数式を織りなす起点として定義する数多くの言葉や記号で示すことが出来れば、「綺麗な数学」が作れると思うのですが……。
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