ショートストーリーズ

砂塔悠希

消失点

 イエスタディがかかっていた。

 仔犬がもの悲し気に俺を見る。

 そんな目で俺を見るな!俺になにも望むな!もう俺のことなどほおっておいてくれ!


 雨がふっていた。冷たい雨が俺の心まで凍らせていく。

俺はいったいどうすればいいんだ?


 俺がそこに迷いこんでしまったのは、四月のある晴れた日だった。空があんまりにも青くて、なのに俺の心は真っ黒なんで、あのあまりにも陽気な太陽の光が届かない所へ行きたかったんだ。

 町の一角に設置された太陽の光を遮ってくれるそこは俺の最も好む場所だった。いつもはそこを歩きまわることで俺の真っ黒な心が明るく白くなっていった。なんていうのか…そうこういうのを心が軽くなるっていうのかな、とにかく俺の心にも光がさしてきて、青空をみてもそんなに辛くなくなるんだ。

 けど、その時は違っていた。真っ黒な心は灰色にすらならず、かえってどんどんおちこんでいった。

 吐き気がするほどの邪悪な想念がそこに渦巻いていた。あの快良いほどのあおい光はどうしてしまったのか? 耳もとでささやく白い風はどこに隠れてしまったのか? いったい何故こんなに暗く寂しい所になってしまったんだ? そこをぬけると、また、恐ろしくまぶしい太陽の光が……

「――――――!?」

 太陽が消えていた。都市まちはひえきって行きかう人々の姿もなく、まるで死んだようにひっそりとした街並がそこにあった。大気くうきがやけに湿っぽく死臭をおびているような気さえする。―――なんだろう。なにかがおかしい。

 遠くの空で何かが光った。飛行物体か?いや、カプセル?なぜカプセルなんかが?

 ―――!?なんで俺にあれがカプセルだと理解わかるんだ?あんなもの見たことないはずだぞ。

 それでも俺はそれを知っていた。それがなぜ光ったのかも、そして、それがこれからどうなるのかも……

 カプセルが落ちてきた。計画通りだ。あと数分後にはあれが落ちてきてこの都市は塵芥と化してしまうだろう。その、キーポイントとなるのは…………空白?私のデータコーダーに空白が? いや、これは妨害だ。誰がいったい……?

 頭の中で何かが弾ける。危険!危険!危険!逃げろ!安全なところまで!走れ!あの場所へ!

 俺は走った。ただひたすらに。ふりむきもせず、邪悪の森へと。そして、一目散にシェルターへかけこむ。扉を閉ざし密閉されたガランとしたシェルのなかを見回す。と、奥の方でTV通信システムが警告を告げる。

『住民は至急、指定のシェルターへ避難しなさい。繰返す。住民は至急、指定のシェルターへ避難しなさい。』

 カプセルが落ちてきたんだ。あの消失バニッシングカプセルが。

 扉を叩く音がする。人達の怒声が響いてくる。

「開けろ!開けてくれ!誰かいるんだろう。開けろ!!」

 俺は怖くて扉を開けることができなくなっていた。どこからか迷いこんだ仔犬と二人抱きあうようにして、その怒声が悲鳴にかわっていくのを震えながら聞いていた。

     *      *      *

 何事もなかったように森はただ静まりかえっている。死臭をおびた大気があたりに充満していた。が、死体らしきものは何もなかった。全てが消えさっていた。俺は狂気の森を奥へ奥へと進んだ。

 なぜこれほどまでに進めるのだろう。こんな奥行きなどなかったはずだ。

 うっそうとしげった木々の間を進んでいく。この先には何があるのかわからない。いや、何があるのか俺は知っている。フネだ宇宙ソラとぶ船だ。俺は任務を終えてかえるのだ。あの故郷のまちへ。

 何だ? 何が? 俺以外の何かが俺の中にいる。俺は……俺は……?

 前方に光。―――出口だ。―――あの太陽のまぶしい町への出口。―――帰れるんだ、俺は。あの場所へ。

 爆発したのか? 船が? そんな…もう俺は帰れぬのか?故郷ふるさとまちへ―――

 一瞬の混乱。俺の中になにかがいる。ヒトであり、そしてヒトでないもの。ヒトのかたちをした異郷の者エイリアン。彼等はこの地球を彼等の住みやすいように変えようとしている。消失カプセルによって不純なる異星物を消して……

 好きにさせるものか!俺達の地球だ、異星人なんぞに渡してなるものか!

 ―――しばしの抵抗。俺の体を共有しているモノとの戦い。死にものぐるいの俺に勝利の女神は微笑んだ。そして、俺に残されたものは……

 俺は光を辿りあて、もとのあの都市へ戻る。柔らかな太陽の光の中で俺はゆっくりと記憶を手繰りよせる。小児こどものころから俺をささえ、力づけてくれたこの場所で。

 そしてふっと見上げた空の奥にまがまがしい美しさを見た。


―――オレガ アノヒトタチヲ コロシタンダ。

―――オレノ カッテガ タクサンノ ヒトヲコロシタ。

―――オレガ アノ えいりあんヲ コロシタ。

ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ


 木々を揺らして響くその声は木の椅子や遊具と共鳴しあい、いつまでもいつまでも不快な音をたてつづけた。そして音が消えた時、そぼふる雨の中に朽ちはてた一人の男があった。死んだ仔犬をだきかかえて……

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