第11話 掟の前で Vor dem Gesetz

 掟の前に門番が立っている。田舎から門番のもとへ男がやって来て掟への入場を頼んだ。しかし門番は、いまは入場許可を出すことはできない、と言う。男はよく考えてから、あとでなら入れてくれるのか、と尋ねる。「そうかもな」と門番は言った。「しかしいまは駄目だ」掟につうじる門は何時ものように開いていて、門番は脇へ退くと、男は屈みこんで門をとおし内部を見ようとした。門番はそれに気づいて笑って言った。「そんなに魅かれるなら、俺の禁止に構わず、入ってみるがいいさ。しかし注意しろ。俺は強いぞ。それに単なる最下層の門番にすぎない。さらに広間毎に門番が立っていて、どんどん強くなっていくんだ。三人目の視線には俺でも耐えられないだろう」このような困難を田舎から来た男は望んでいたのではなかった。誰にだってどんな時だって掟を得られるべきだ、と彼は考えたのだが、毛皮の外套を着た門番の大きな鼻や、長くて薄く黒々としたタタール人風の髭をよくよく見つめた今、入れてもらえるまで喜んで待つことにした。門番は彼に背もたれのない椅子を与えて門のわきに腰かけさせる。幾日と幾年そこに座っていた。彼は入れてもらおうとして多くを試みて、頼みすぎて門番をあきれさせた。門番は何度か、時間は短いが、彼の話を聞いてやった。故郷だったり、他の多くのことについて尋ねるのだが、立派な紳士がするような興味のない質問なのであり、終わると、まだ入れてはやれないと繰り返すのだ。旅支度を整えてきた男は、門番を買収するためにその価値があるであろう物をすべて使う。この門番はそれをすべて受け取ったが、その際に「俺は受け取りはするが、それでお前が、何かを逃したとは思わないことだ」と言った。多年にわたって間断なく男は門番を観察していた。他の門番のことを忘れ、この最初の門番が掟に入るための唯一の障害であるかのようにみえる。彼は不幸な災難を愚痴り、最初の年月は遠慮なく口に出してしていたのだが、後に彼が老いると、ただぼんやりとぶつぶつ言っているだけになった。彼は子どもみたいになって、長年の門番研究の中でその毛皮の襟にノミを見つけたとき、俺を助けてくれ、門番を説得してくれ、とそのノミに頼み込みさえした。終に目のひかりが弱くなり、彼はあたりが本当に暗くなったのか、それともただ目のせいだったのかが彼にはわからないのだった。しかし彼はいま暗闇の中にある煌きを認める。それは掟の門から消え失せることなく発生している。もう長くはない。死を目前にして脳裏に全時間のあらゆる経験が集まって一つの問いに、いままで門番にはまだ立てたことのなかった問いになるのだ。こわばった身体はもう直立することができず、彼は目くばせした。門番は深く屈みこんでやった。というのも目線の遠さが男には不都合だったからである。「いままだ何を知ろうというのか?」門番は尋ねた。「飽きないもんだ」「すべての人々が掟を求めるというのに」と男は言う「どうして、長い間ずっとわたしの他に誰も入れてくれと求めないんだ?」もう男が末期であることを門番は悟り、彼の失われていく聴力に届くように怒鳴りつける。「ここには他に誰も入れないのさ。なにせこの入り口はお前だけのものと決まっていたのだからな。俺は行くぞ、ここを閉める」

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