Die Werke von Franz Kafka

中澤一棋

第1話 山への遠足 Der Ausflug ins Gebirge

 モチベーション維持のためにとても拙いですが、訳しています。一応参考に吉田仙太郎訳を参照。


「山への遠足」


 「知らない」とわたしは声にせず叫んだのだ「そうだ、知らないんだ。誰も来ないなら、それはほんとうに来るものは誰もいないということだ。わたしは誰にも悪いことをしなかったし、誰もわたしに悪いことをしなかったのだけれど、たすけてくれようとしたこともないのだ。ほんとうに誰もいないんだ。でも、そうじゃない。誰もわたしをたすけてくれないということ、それをのぞけばほんとうに誰もいないということは素晴らしいはずなんだ。わたしはぜったいに快く——どうしてしないだろうか——ほんとうに誰もいない集団とともに遠足へいくだろう。もちろん山へ、ほかのどこへいくというんだ? その誰もいないがひしめきあい、その何本もの腕は水平に伸ばし組み合って、その何本もの脚はほんのちょっとの歩幅で歩いていくのはなんてことなんだ! とうぜん、みんな燕尾服を着てるんだ。わたしたちはララ、こうしていく、わたしたちの隙間、わたしたちの四肢のひらく隙間を風がいく。喉は山では解放される! わたしたちがうたわないなんてことは、あるはずがないんだ」


   ***


 短編集『観察』所収。

〈とわたしは声にせず叫んだのだ〉rief ich ohne Klang以外は台詞で構成されている。『観察』にはこのように台詞が長く、そのためにそれを忘れ、地の文だと錯覚しながら読んでしまうものが幾つか含まれている。たとえば「商人」では台詞中で窓外の風景を描写しているし、「拒絶」は男女の会話というかたちをとっているが服装の描写が含まれている。今回は描写というよりは思弁だが、そもそも描写対象が不在であるということが特徴としてあげられる。〈誰もいない〉Niemandをどう訳すかがまず悩む。英語のno manにあたる語を名詞化しているので新潮版全集のようにニーマントと音で訳してもいいと思われる。吉田訳ではその都度変えていて括弧で括ったりしている(もちろん原文には括弧はない)。ここではすこし無理やりだが〈誰もいない〉で通した。Niemandはひしめきあい、くんずほぐれつしながら、少しずつ進んでいき、〈みんな〉alleになり、〈わたし〉もそこに含まれ、〈わたしたち〉wirになり、声にならない叫びが、〈ララ〉lala、歌になる。この短編は彼の手によって死後出版された『断食芸人』所収の「歌姫ヨゼフィーネ、あるいは鼠族」と共通している。ヨゼフィーネは歌ではない歌をうたい、民族の英雄にふくまれていく。わたしたち、になるのである。

 しかし、それよりも興味深いのはNiemand=不在の問題である。

 アンリ・ベルクソンの失語症の考えをここに見出すことは可能なのではないだろうか。つまり不在とはその不在の分それだけ過剰であるということ。伝達の次元でさえ言葉は対象物を指示するのと同時にその不在をあばきたてる。〈誰もいない〉ということが単なる孤独ではなく、むしろ過剰なもの、言葉の反乱であるということをカフカが捉え、それが山を歩き(ちなみに山である必然性はおそらく十七歳のときにゼルマ・コーンという女性に残した言葉が関係していると思われる。そのなかでは言葉に含まれる力について登山者や坑夫、山の比喩を用いて考察している)わたしと同化することで、喉は自由になり(これにはカフカの晩年や「断食芸人」に思いを馳せずにはいられない。彼は血を吐き、喋れなくなって息を引き取った)みんなで歌をうたう、なんという生命力に満ち足りた不在なのだろうか。歌がそのなかでどういう位置を占めるのかはまだわからないが(ドゥルーズ・ガタリのようなもたげる頭=音楽=不服従=脱領土化のような考え方で済ませていいのかは疑問だ)『ツァラトゥストラはかく語りき』の四部、貴人たちとの輪唱のようでもある。ゼルマの記念帳に情熱的な言葉を書き残したとき、彼はニーチェの著作を彼女に読み聞かせていたのであり、おそらく意識していたはずだ。

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