はじめてのいせかい。

犬白猫黒

0 はじめてのおわり

 最初に感じたのは暖かさだった。

 布団にくるまれて寝かされているという感じじゃない。

 これは……お風呂の中? 

 ふわふわと頭の先までどっぷりと潜って、ゆらゆら漂っているような……ってソレ不味くない!?

 ヤバイという思考とは裏腹に、なぜか心はとても穏やかで……不思議な安心感がある。

 沈んでいるとしたらかなりヤバいんだけど、特に苦しくもないし……まぁいっか。

 それにきっとだれか側にいるだろうし、危ないなら助けてくれるだろう。

 全力の他力本願。

 私を知らない人がいれば、自分でなんとかしろよ! お前の命だろ! もっと熱くなれよ!! とどこかの暑苦しいファイヤーマンみたく突っ込みが飛んできそうだけどそれは無理な話。

 だって私は、生まれながらに障がいを持っていて身体を動かすことができない普通の女の子なのだから。


 普通じゃない、という意見はとりあえず受け付けません。


 それは、ともかく……

 誰かが手伝ってくれないと、ごはんも食べれないしトイレもできない。

 お風呂だって入れないし着替えも無理。

 寝返りだって人の手を借りないといけないぐらいだ。

 小さい頃からリハビリや訓練をしていたので全く動けないわけじゃないけど、介助が無いと殆どなにもできない。

 近くに誰かがいるのはごくごく当たり前のことだった。

 だから……


 一人がこんなに寂しいなんて思わなかったなぁ。


 時間がたつにつれ、ぼんやりしていた頭がはっきりしてくる。

 真っ暗で何も見えないのは目をつむっていたからだと思っていたけどそうじゃなかった。

 物音ひとつしない、人の気配もまったく感じないこの世界をゆらゆら漂っているのは……

 そう、私が死んでしまったからだ。


 病気がちで身体に障がいを持って生まれた私は、長く生きられないだろうとお医者さんに告げられていた。

 20歳まで生きれたのは、ひとえに家族や友人、お医者さんにヘルパーさんと沢山の人に助けられていたからだ。

 未練が無いことはないけれど、最後が来ることは覚悟していたのであんまり怖くはなかった。

 最後まで一緒にいてくれた家族にも声をかけれたし……

 ちゃんと言葉になっていたかは微妙な所だったけど。

 思い出して苦笑していると、寂しさがどっとあふれ出てくる。

 優しかったお父さんやお母さん。

 色々面白かったオタクなお兄ぃ達。

 もし生まれ変わることができたならその時は……


 めちゃくちゃ元気で丈夫で頑丈で、パワフルに動きまくれる身体になってやるからね!


 と、心の中で締めくくって……ひとまず感傷を押し込める。

 死んでしまったものは仕方が無い。

 悲しんでても生き返るわけじゃないし、夢枕に立てたところで余計切なくなるだけだもの。

 ふぅ、と一呼吸。

 とりあえずの問題は……


 この後、私はどーなるのん?


 死後どうなるのか。

 ネットや漫画で色々死後の世界を見てはいるけれど、あんなの全部架空だろう。

 実際ここは素敵なじごじご地獄でもないし、酒は美味いし姉ちゃんはきれいな天国でもなさそうだ。

 あるのはただただ真っ暗な世界。

 見下ろすように視線を動かしてみても ――まぁ動いてるかどうかわかんないんだけど―― 身体がどうなってるのかも確認できない。

 大声を出してみようと思ったが、声は出せないみたいだった。


 ……うーん……超暇だ。


 じっとするのはプロ級に得意だけども、何にもしないのは得意じゃない。

 どっちかというとわいわい喋ったり、ガチャガチャ音楽を聞いているほうが落ち着くタイプだ。

 パソコンとかあれば集中して動画やら小説やら見れるんだけど……そんなものあるわけがない。

 なんとかここから移動できないだろうか。

 いつもの癖で、ベッドや電動車椅子を操作するように手を動かそうと力を込め……

 力いっぱい持ち上がった腕がものっすごい勢いで暗い空間にぶつかった。


 うえぇ!?


 その衝撃でグラリと大きく身体が傾きながら、初動に連動して手足がバタバタ動きだしてプチパニック。

 あっちこっちに手足や身体をぶつけながら、それをしているのが自分だということに気づき。


 う、動かせてる!!? 身体動かせてるよぉおおおおお!!?


 止めるどころか調子にのってさらに動かした。

 手足はもちろん、腰に肩、腹筋背筋、首を上上下下左右左右BA!!

 体中に熱が入ったように全力全開で動かしまくった。


 すげーーー!すげーーーーー!!!ちょーーーすげーーーーー!!!


 もはや女の子だというのも忘れて暴れに暴れ、ぶつけにぶつけ、体力が尽きてくる頃にふと気づいた。

 真っ暗だった空間が光に満ちていることに。

 何処から光が漏れているかなんて、視界を動かさなくてもわかった。

 黒い空間のあっちこっちにヒビが入ってるんだこれ。

 しかも現在進行形でビキビキ割れている。


 やば、なんかやらかした感が……


 そう思っても時すでに致命傷。

 大きくなったひび割れが剥がれ、身体が何処かへ落ちていく感覚。

 慌てて抵抗するも、遊泳経験のない私に抵抗なんてできるわけもなく。

 あっさり私は光の世界へ吸い込まれた。


 こうして私は、新たな命として生まれたのだった。


 なぜか卵から……

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