三十九、きらきらした三つ目

 アイルーミヤは膝にクツシタを乗せ、ルフス将軍から届いた山のような実験資料を読み込んでいる。

 ルフス将軍の集めた技術者達は、飛行による輸送と兵器開発を目指していたが、いずれも断念していた。

 あまりにも魔法の力を使いすぎる。普通の荷馬車、弓矢や投石機に対する利点が見られず、試作はされたが玩具の域を出るものでは無かった。

 魔法の力の消費量は、自然の力の神出鬼没の術に似ていた。移動の四つの要素、大きさ、重さ、距離、速度のいずれが大きくなっても急激に増加する。移動させるという概念は力の源が違ってもそうは変わらないのだろう。


 これでは、天降石の源の調査など夢のまた夢だ。翼の無い生き物は地面を歩いていろ、と言うのか。

 窓の外から小鳥の鳴き声がし、クツシタは目を閉じたまま耳を動かす。猫の眠り、なのだろう。


 考えはあった。魔法のみで飛行させるのではなく、他の技術と組み合わせる。例えば、滑空のみ可能な大きな翼を持つ荷車を作り、魔法は離陸と高度維持、針路決定のためにだけ使う。そうすれば消費量を抑えられる。

 その方向で行こう。まずは模型を作成し、実証実験だ。アイルーミヤは新しい記録紙に実験計画の口述を始めた。


「これは面白い」

 秋の終わり、庭をゆっくりとの8の字に飛び続ける模型を見、ローセウス将軍は微笑んだ。面白そうなものを見つけたエースが厩舎からやってきて追いかけている。

 模型は人が手足を広げたような形と大きさで、木の骨組みに布が張ってある。腕に当たる翼は長い。木の実の籠をぶら下げ、人の身長の二倍ほどの高さを飛んでいる。

「消費量は?」

「一日飛んで、炎塊百発分ほど」

「それで、籠一つか。荷を増やすか、もうちょっと速くならないか」

「まだ実験中だから。効率は上げられると思う」

「それに、あの飛んでいる物、ああいう専用の物が必要なのか」

「確かに気の利いた解決法ではないけれど、過去に行われなかった方法を試したい」

 ローセウス将軍は模型を見上げた。目を細めている。

「魔法の力は、骨組みそのものに溜めているようだな」

「いっぱいに溜めて半日程は飛べる。溜めるのと自動制御は魔法罠の技術を応用している」

「今後の予定は?」

「高度維持を改良したい。力の大半を使っているから。使わない方法がないか考えている」

「いっそ、魔法無しで飛ばないか」

「それも考えている」

 からかったような口調のローセウス将軍に対し、アイルーミヤは真面目だった。


「アイルーミヤはどうだ? 飛行実験は上手く行っているか」

 太り気味に育ったタロンを卓上に乗せ、ルフス将軍が水晶玉から聞く。

「年明け早々この寒いのに、今も実験してる。空気が冷えたほうが都合がいいんだそうだ」

「熱気嚢と言ったな」

「そうだ。これはひょっとするかも知れないぞ。戦闘用でなければ実用が見えてきた。空気を暖めるだけなら大した消費じゃない」

「私も、兵器化しないのであればいい考えだと思う。前に開発していた時はそれが目的だったから、あんな図体だったら認めてなかった」

「まるで、自分だってできたのにって感じだな」

 ローセウス将軍がからかう。まだ新年の酒が残っていた。

「はは、負けは認めるよ。アイルーミヤの子供っぽい所も役に立つ」


「飛行船、と言うのだそうだ」

 笑うルフス将軍に言った。

「飛行船?」

「そう。船に例えている。浮かぶのに魔法の力で空気を熱する以外は帆を張って推進力を得るつもりだ」

「考えたな」

「それと、兵器化の話だが、アイルーミヤは別の提案をしてきた」


 ローセウス将軍はかいつまんで説明した。話の途中からルフス将軍は身を乗り出してきた。


「つまり、気嚢の空気を暖める程度ではなく、もっともっと熱していくのか。するとどうなる?」

「高温高圧になった空気や水を噴き出せばかなりの推進力となるだろうという予想を立てている。これなら兵器として役立つ位には小型高速化が可能だ」

「なぜそっちの方を今すぐ確かめないんだ?」

「そんな高温高圧を収めておく容器がない。しかもそれは噴き出す方向を制御できないといけない。そう簡単には作れないぞ」

「そうか。容器の強化や制御に魔法の力を使ってもいいが、あまり利口じゃないな。魔法の力はあくまで熱する事に使うと言う簡単さが台無しになる」

「どうだ、ルフス将軍。この計画にも乗るか。実を言うと資金や物資面で苦しい。アイルーミヤの玩具造りをいつまでも後援していられない。例の調査隊も第二次、三次と送らなければならない」

「分かった。協力しよう。ところで、そっちの方はどうなってる。最新情報は?」

「残念だが、報告書通りだ。アイルーミヤは良い調査をしたよ。次回調査からは我々の干渉、または管理を認めさせる方向で動く」

「頼む、ならヒコバエたち森の中立連中は引き続き私が抑える。手は出させない」


 水晶玉の向こうではタロンがあくびをした。ルフス将軍が遠い目をして言う。

「なぜ、私の部下たちはアイルーミヤのような発想が出来なかったんだと思う?」

「それはあなたが一番よく分かっているだろう」

「そうだな。技術者の発想を子供のような思いつきだと言って潰し、すぐに兵器化出来る結果を早く出すよう求めた。言い訳するんじゃないが、あの時は必死だったからな」

「分かる。今みたいな金と時間の使い方は、光の女王と戦っていた時には出来なかった」

「平和だからこそ、か」

 ルフス将軍は飲んでいる。会議中だが、新年は規律を緩めるらしい。杯をあおって言う。

「ところで、アイルーミヤの冒険は止められるのだろうな」

「難しい。止めようがない」

「いっその事、冒険官、とか何とか役職を作るか」

 笑えない冗談だな、とローセウス将軍は思った。


 ローセウス将軍は深く座り直した。ため息をついて言う。

「なあ、この頃考えるんだが、結局アイルーミヤの思う通りになりそうだとは思わないか」

「魔法が無くなるのを食い止めようと言うなら、アイルーミヤの言う通り、天降石の調査が必要になる。天降石の源、超々高空か、この世の外の世界への調査行を行わないと、な」

「我々はアイルーミヤのきらきらした三つ目を後ろから指をくわえて見てるだけか」

「どうした、ローセウス将軍。羨ましいのか」

「それはルフス将軍もだろう」

 二人はお互いの肩書をわざとらしく発音した。大笑いし、会議だと言うのに酒を運ばせて飲んだ。新年だ。飲もう。

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