三十五、陥没

 大森林地帯の入り口辺りまではただの旅行だった。探検隊ではなく独りなので食料も現地調達で十分間に合い、持参した分には手も付けていない。気候も予想より穏やかで、もう少し荷物を軽く出来たかなと思うほどだった。

 あの力の感じ方は額の目が開いても特に変わらなかった。一日程度では気づかないが、数日から十日ほど経つとその弱まり方がはっきりする。行程が楽なだけに先を急ぎたいという焦りばかりつのった。


 大森林地帯に入っても、何かが急に変わりはしなかった。草木や生き物は同じだし、山や谷、川は当たり前だが今までの地形の続きだ。道は無いが、それは分かっていた事だった。

 しかし、ここは魔境ではないが、探検隊の記録が心に常に引っかかっていた。半数を失うというのはただ事ではないし、そんな重大事の記録を残そうとしなかった理由は分からない。


 けれど、今の厄介事はそんな大げさなものではなく、虫だった。春になって現れた虫どもがアイルーミヤにたかる。虫除け草を背中に差したが、これはこれでひどい臭いがする。しょうがない、こっちの方がましだと思って我慢する。


 時々気配を感じるたびに生命探知をするが、ここらへんの生き物は積極的に近寄ってこようとはしない。巨人や獣人も感じるが、彼らは一定の距離を保ち続けるか、離れていくかだった。その方が助かるが、土地の者に最新情報を聞いておきたくもあった。


 低い山に登ると、頂上からヒコバエの話した通りの実験領域が見えた。広大な土地がほぼ円形に陥没し、境は垂直な崖になっていた。向こう側はかなり霞んでいる。ここからでは降りられるかどうか分からないが、見た感じでは専用の装備なしでは無理そうだった。

 力の感じはその中心方向を指していたが、大きさがはっきりしないので位置が分からない。ここまでくれば分かるかと思っていたが、やはり今の位置から円周に沿って移動し、感じる方向が交差する点を確かめなければならないだろう。

 はやる気持ちを押さえ、アイルーミヤは翌朝、円周に沿って北方向に回り込み始めた。北である理由は特に無かった。朝食を摂って立ち上がったらそっちを向いていたと言う程度の理由だった。

 歩き続け、休憩や食事、野宿のたびに方向を測る。交差点は陥没した領域の中心近辺になっていた。やはり、ここのようだ。

 円周を四分の一移動した所から測っても結果は変わらず、山の頂上から引いた線と直角に交わった。その交差点は、円形領域の中心付近だった。


 さて、どうしようか。アイルーミヤは崖ぎりぎりまで接近して周囲を見回した。遠くから見た通りで、降りるのが不可能な高さではないが、装備なしには危険すぎるし、そもそも戻れない。

 ぐるりと一周して今の装備で昇り降り出来そうなところがないか探してもいいが、時間の無駄になり、夏の大嵐になると困る。あきらめて引き返し、装備を調達して戻ってくるしかないだろう。最善の策を探して迷うより、素早く決断した次善の策のほうが効果的であると、アイルーミヤは過去の戦いで学んでいた。


 その夜はそこで野宿した。報告を送信する。夕食が終わった頃にローセウス将軍から返信があり、アイルーミヤの決断に賛成していた。装備については引き続き個人財産から出してくれるという。アイルーミヤは、後援を記念し、探検が終わったらこの地形を『ローセウス陥没』とでも名付けようかと思った。

 いや、勝手な命名をすると、ヒコバエに怒られるか。

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