三十四、乳離れ

 出産は思っていたよりあっけなかった。アイルーミヤの部屋で明け方に始まり、昼前には後産が出きった。クツシタは全部食べ、水をよく飲んだ。

 仔猫は三匹。黒白の牛柄二匹と茶白一匹だった。

 これ以降、アイルーミヤの部屋に静寂は訪れなくなった。腹が減ったと言っては鳴き、母がいないと言っては鳴いた。か細いが、力強い。矛盾した印象だが、そうとしか感じられない声だった。


「こんな小さな身体のどこから出てくるんだ」

 ローセウス将軍は鳴き声に感心している。幸いクツシタは神経質な方ではなく、見慣れた者が触るのを気にしなかった。

 仔猫を見た者は、クツシタに、と言って食べ物を持ってくる。そのため、産後の経過は良く、乳の出も問題なかった。


「その、茶の子を引き取れないか」

 水晶玉で仔猫を見たルフス将軍から予約が入った。乳離れしてから引き渡す事になった。

 クツシタと牛柄二匹はここにそのままいられる。ただし、鼠退治の任務を割り当てられた。


 雪が降り、積もり、融ける。繰り返している内に融け残りが少なくなってくるのが分かるようになった。

 仔猫たちは、目が開き、自分の足で立ち、腹をこすらない移動が出来る。耳も頭の横ではなく上に来た。


 アイルーミヤは準備を始める。重装備だが、武装は不要だ。分厚い生地の全身を覆ういつもの旅行服と寝る時にも使える大きめのフード付きマント。油で防水加工した革靴と補修用品。革の肘、膝、脛当てをつける。革鎧を勧められたが、歩きにくくなるので断った。大森林地帯を抜けていくのでハヤブサ号は使わない。

 刃物と言えそうなのは小さめの手斧と短剣二本。短剣は重さの点で迷ったが、道具として応用が効くので持っていく。

 それから通信紙は多めに用意した。

 後は野宿を想定した旅行用品を背負い袋に詰めた。まだ余裕があるが、直前に乾燥食料を入れる。


 春になってくるにつれ、ヒコバエの言った通りになってきた。力を感じるのだが、弱い。このまま続けば、夏頃には感じなくなってしまうだろう。


 昼になると、庭は暖められた空気と湿気でもやもやするようになった。

 仔猫たちは跳ね回って遊んでいる。城と庭は彼らの領地だったし、それに異を唱える者はいなかった。


 そろそろかな。アイルーミヤはローセウス将軍に話をした。彼女は頷いただけだった。


 出発当日、遠慮したのに東の森の外れまで数日の旅に付き合ってくれた。荷馬車を仕立ててクツシタと仔猫たちも連れてきてくれた。ルフス将軍とも現地で落ち合い、ついでに茶白を引き渡した。

「この子は鼠を獲るかな」

 アイルーミヤは答える。

「クツシタの子です」

「そうだな。でもクツシタは寂しがらないか」

「大丈夫。もう乳離れしています。最近はまとわりつくのをうるさがるようになったから」

「そうか。なら連れて帰ろう」


 ルフス将軍は仔猫を抱えたままアイルーミヤに真っ直ぐ向き直った。

「気をつけろ。無理はするな。前の探検隊の事もある。危ないと感じたら逃げろ。この場合の撤退は恥じゃない」

「ルフス将軍の言う通りだ。無事帰還も含めて調査任務だぞ」


 ローセウス将軍が抱いたクツシタを近づけてくれた。アイルーミヤはその頭をなでた。その瞬間、絵のような印象が流れ込んできた。彼女は一瞬混乱したが、魔法言語に似ていたので、心の中でそれを言葉に直した。


『三つ目の 仔猫 乳離れ。好きな 所へ お行き』


 同じ言葉で返事をする。


『ありがとう 母さん。 行って きます』


 クツシタはローセウス将軍の腕を抜けると、荷馬車へ帰って行った。


「アイルーミヤ、額」

 クツシタからアイルーミヤに目を戻したローセウス将軍が喜んでいる。ルフス将軍も目を見開き、それから嬉しそうに笑った。

「三つ目に戻ったな」


「今、クツシタと話が出来ました。意識が流れ込んできて」

 将軍二人は笑っている。アイルーミヤは笑顔の二人に見送られ、森に入っていった。


 探検が始まった。日差しはもう春だった。

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