第26話 お約束のやり取り、したほうがいいかしら

「行きます!」

 爆裂めいた踏み込み音を響かせ突進。キィルキュースは盤石の構えのまま動かず、迎撃する心積もりのようだ。怯まず進み刃の間合いに入った瞬間、下側左右の腕が動いた。

 スライディング気味に姿勢を低めると、頭の直上で交差した剣がピーシャのピンク色の髪を騒がせる。間髪置かず、残っていた上側の双剣が振り下ろされた。

 スライディングで足先にかかった体重をバネとして使い跳躍。たたんだ足の下を刃がかすめ、制服のスカートを煽り上げた。

 空中のピーシャはキィルキュースの額に目掛けて、瞬速最短、雷槍の如き突きを放つ。

 が、視界の上端から飛来する見えづらい攻撃を、キィルキュースは首をすくめるだけでかわして見せた。

 ピーシャの超級の集中力は、竜人の首の筋が動いた瞬間に攻撃が回避されると予測していた。拳を撃ち抜くと同時に引き戻し、使った背筋力を柔らかくねじりながら腰へと伝えて、後ろ回し蹴りで牽制しておく。

 これもたやすくさばいたキィルキュースは、少女が着地した瞬間にその柔肉を寸断するため四本の腕の配置を整える。


「オクルリッジ!」

 腕をねじって回したピーシャは、キィルキュースの真後ろに着地。完全にキィルキュースの注意を振り切った!

 両足を大きく開き、腕を引き絞りエネルギーを集束させる。爆発的に解放させ、豪風巻く掌打が竜人の背筋を爆ぜ飛ばした。

 だが、竜人の頑健な肉体が吹き飛ぶことはなく、渾身の攻撃にも軽くたたらを踏むだけだった。

 ピーシャはもちろん反撃を警戒していたが、足元の死角から急角度で襲いかかった尻尾には反応できなかった。太く強靭な尻尾が腹部にまともに入り、少女の身体は高く吹っ飛ばされる。

「風の精霊シルフよ! その腕で彼の者を包みたまえ、ウィンディフィールド!」

 落下していたピーシャは、ふわりとしたなにかに受け止められた。風によって作られた透明な手としか言えないようなものだ。ピーシャを地面に下ろすと、風の手は霧散した。


 アルケインに礼を言う間もなく、キィルキュースが突進してくる。極端なほど低い姿勢だが、翼と尻尾でバランスを取り迫る様は、まさに巨竜の如き圧を発している。

 ピーシャへ向かうキィルキュース――その横手から声が上がった。

「火の精霊サラマンダーよ、万物を焼却する壁をとなれ、フレイムウォール!」

 老魔法使いの手元で触媒の石が光へ散ると同時、キィルキュースの鼻先で炎が噴出。完璧なタイミングで生まれた赫々たる猛炎は、キィルキュースの突進を自滅への道に変えるはずだった。

「ぐるううううああああああ!」

 四本の剣と両翼が一斉に走り、剣圧と風圧を重ね合わせた爆風が炎の壁を打ち砕く。火の粉を引くキィルキュースは、急旋回してアルケインへと向かう。

「お願い、オクルリッジ!」

 ピーシャはキィルキュースの真後ろへ転移。尻尾の迎撃は予想済みだ。尻尾を低い姿勢でくぐり抜けて、すくい上げる掌打を放とうとした時、息を詰まらせて止まらざるを得なかった。

 竜人の右上腕が、信じられない柔軟さを見せつけていた。切っ先が真後ろを指している。

 額の高さで突き出された剣を、危うく屈んでかわす。翻ってきた尻尾はさすがに避けきれず、腕を重ねて防御する。

 ピーシャを退けたキィルキュースは、迷わずアルケインへと距離を詰める。広範囲高威力の魔法は、やはり厄介らしい。古強者は風の精霊の力でふわりと逃れるも、竜人もまた翼を操り飛翔する。


 突っ込んでくるキィルキュースを、ぎりぎりまで引きつけたアルケインは背後にしていた石柱を蹴って脱出。翼を駆使して、石柱に激突する寸前で急停止したキィルキュースは、またも策にはめようとしたアルケインを忌々しげに睨む。

 アルケインはのらりくらりと逃げているが、空中戦では翼と尻尾を持つキィルキュースが有利だ。いずれ追いつかれてしまうだろう。

 転移魔法では割り込みづらく、地表で歯噛みするピーシャは、くねくねとのたうつキィルキュースの尻尾にふと目を止めた。


 にゅふふ、と忍び笑いをもらし、魔法で石柱の高所へと転移。しがみついたままで、息を殺して機を窺い――その時が来た。キィルキュースが背を向けた眼前を通過しようとしている。

「ふんぬわぁ!」 

 自分でも謎な掛け声でキィルキュースの尻尾に飛びついた。キィルキュースのたくましい身体に比べれば体重などたかが知れているが、転移ではなく飛びかかりなので落下の勢いがある。いきなり重みが増したのはさすがに驚いたようでキィルキュースの動きが止まった。振り落とそうと尻尾を動かした時にはもう、手を離している。

「オクルリッジ!」

 尻尾がある後下方向に注意を向けていたキィルキュースは、正面上から出現した相手に反応が遅れた。

 後ろ向きで出現したピーシャは、キィルキュースがどんな驚いた顔をしているのか見れなくて少し残念だ。振り返ると同時、旋回力を衝撃力に変換した拳を胸板に叩き込んだ。

 爆裂音が轟く。厚い筋肉を打ち抜いた衝撃はキィルキュースを砲弾のように吹き飛ばし、石柱の中ほどへとめり込ませた。だけど、この程度で倒せる相手ではない。着地したピーシャは、油断なくキィルキュースを見上げる。


 キィルキュースはごろごろと唸り声を鳴らしたかと思うと、突如跳躍。翼を打ち、急降下してきた。

 速い! 竜の翼で得た速度だけでなく、剣を寝かせて鋼の翼として大気を斬り裂きながら突進してくる。猛禽類の如き、超高速滑空だ。耳が痛くなる高音が鼓膜に触れた時にはもう、キィルキュースは目の前にいた。

「オクルリ――うぁ!」 

 一言発する間もなく、刃に腕を深くえぐられた。錐揉みになりながら吹き飛び、地に這いつくばる。

 アルケインが魔法を発動させ、岩石の弾丸を連射。キィルキュースを追い払う。

「ユインフェルト君! しっかりしなさい」

「大丈夫です。まだまだいけますよ」

 ピーシャは立ち上がって、首元の汗を拭った。

「でも、つっよ……」

 全力の突進を迎撃され、真後ろからの奇襲にも反応された。ミュティアに伍する剣士としての力量に加えて、翼や尻尾を使った動きはかなり予測しづらい。

 竜形態のキィルキュースの火力は凄まじいものがあった。でもそれは人間相手には過剰なものだ。竜人となって、小回り、対応力、柔軟性を獲得し、破壊ではなく戦闘に特化した存在になっていた。


「済まないな。癒やしの精霊とは相性が悪くてね。それとも、傷口を焼却して出血を止めるほどの深手かね」

「ひぃっ。こうしてれば治りますから」

 傷口を押さえる。少々痛くても、こうして意識を集中することで魔力もまた集中しやすくなり、傷の回復も早くなる。

 アルケインは本当に心配してくれているけれど、歴戦の猛者の発想はちょっと物騒だ。

「オクルリッジ、だったか。さっき喫茶店で聞いた時は正直ピンとこなかったが、実に興味深い魔法だ」

「そうそう! 精霊の正体掴みましたよ、橋の精霊です。橋の精霊オクルリッジ」

 アルケインはしばらく絶句していた。

「とんでもない成長速度だな。それだけ大変な経験をしてきたのだろう……よかったよ、君のような熱心な生徒が報われる時が来て嬉しく思う」

「いやぁ~えへへ」 

 キィルキュースは、話している間もおもしろがる顔で滞空している。策があるなら見せてみろ、と言った顔だ。

 アルケインは年の功というやつか、お互い邪魔にならないよう上手く立ち回ってくれている。でも正直なところ、アルケインと組んでも勝てる気がしなかった。邪魔にならない程度の連携では、あの戦闘神に届かない。

「ソヘイラーちゃん……」

 無意識に出たつぶやきは、離れたところで作業しているソヘイラーに聞こえたはずがない。でも、聞こえたようなタイミングで振り返った友達に、ピーシャはぱっと心が明るくなる。

 対して、ソヘイラーの顔は苛立たしげどころか怒り狂っていた。ゾハルからこちからへ歩いて来ながら、首を横に振る。

「私たちがさっきまでいた世界の存続は確認したわ。魔法は使えるけれど、異物排除機能も健在よ。それから……マスターのいる世界も無事です」

 アルケインは曖昧にうなずく。ゾハルについてよく理解していないが、ひとまず安心といった感じだった。

「でもやっぱりキィルキュースの言う通りだわ。ゾハルは機能を停止している」

「どうすれば……」

 ソヘイラーを排除しない限り、警備虫は無差別に殺戮し続ける。ミュティアが食い止めてくれるにしても限度がある。ソヘイラーを死なせず警備虫を止めるためには、世界の仕組みを変えなければならず、そのためにゾハルの力が必要だった。

 ソヘイラーは怒りが一周回って冷静になったらしく、皮肉げに唇を上げた。

「お約束のやり取り、したほうがいいかしら」

「それって、『私が犠牲になればみんな助かるの!』で、『そんなのおかしいよ、一緒に助かる方法考えよう!』ってやつ?」

「結局言ってるじゃないの」

「ソヘイラーちゃん、こんなこと言わないでしょ」 

「誰の命も失いたくないのよ。もちろん自分のもね」

「あはは。そっちは言うと思った。じゃあ、一緒に助かる方法考えよう!」

 ソヘイラーはころころと笑う。

「それも言うと思ってたわ。ひとまず……もうここにいる意味は薄い。キィルキュースは適当にあしらって――」


「それでいいのか?」

 宙空からかかったキィルキュースの思わせぶりな声に、三人分の訝しげな視線が返される。竜人はおもむろに右下腕に持っていた剣を右上腕に移し、驚異的な握力で二本の剣を握った。 

 空いた右下腕を、自分の腹へと突き込む。

「なっ……!」

 血も流れずに、腕がずぶずぶと沈んでいくのはかなり奇妙な光景だった。やがて戻って来た腕が、金に輝く小さな板を掲げる。

「これが世界に残った最後の奇跡だ。望み通りに世界を変えるといい。ただし、過去に戻るのは不可能だ。その可能世界はすでに消滅させた」

 一方的に説明すると、キィルキュースは金の板を口から飲み込む。その口が愉快げに歪んだ。

「あなたを倒して、その金色の板を奪うしか私たちには望みはないと、そう言いたいのね」

「もしかして、最初からそのために……!」

「過去の変更可能性を消したのも、正真正銘命がけの勝負がしたいからね」

 ソヘイラーの聡明な理性は、狂気の思考の結末さえも導いてみせた。だが、そんなものは認められないと、溶岩のように煮える思いに身体を震わせて少女は叫ぶ。

「そんなことのためにっ! そんなことのために! どれだけの世界が! 命が! 消えたと思っているのっ!」

「すべては至尊の闘争のためだ」

 キィルキュースは自分の正しさを確信している顔で言い切る。

「話の腰を折るようで済まないが、ゾハルというのは過去に戻る力まであるのかね」

 アルケインが、困惑した顔でささやく。ソヘイラーはキィルキュースを睨みつけていて、耳に入っているのか怪しい。

「ええっと、過去に戻ったり、色んな可能性の世界、あ! もちろん完全に別の世界、エミリアさんがいる世界……にもある? 全部の中心? みたいなやつです」

「やれやれ。あなたに任せた私が悪かったわ。友達の要領を得ない説明について申し訳なく思います、ロード。おおむねのところ、いまの説明で了解していただければ」

「私だってよくわかんないのに無理して説明したんだから褒めてよっ! ソヘイラーちゃん怒ってるから、私も先生も気を遣ったのっ。……もちろん、私も怒ってるけどさ」

「世界の中心……最後の奇跡か」

 古強者の眉間に深いシワが刻まれ、双眸が鋭くとがる。さっき見えた鷹のような眼光だ。

「やってやろうじゃないか」

「やるしかない!」

「あの戦闘狂の思惑通りなのは気に入らないけれど、是非もなしね」

 人間三人の決意を受け、キィルキュースは快哉を叫ぶ。 

「それでこそ我が認めた勇者たちだ! さあ我を斃し、奇跡の簒奪者となってみせよ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る