第8話 あなたらしいわ
検問していた男性に、ミュティアの使いだと告げ森に入る。
陽射しは十分だが、立ち並ぶ木々のせいで視界はあまりよくない。それに、下草が茂っていて、進むたびにカサカサと鳴る。これでは気配を消すなんて望めない。割り切って、声を張ることにした。
「ソニアちゃん! アルト君! いるのー!?」
呼びかけは森の静寂に吸い込まれるように消える。しばらく待っても反応はなかった。
「この森広いのに……! ゴブリンの集合地点の目星くらい聞いておけばよかった」
後悔しても遅く、常にやり直しはきかない。焦る思いがピーシャをむやみに走らせる。
(待って。そこの、左下のほうを見て。草が不自然にへこんでいるわ)
「足跡……新しい。足が大きくてしっかり跡が付いてる。きっとごっついアルト君の足跡だ! その横に少しへこんでいるのがソニアちゃんかな」
足跡に沿って進むが、ふと疑問が湧く。
「ソヘイラーちゃん、私の目で見てるのに、私が気づかなかったことに気づいたんだ」
(生物の情報処理能力には限度があるわ。感覚器官が受け取っている膨大なデータを扱い切れない。どこかに集中すれば、その他がおろそかになるのは必然よ)
「目に入ってるはずだけど、見ようとしてばなかったってことかー」
(しばらくサポートするわ。少し疲れるでしょうけど、注意力が倍以上になるわよ)
「それすっごい便利だよ~…………んふ」
(あなたの心を読むことはできないわ。でもなにを考えたか、当ててみせましょうか)
「ちっ、違うよ? ソヘイラーちゃんの身体は絶対用意するからね!」
(答えを言ってるのと同じよ……私の身体があれば単純に考えても二人分の能力が出せるのだから、そっちのほうがいいに決っているでしょう)
「あは、そりゃそうだ!」
ピーシャの弾ける声にかぶさり、雄叫びが足跡の先から響いてきた。
「うおおおおおおおおおお!」
アルトが手にした剣でゴブリンを斬り倒す。
すかさず少年は、ズボンのポケットから鋭い石を取り出した。
「土の精霊ノームよ、我が意に従い鋭き牙を成せ! グラウンドスパイク!」
触媒の石が光になって弾け、大地が隆起。飛び出した土の塊はまさに牙の形を成し大地を進み、ゴブリンたちをまとめて足元から串刺しにした。
アルトは奮闘しているが、ゴブリンの数は圧倒的だ。多勢に無勢どころか焼け石に水。それに、アルトの後ろにはソニアが倒れていた。息はあるが気を失っているらしい。
ソニアに寄ってくるゴブリンをアルトが蹴り飛ばすが、横合いから別のゴブリンが剣を薙いだ。アルトは危うく受けるも体勢が悪く押し込まれる。
ゴブリンの粗末な剣が少年の首に触れるかという時、そのゴブリンは吹っ飛んでいき、アルトの前には拳を突き出したピーシャが滑り込んでいた。
「ピーシャ!? なんでここに!」
「ごめんね、さっき私がこっち選ばなければこんなことには」
「んなこと言ってる場合か! 手伝えよ、突破するぞ」
「ここは私が全部やるから、ソニアちゃん連れて逃げて」
「はぁ!? おまっ、これ全部か!?」
視界を埋めるゴブリンの群れ。身長は人間の子どもほどでピーシャより小さいが、素早く動き、膂力も意外に強い。ほとんどが剣や斧で武装していた。
いまは乱入してきた少女に驚いているようだが、すぐにも襲い掛かってくるだろう。
「よゆーよゆー。それより、ソニアちゃんは?」
「とりあえず傷口は塞いだけど、よくないな……くそっ!」
「アルムヒンの街のほうに行ったら、ミュティアさんってちょっと恐い感じの女の人に会えると思うからその人の言うこと聞いて。教団の人だから信用して大丈夫」
「いきなりわけわかんねーこと言って――」
「いいから! 早く行って!」
「……おう」
アルトは腹をくくった顔で、ソニアをおぶった。
「無理すんなよ」
「そっちは無理してでもソニアちゃん守ってよね」
女こえーっ、と笑いながらアルトは走って行く。
駆けるアルトの前に、木陰からゴブリンが飛び出した。すでに剣を振りかぶっている。刃が日光に鈍く光った。
「あっ……」
少年の小さな叫び声に振り返ると、ピーシャからはすでに遠く、どれだけの瞬足でも間に合うタイミングではなかった。
アルトの、事態を理解できない顔から対処不可能を悟り絶望に顔が歪んでいくところまで、奇妙なスローモーションではっきり見えた。
ダメ、それはダメ、絶対ダメ――ピーシャが、届かないと知っていても、それでも届くよう願いを込めて手を伸ばす。瞬間、胸の中にイメージが生まれた。
『ここ』と『向こう』を繋ぐもの。門の精霊……? 近いけど違う。もっと、『繋ぐ』性質の精霊だ……呼んでいる? ……呼ばれている? その性質をその名前をっ! 掴み、か、け――
転瞬、ピーシャは、アルトへ斬りかかるゴブリンの前に躍り出ていた。反射だけでゴブリンを殴り倒す。
「あっ……? おまっ、いまどこから来た!?」
「わかんないわかんないわかんないよ! えええなに……これが、魔法?」
混乱した顔を見合わせるピーシャとアルトに、ゴブリンの集団の喚き声が浴びせられる。こちらを指差し怒鳴っているのは、獲物が逃げようとしている、だとかそういうニュアンスだろうか。
「と……とりあえず、ここは任せて」
「お……おう、頼むわ」
今度こそ走って行ったアルトを見届け、ピーシャはゴブリンの集団に向け構えを取る。
(あなたの魔法は気になるけれど、いまは目の前の敵に集中しましょう)
「ソヘイラーちゃん、最初私と言葉通じさせるために使った魔法? 能力? なんかあるでしょ。あれってゴブリンにも使えたりしないのかな」
(自動翻訳のことかしら。あれはあくまでも人間相手のものよ。人間の耳、喉、舌を前提に作られたのだもの。ゴブリンにも、犬や猫にも無効よ)
「そっかあ残念。いまは……やるしかないんだね」
(生きてないとなにもできないわ。あなたと私と、近隣の村の人々、それからあなたが望むのならゴブリンたちも、死なないように尽くしましょう)
「サポートよろしくっ」
雷速接近。さっきのような魔法ではないけれど、ゴブリンからすればいきなり少女が目の前に現れたように見えただろう。
反応する猶予も与えず殴り飛ばしたゴブリンが、後ろの仲間も巻き込んで倒れていく。
横へ跳ね様、まだ棒立ちのゴブリンの腕を掴んで投げ飛ばす。ゴブリンたちは数体がかりで飛んで来た仲間を受け止めたが、すでに飛び蹴り姿勢のピーシャが跳躍していた。
ピーシャの強烈な蹴りは、投げ飛ばしたゴブリンの胸に命中。後ろの数体もまとめて倒す。
やっと動き出したゴブリンの群れは、おのおの剣や斧を振り回し迫る。
凶悪な風切音を伴う刃たちを、的確にかわし続けていくが、囲まれるとさすがにしんどい。ピーシャは跳躍し、ゴブリンを飛び越えた。包囲網から逃げようとする、と思わせて着地したのは木の幹だ。弾んだ胸の先で樹皮をこすりつつ反転飛び込み。虚を突かれた無防備なゴブリンの背中に足裏をめり込ませた。
さらにそこから隣の相手へ跳ね肩を踏み抜き、さらに飛んでこめかみを蹴っ飛ばす。大地へ降りると同時、うろたえるゴブリンの首を掴んで勢い乗せて叩きつけた。ゴブリンの顔は半ばまで大地に埋まっているが、首が折れるほどの力は込めていない。
ゴブリンは凶暴で愚かなだけに見えるが、知能はそれほど低くない。ゴブリンの群れは、ピーシャを脅威と判断したようで慎重に包囲するよう動く。
ピーシャは、なにかに驚いた顔であらぬ方を指差した。
「あーっ!」
ゴブリンたちが釣られてそちらを見るが、もちろんなにもない。知性は低くもないが高くもなかった。
「ひっかかったなー!」
タックルを敢行。吹っ飛ばされたゴブリンが、後ろの数体ごと木の幹に激突し折り重なって倒れる。
騙されたと知ったゴブリンが襲い掛かってくるも、怒りのせいか包囲する意思が薄れていた。バラバラに来るならこっちのペースで続けられる、と思った時、足首に違和感。掴まれている。
倒したはずのゴブリンが密かに這い寄っていたらしい。思い切り引き倒され、受け身もなにもなく顔から落ちる。視界が暗転。乱戦の中でこの隙は致命的だ。
(落ち着いて。横に転がれば避けられるわ)
ソヘイラーの指示を信じて横転。すぐそばの空間に、剣や斧が続けざまに突き立った気配に背筋が冷えた。
跳ね起きながら、足首を掴む手を踏み潰し、
(起き上がった直後は背後に注意)
忠告に従い振り向くと、後ろに目でも付いているのか言いたそうなゴブリンと目が合った。その顔面を、すかさず打ち抜く。
「助かったよ~」
(倒される前に気づければよかったのだけど、なかなか難しいわ。そこの右斜め前の木に一体隠れているわよ。ほら、足が少し見えているわ)
「よーし!」
ピーシャは一足で接近。奇襲するはずの相手に逆に襲われ反応の遅れた木陰のゴブリンを殴り飛ばす。
倒れていくゴブリンの手から剣がすっぽ抜け、宙に放物線を描いた。その先には呆けた顔のゴブリンが突っ立っている。一秒後には、頭蓋を剣が断ち割っているだろう。
ピーシャは跳躍し、空中で剣を掴み取った。その勢いのまま、呆けたゴブリンの額に剣の柄を打ち込み沈める。
踊りかかってくる剣や斧を、ピーシャは手にした剣で適当に弾き返し、おもむろに投擲。矢のように飛翔した剣は、別のゴブリンの肩を貫通し木へと縫い止めた。
(武器を手放してよかったの?)
「あんまり好きじゃないんだ。加減がきかない感じがして」
(あなたらしいわ)
「みんな、雑とか不器用とか言うんだよ? ひどいよね」
(ふふふ。そういうところも含めてあなたらしいと言ったのよ)
「余計ひどいよ~!」
(ほらほら、少しは頭が回るのがいるようね。木の上から狙ってるわよ)
視界の上端に剣光の照り返しを感じた刹那に飛び退くと、眼前を刃が斬り裂いた。ゴブリンの着地の衝撃が地に吸われる前に、腹部へとしなやかに脚を振るう。蹴りの衝撃と自身の体重を受けたゴブリンは、風を切って飛んでいった。
「ふぅ――あはっ」
(ちょっと? 緊張で頭がおかしくなったんじゃないでしょうね)
「逆だよ、ぎゃーく! ソヘイラーちゃんとこうして話してると気が紛れるよ。ありがとっ」
一歩間違えるだけで死ぬ最悪の戦場だ。かなり戦ったつもりだけど、まだまだ戦意十分の敵が十重二十重と残っている。一人ならもう死んでいただろう。でも、そうじゃない。
実際的な戦闘面でも、精神的な意味でも見えない友達は大事な支えになっている。
ピーシャは低い姿勢で突進し、拳を振りかぶった――
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