彼女の後悔が終わるまで

佐宮 綾

1

 彼女はいつも空を見ている。僕はいつもいつもそれを見ている。今日の空は曇りだ。

「見えない。見えないよ」

 そう言って彼女はいつも泣いている。

彼女が見たいものなど、おおよそ予想がついていた。


 僕には、もう体がない。

僕が死んだのは一年前の話だ。雨の日だった。……スリップして猛スピードでこちらに向かってきたトラックに轢かれそうになった彼女をかばった結果だった。即死だったらしい。突き飛ばした彼女は、「馬鹿!」と言った。ぼんやりとした頭で「見えるから」と答えた。それが終わりだった。

 彼女は僕の隣にいたから、これからもそうであると信じていた。僕らには特別が起こると思っていた。本当に馬鹿な話だ。


 あのとき、思い切り突き飛ばされて怒鳴ったこと。そして、僕が死んだこと。全部理解した彼女に、僕という存在は、どうやら後悔の塊らしい。


 神様。願いが叶うならどうか、彼女の後悔を、消させてくれませんか。



 あの日、突発的に言った言葉は、わたしを後悔させるに充分だった。

彼といたとき、突然突き飛ばされて。思い切り肘を擦りむいて、馬鹿、と言いつつ彼を見上げたときには、彼はトラックの下敷きだった。何が起こったのか理解もできないまま。

「ハル、見えるから」

 それだけ言って、彼は目を覚まさなかった。二度と。そしてそのまま、彼は骨になってしまった。

 見えるから、その言葉だけを信じて、わたしは今日も空を見上げる。どんよりとしたくもりぞら。わたしを庇って居なくなった彼の最期のあの言葉はどんな意味だったのだろう。

 知っていた。今日もただ、田舎のだだっ広い空が広がっているだけだということ。

 死んだ彼も見えるから、なんて、そんなファンタジーみたいなことが起こらないこと。



「どう思う?」

「どうって、随分リスキーな願いをする少年だなと」

「まあそうよね。カミサマにも限界があるのになー」

「彼をどうする気だ。まさか、彼の願いを叶えるのか」

「いいじゃないかと私は思うけどね。両者になってプラスになるわ」

 ふふ、と笑って女、もといカミサマは答える。

「そうだとしても、代償は大きいぞ」

「人生は、みんな等しいわけではないのよ」

「だって、喜びに代償は必要でしょう?」


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