第30話 真実

「……どういう、こと……なの……?」


 震える声で問いかける私に対し、アゼルはまるで出来の悪い子供に言い聞かせるように話す。


「あれ、まだ分からないの? 七海さんは意外と鈍いんだねぇ。この状況を見れば、普通はすぐに理解すると思うんだけど」


 左手で私の動きを拘束しながら、右手で先程奪った剣をイブリスに向け、悠然と話すアゼル。

 先程のアゼルの行動を鑑みて、この状況を見れば、答えは一つしかなかった。


「……私を、利用してたの……」


「ピンポーン、正ー解」


 苦々しく呟いた私のセリフに対し、アゼルはさも愉快そうに答えた。


「いや、全く、ここまで素直についてきてくれて正直助かったよ。この聖剣が魔王の血を引く者にしか抜けないのは事実だったわけだしぃ、その君がこんなにも素直な性格だったとはねぇ。ホント魔王の娘って割には世間知らずな間抜けだねぇ」


 ベラベラと私を侮辱するアゼルはこれまで以上に饒舌であった。

 そこには以前までの王子様然とした態度や口調はなく、他人を見下す傲慢な性格のみが現れていた。

 いや、これこそがこの男の本性なのだと、すぐに理解できた。


「……あのナズールのことも、私を利用するための嘘だったの……?」


「んー? いやぁ、まあ、全部が全部嘘ではないよ。実際あそこは滅んでるわけだし、ただ、ちょーっと事実と違う言い方をしただけさ」


 そんなまるでこちらをからかうようなアゼルのセリフに私は疑問符を浮かべるが、それに答えたのは対峙しているイブリスであった。


「……七海様。ナズールは人族の領地ではありません。あそこは……魔族の領地、そしてスイレンの故郷でもある夢魔族が暮らしていた国だったのです。更に言わせて頂ければ夢魔族は何もせず、ただ平穏に暮らしていたのです」


「――え?」


 その事実を聞いた瞬間、私は思わず凍りついた。

 そして、そんな私の反応を見た瞬間、アゼルは痛快とばかりに笑い声を上げる。


「はははははっ! そうそう、そうなんだよなー! あそこに攻め込んだのは僕達人間の方だったんだよー。だからまあ、やられてた死体は侵略していた人間の兵士だなー。あー、ついでに言うと、それがきっかけで人と魔族との戦争が激化したんだっけー? まあ、今更戦争のきっかけなんてどうでもいいけどなー」


「…………なん、で……」


「あー?」


「なんで、そんなこと、したの……」


 笑いながら答えるアゼルに対し、私は信じられない気持ちであった。

 あのナズールで平和に暮らしていたのは魔族であり、しかもスレインの故郷であった。


 それがある日、突然人間の軍に侵略され、滅ぼされた。

 なぜ、そんなことをしたのか? 問いかける私に対し、アゼルの答えは信じられないものであった。


「理由が必要なのかー?」


「え?」


 見るとそこには、何が問題なのかまるで分からないと言った顔が浮かんでいた。


「魔族っていうのはいるだけで不快な害虫のようなものだろう? そんなのを殺して何が悪いんだ? むしろ、連中を絶滅させた方が喜ばれるのに、殺しちゃいけない理由ってのがわっかんないなー」


 そう呟いたアゼルの顔は紛れもない本心であった。

 そこにあったのは悪意ではなく、むしろそれが当然という感情であり、だからこそ、私は逆にそんなことを平然と言ったアゼルに恐怖した。


「……七海様。元々この世界で起きている人と魔族との争いは全て人族が仕掛けてきたものです。そして、彼らの言い分はいつも決まって一つ。『魔族なんて殺されて当然の悪』というものです」


 それはまさに『魔族』という存在そのものが悪であり、故に殺しても文句は言われないという一種の刷り込みのようであった。

 その事実を知った瞬間、私は顔を俯き、先程アゼルが言ったセリフに対しても問いを投げる。


「……私のパパを封印するとか、助けるとか言った言葉も全部嘘なの……」


「はぁ?」


 そのセリフを聞いた瞬間、アゼルはまるで馬鹿にするように声を上げる。


「んなわけねぇだろう。この聖剣の力さえあれば、あの忌々しい魔王を葬ることが出来るんだ。封印なんて生易しいことなんてしねぇよ。あの魔王を殺せば僕こそが世界を救った勇者として祭り上げられるんだよ!」


 そのままクツクツと笑い出すアゼルであったが、彼の視線はそのまま眼前にいるイブリスへと向けられる。


「さてと、このまま魔王の城に乗り込むのもいいが、その前にこの剣の力を試しておきたいんでなぁ。お前の身体で試し斬りさせてもらうぜぇ」


 そう宣言すると同時にアゼルはそのまま私は地面に放り投げ、何かの魔術を唱えると、それは光の輪となり、私の両手両足を拘束し、身動き取れない状態にした。


「七海様!」


 倒れた私に駆け寄ろうとするイブリスだったが、その手前の空間をアゼルの聖剣が切り裂く。


「おっと、二度言わせるなよ。お前にはこの剣の試し斬りになってもらうって言っただろうが」


 瞬時に後方に跳躍するイブリスであったが、その体には触れてもいないのに鋭利な刃物で切られたような傷がついており、真っ赤な血が滴り落ちていた。


「さすがは聖剣。ただのひと振りで傷をつけるとはなぁ。なら、これが直接、身体に入ったらどれくらいの傷を与えるのか、今から楽しみだぜぇ」


 下卑た笑みを浮かべながら聖剣を構えるアゼル。

 それに対しイブリスもこれまでに見せたことのない真剣な表情のまま構える。


 やがて両者が構えた後、アゼルの姿が瞬時に消える。

 一体どこへ? と思う暇もなく、イブリスが背後に向け、拳を突き出すとそこにはすでに剣を振り下ろそうとしているアゼルの姿があった。

 いつの間にあんなところに!? そんな私の理解が及ぶまもなく、アゼルの放った剣による一撃とイブリスの拳がぶつかり合う。

 両者が起こした衝撃が洞窟内部を駆け巡り、水晶で覆われたこの空間のあちらこちらに亀裂が生じる。

 しかし、次の瞬間、後ろに吹き飛んだのはイブリスであった。

 彼女はそのまま壁に足をつき、勢いを乗せてアゼルへの反撃を試みるもののアゼルが放った剣の一閃による衝撃波だけで押し戻され、今度はそのまま壁に激突し、めり込んでしまう。


「がッ!」


 口から血を吐きながら倒れるイブリス。

 私の目から見て、イブリスは間違いなく強い。

 しかし、アゼルの強さはその更に上を行っていた。

 序列8位の勇者。アゼルが言った自らの称号は嘘偽りでもなく、ましてや誇張でもない本物の実力であった。


 いや、あるいはこれはアゼルの強さだけではないのかもしれない。

 アゼルの手に握られた聖剣。

 それは先程から神々しい光を放っており、アゼルが振るうたびにその力が強まっているように感じた。

 そして、それはアゼル自身も同様に感じていたようであった。


「くっくっくっ、こいつは最高の気分だな。さすがは神々が対魔王のために作り上げた神造兵器! まさに無敵の武器だぜ!」


 自らの手にある剣を玩具のように見せびらかし、酔いしれるアゼル。

 彼はそのまま倒れたまま身動きの取れないイブリスへと近づき、その首元に剣を突きつける。


「性能は十分に試せた。あとはお前の首を刎ねて、それを土産に魔王の城に乗り込むとするか」


 そう言ってアゼルの瞳に宿る殺意を見て、私は思わず焦る。

 しかし、体を謎の魔術により拘束され、動かせるの手首だけであった。

 だが、その瞬間、私の指がポケットにあったスマホに触れるのを感じた。

 見るとそこには先程のパパからのメールが開いたままであった。


『七海が返信をくれれば場所を特定してすぐにでもそこへ移動します』


 メールに書かれたその一文。

 騙されていたとは言え、パパを倒そうとしていた私にメールを送信する資格があるのか?

 そう悩む私であったが、目の前ではイブリスの首目掛けて剣を振り下ろそうとしているアゼルの姿があり、もはや一刻の猶予もない。

 気づくと私はスマホの画面にあった『送信』のボタンを押していた。


 次の瞬間――イブリス目掛け剣を振り下ろそうとしたアゼルが後ろに吹き飛んだ。


「ぐ、あああああああああああああぁぁッ!!」


 雄叫びを上げ、そのまま壁に激突するアゼル。

 奇しくもそれは先程のイブリスの様をそのまま再現するかのような光景であり、壁からずり落ちながらアゼルはその口から血を吐いていた。


「……やれやれ、七海からのメールがようやく返ってきたと思ったら、どうやらうちの娘に悪い虫が付きまとっていたようだな」


 見るとそこには倒れたイブリスを庇うように一人の男が立っていた。

 漆黒の服の真紅のマント。溢れ出る黒いオーラはまさに魔を統べる王が纏うに相応しいもの。


「最初に言っておくぞ。うちの娘に彼氏など――認めんッ!!!」


 その人物――私のパパ、魔王は巨大なオーラを放ちながら、そんなセリフを惜しげもなく吐いた。

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