第6話 こんなにもアホな魔王が私の父親なわけがない!
「ぶほあああああああぁ!?」
思いっきり後方に吹き飛び瓦礫の壁にぶち当たりながら、土煙をあげるパパに対し、今世紀最大とも言える大音量をあげる。
「ふっざけんなよ、馬鹿お父さんんんんんんんん!! いつの夢よ!? 小さい頃、誰しもが口にするアホな空想を間に受ける親がどこにいるううううう!!? それだけじゃなくマジで異世界侵略して魔王になる父親もどこの世界にいるって言うんだあああああああ!!! こんのおおおおお馬鹿親父いいいいいいいい!!!」
とりあえず心に浮かんだ感情をそのまま言葉として思いっきり吐き出す。
それを受けたパパはまるで叱られた子供のように、泣き顔を浮かべながら言い訳してくる。
「い、いや……だ、だって……七海が、どうしてもなりたいって言うから……それにパパ、七海の言うことはなんでも聞いてきたし……無理って言って七海が悲しむ姿は見たくなかったから……パパ、こんなに頑張って……異世界で魔王の仕事してたのに……」
「そもそも魔王とか仕事じゃないっつ―――の!! どこの世界に異世界に単身赴任するアホ両親がいるか――――!!!」
叫ぶ私に対し、パパは申し訳なさそうに自分の事を指差す。
その有様が逆に私の逆鱗を刺激した。
「いいからとっとと魔王なんてアホな仕事を辞めて引退せんかああああああああ!!!」
再びあらん限りの叫び声を上げる。
あまりの大音量を連続で叫んでしまったために喉が枯れてしまい、ぜーぜーと呼吸を整える私に対し、しかしパパは意外と冷静な態度のまま静かに返した。
「……それは無理なんだ。七海」
先程よりも幾分な真剣な様子でパパは呟く。
その視線は私から周囲の魔族や魔物達へと向けられていた。
「確かにパパは最初は七海のために異世界を侵略するために魔王になったが、今ではこうしてたくさんの部下も出来てな。今やパパは一国の社長みたいな立場なんだ」
社長っていうか魔王だろうと思わず、突っ込みそうになったが、なんか多少真面目な雰囲気だったのでその突っ込みは後に回した。
「上に立つ者は下に立つ者の面倒を見なければならない。これは労働者を雇う者として最低限の規則だ。私は彼らの生活を保護するために魔王を続けねばならない。いいか、魔王と言っても本当に大変なんだぞ? 部下達への給料は勿論、健康管理もしっかりとしなければならない。頻繁な侵攻はもってのほか、週に二日以上の休みは勿論。長期休暇も定期的に与えねばならない。無論退職手当や、人間と戦って殺された際の生命保険。その他もろもろ管理も大変なんだ」
なんか段々話が変な方向に行ってる気がする。
う、うん、これって世界を侵略してる魔王の話だよね。と思わず突っ込むと、
「魔王だって闇雲に侵略してちゃ内部のストライキが激しいんだぞ!! 私はいかに部下達に満足を与え、よりより生活水準を与えるかで日夜勤しんでる! 無論残業なんてさせたらクレームの嵐だから、最近は夕方五時以降の侵略はもってのほかとしている!!」
なんかすごい現代風な魔王社会だー!!
で、でも言われてみればそうか……。魔物や魔族達だって人というか、生き物なんだし、酷使してたらそりゃ不満が出るよね……。
という事はパパが侵攻している理由の一つは、そうした部下達への給料という報酬を上げる面もあるということ?
「その通り! 侵略は一大仕事だが、成功した際の報酬や土地は莫大だからな! 特にこうした人間の王国は国王や貴族達が無駄に溜め込んだ財宝が腐るほどある! それを分配することで部下だけでなく支配地の領民達も潤い、士気が上がるというものだ!」
そんな大手企業との契約みたいに侵攻を一緒にするなー!!
言ってることがすごくビジネステイクだったので、危うく納得しそうになったが、やってることは紛れもない魔王の侵略なのでそこは頷いちゃダメだよ、私。うん。
「というわけでパパは魔王を辞めるわけにはいかない。ここで辞めると残った部下達もどうすればいいか分からなくなるし、魔王国の経済も破綻する。上に立つ者として国を支えるのは当然のことだからな」
な、なるほど……。分かったような、よく分からないような……。
とにかくパパが魔王をやめないということだけは分かった。けれども――
「この国を侵略するのはやめてよ、パパ。ここには私だっているんだし、ここ壊されたら私は今日どこに泊まればいいの?」
思わず本音を呟くと、それに対しパパはなんでもないとばかりに笑う。
「それなら心配ないさー。パパの侵略は街を焼き払うとか野蛮なことはしないから、この国の上層部のところまで侵攻して国を渡せと穏便に頼むだけだから。そうだ! なんなら、久しぶりに会ったお祝いにこの国を七海にあげようか! そうすれば世界一とは言わないがとりあえずお姫様の立場を得られるし、あのお城でフカフカのベッドに包まれるぞ! うん、そうしよう! それじゃあ、早速侵攻再か――」
「そんなことしたらパパの事、大っ嫌いになるから」
「よし。今日の侵攻はこれまで! 皆、今すぐ城に帰還するぞー!」
百八十度意見が変わって思わず、後ろにいる魔族達全員がズッコケた。
あれだけ部下達のためだのなんだの言ってて、私が言ったらアッサリ帰るの!?
ま、まあ、正直その方が楽で助かるんだけど……。
なお一部の魔族達は「仕方ないなー。じゃあ、今日は解散でー」と残念そうな連中もいれば「ラッキー! 今日定時前じゃん! オレこのあとデートだったんだよねー!」「なんだよ、お前。折角早く上がったんだからこのあと飲みに行こうぜ」とか逆に嬉しそうな連中も大勢いた。
この魔王軍、本当に大丈夫なのか? となぜか心配になりだした。
「ところで七海! さっき、今日泊まるところを探しているとか言っていたけれど、よかったら一緒に魔王城に来ないかい! 今日のために七海専用の部屋を城の一角に作っておいたんだ! 七海特製ケーキや七海特製スペシャルディナーなんかも用意するぞ! どうだい!?」
「絶対に嫌」
キッパリとパパからの誘いを断る私。
それを受けて再びパパはこの世の絶望のような表情を浮かべヨロヨロと周囲の部下達に支えられる。
「まあまあ、魔王様。ああいった年頃の娘はあんまり父親に干渉されるのを好みませんから」
「うちだってついこの間、「パパと同じ食卓なんて嫌ー!」って娘は外食ばっかりですよ」
「そうそう、あれくらいになると子供は親よりも友人と一緒にいる時間が長くなるんですよ。けど、そのうちまた家に戻ってきますから」
まるで人を思春期の家出娘みたいな言い方するな。
そんなのとは根本的に状況が違うんだよ。状況が。と思わず心の中で突っ込む。
その後、魔王を引き連れた魔王軍は壁に空いた大穴から帰っていくが、その最中、何度もしきりにパパがこちらを振り向いて名残惜しそうに見つめていた。
その背中は哀愁が漂っており、とてもこの壁をぶち壊して現れた時の魔王とは別人であった。
やがて、魔王軍の姿は地平線の彼方へと消えていった。
あ、そういえば、パパに私を転生させた理由とか、経緯とか詳しく聞くの忘れていた。
まっ、いっか。どうせまたすぐに会えるような予感がするし。というか呼べば来るくらいの勢いがあった。
それにいざとなれば、隣にいる堕天使から情報を引き出せばいいかと、隣にいる堕天使をチラリと見る。
そこには最初と変わらず冷静な態度のまま目をつぶっている彼女の姿があった。
うーん、この人も一体何を考えているのか謎だなー。とか思っていると、どこからともなく街の奥に隠れていた人々が歓声と共に現れた。
「うおおおおおおお!! すげえ! すげえええぞ!! 嬢ちゃんんんん!!!」
「なんて言ってあの魔王を退けたのかは知らないけれど、あの魔王がなすがまま殴られる姿なんて始めて見たぞおおおおおお!!!」
「すげえよ嬢ちゃん!! もしかして名のある勇者なんじゃねえのか!?」
「え、え?」
気づくと私の周りにはたくさんの民衆達が溢れて私を担ぎ出していた。
「え、いや、ちょ、私そんな大したことしてないですから……!」
「いやいや、何を言うか! お嬢ちゃんはたった一人であの魔王に立ち向かってオレ達を守ってくれたじゃないか!」
「そうだぜ! 兵士も冒険者も誰もが尻尾を巻いて逃げたのにお嬢ちゃんのあの勇敢な姿! 魔王に立ち向かうべく拳を振るい上げた姿! 見てて胸が震えたぜ!」
あー、それ真相知ったら多分ガッカリするので黙っておこう……。
確かに傍目からは一方的に魔王に向かっていたように見えなくもないな……。
「とにかく嬢ちゃんはこの街の英雄だ! ぜひ国王様に会ってくれ!!」
「そうだそうだ! この街を救った英雄として、嬢ちゃんにはぜひ報酬を与えるべきだぜー!」
「新たな勇者様の誕生だー!!」
「え、いや、ちょ! 私、そんなつもりないんですけどー!!」
そんな私の抗議の声も興奮止まぬ街の人達の耳には届かず、私は街の人達に祭り上げられながら、城の方へと運ばれるのでした。
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