微ホラー系短編


 友人が一人暮らしを始めたという話は、以前から聞いていた。

 でも、お互いに忙しいということもあり、友人と話し合い、ようやく出来た時間を使って、彼女の家に向かうことにした。

 彼女が住んでいる場所ところは家――というより、どちらかと言えばアパートやマンションの一室のような場所である。


「来るの遅くなって、ごめんね。はい、お土産」

「気にしなくていいよ。わざわざありがとうね」


 遅くなったことにどこか申し訳なさもあって手土産を持っていけば、彼女はそう言いつつ、受け取ってくれた。

 リビングで待ちつつ、部屋の中を見渡してみる。

 部屋にあるのは本やベッドとか、誰の部屋にもありそうなものばかりだったので、これ以上見ては失礼だ――と思って、視線を彼女に向けようとして、ソレ・・にふと気付く。


「……」


 『ソレ』は壁にあったのだが――


「何か気になるものでもあった~?」

「っ、!? いや、特には……それにしても、一人暮らしって大変じゃない?」

「まぁね~。でも、好きなときに好きなこと出来るのはいい方かな」


 そう言いつつ、お茶菓子とともにいろいろと用意していた彼女が姿を見せたので、慌てて話の方向転換する。

 いきなり話題を変えたから、図星だとか思われてそうだけど、とりあえず壁の『アレ』については、あとで本人に直接聞いてみよう。きっと……うん、ミスか何かだって言ってくれるだろうし。


「でも、よく家族が許してくれたね」

「あはは。そこはまあ、頑張って何とか説得しました」


 苦笑いする彼女を見ると、それなりに大変だったんだろうと推測できる。

 それから、お互いに近況とかを語りつつ、他愛もない話をして過ごしていく。


「……ところでさ」


 そして私は、この部屋に来てから、ずっと気になっていたことを尋ねることにした。


「あの壁、どうしたの?」

「ん?」

「いや、何か人の顔に見えて、つい気になっちゃってさ」

「あー……」


 私の言いたいことが何となく伝わったのか、友人が私の見ている方向と同じ方へと目を向ける。

 そこにあったのは、人の顔のようにも見える、謎の皺のようなもの――ではあるのだが、普通に人の顔に見えているだけなら、たぶん気にならなかったかもしれない。

 だって『ソレ』は、紙に本物の人間の顔が目を閉じた状態で張りついたかのように、ものすごくリアルな状態でそこにはあった。


「何かさ。壁紙貼るの、失敗したみたいで」

「え、貼り直さないの?」

「ここ全面やるのは大変だからね。それにまだ、そんな余裕無いし」


 あっさりと事の真相を口にする彼女に、思った疑問を口にすれば、私と会う時間も何とか捻出したのだと言われてしまい、何も聞けなくなってしまった。


「そっか。でも、人手が必要なら言ってね」

「ありがとう。それにしても、来たとき反応が怪しかったの、もしかしてコレのせいだったの?」

「そうそう、『最初はそう見えてるだけかなー』って思ってたんだけど、何だか気になっちゃってて」


 でも、壁紙を張り替えミスによるものなら、仕方ない。


 ――時間もそうだけど、この件は深追いしない方がいい。


 何となくそう直感したので、この件はここでおしまいにしようとした時だった。


 ――ドン。


「え、何」


 隣から壁を叩くような、殴るような音がした。


 ――ドン、ドン。


 回数が増えた。

 友人を見れば、特に気にした様子もないので、日常茶飯事なのか否か。


 ――ドン、ドン、ドン。


 また回数が増える。


「……ねぇ。さすがの私も、これはどうかと思うけど」

「……」


 友人が静かに壁に視線を向ける。

 そして、音は少しの間止まるのだが、また数分後に壁を叩くような殴るような音が聞こえてくる。


「……」

「……」

「……栞子しおりこ

「あ、はい」


 どうにも、音が気になって、次の話に行くことができない――と思っていたら、彼女に名前を呼ばれ、とっさに返事をしてしまう。


「せっかく来てもらったところ悪いけど、そろそろ帰ってもらえるかな」

「でも……」


 「もうこれ以上怖がらせたり、不安にさせたくないから」と彼女は言うが、私が今出ていくと、この部屋で一人きりになる彼女の方が、ずっと不安なのではないのだろうか。


「私は大丈夫だからさ」

「……」


 彼女の有無を言わせない圧力のようなものに、私は「分かった」「それじゃあ、またね」と言うこと以外、何も聞かなかったし、聞けなかった。

 だからもし、彼女が何かを隠していたり、何かを企んでいたり――……


「あー……これ、バレたかな?」

「……」


 もし、私の知らないところで別の何かが起こっていたのだとしても――私は何にも気づかず、知らない振りをして部屋を後にし、帰路に着くことしか出来なかったのである。

 たとえ、彼女が私のことをどう見ていようとも――……


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る