短編18:終わりすら来ない始まりのプロローグ
頭が良くて、運動も出来て、格好良くて、みんなの憧れで。
私は、小さい頃、そんな彼が好きだった。
でも――……
☆★☆
「えっと、ですね……」
「はっきり言って。どんな結果になろうと、貴女を責めるつもりはないから」
言いにくい結果を示す目の前の水晶に、依頼人の少女はどのような結果であろうと言ってくれ、と懇願する。
それを信じ、水晶を見ていたフードの人物(声的に少女)は頷く。
現在、二人がいるのは空き教室の一角にある黒テントの中である。
「分かりました。では、言います」
依頼人の彼女が真面目な表情を向けてくる。
「貴女の想い人に、好きな人がいるのは事実です」
それを聞いた彼女は表情を暗くする。
「そして、その相手は、週末から来週に掛けて分かるはずです」
「週末から来週……?」
小さく頷く。
「そう、なんだ……」
「でも、あまり気を落とさない方がいいと思いますよ」
何せ、彼はずっと――……
その先は言わない。
週末、依頼人の彼女は想い人から告白され、翌週には付き合うことにしたと報告に来た。
「もしかして、言っていた彼の想い人って……」
「うん、貴女。気づかなかったかもしれないけど、彼は貴女をずっと見ていたのよ?」
「それ、本人からも言われました。『ずっと見ているのに、ちっとも気づいてくれねーんだから』って」
恥ずかしそうに言う彼女に、思わず微笑んでしまう。
「だ、だから、ミーヤさんが困っているときはお助けするので、遠慮なく言ってくださいね」
「うん、ありがとうね」
『ミーヤさん』と呼ばれたフードの人物は、そのまま依頼人の彼女を送り出す。
「……ふぅ」
「ご苦労様」
一息吐けば、労いの言葉とともに黒テントへと少年が入ってくる。
「よくもまあ、顔の見えない相手を信じようと思うわよね」
「でも、気持ちが分からないわけじゃないだろ?」
フードを外し、机に頬杖を付く少女――『ミーヤさん』ことミルーヤ・ベルフィンドは、少年の言葉にそっと目を逸らす。
「でもお前は、みんなの役に立つと思って、やってるんだろ?」
「でも……」
「大丈夫だよ。誰も、お前を責めない」
少年は彼女のオレンジ色の髪を撫でる。
「だと、いいんだけど」
でも、ミルーヤは知っている。
いくら頑張ろうと、世界の理からは逃れられないことを――……
☆★☆
それはミルーヤにとって、奇跡と言っていいほどの出会いだった。
「大丈夫?」
こちらを覗き込む、濃紺と紫の目に、ミルーヤは返事をしなかった。いや、出来なかった。
限界ギリギリまで酷使したボロボロの体を起こすことが出来なかった。
「誰か、この子を手当てしてあげて」
「は、はいっ」
二人は地位が高いのか、言われたメイドたちが慌ててミルーヤの手当てに回るのだが、その時にはもう彼女は意識を手放していた。
そして、次に目を覚ましたとき、濃紺と紫の目が再び彼女を覗き込んでいた。
「あ、起きた?」
濃紺の目を持つ彼に尋ねられ、ミルーヤは小さく頷いた。
「調子はどう? もう痛くない? 誰か呼んでこようか?」
それに戸惑っていると、濃紺の彼は紫の目を持つ彼に引っ張られ、注意されていた。
「おい、いきなり何でも聞くな。そんなにほいほい答えられるわけがないだろ」
「あ、そうだね。ごめん」
謝る濃紺の彼に、ミルーヤは首を横に振る。
「さっきから話さないけど、話せないのか?」
「あ、いや……」
「無理やり話させようとするなよ」
答えようとすれば、濃紺の彼がそう言うが、そのタイミングで女性が入ってくる。
「あら、目が覚めたのね」
「あの……あ、はい……」
女性はくすり、と笑みを浮かべる。
「体調はどうかしら?」
「大丈夫です」
なら良かったわ、と女性は再度笑みを浮かべる。
「ところで、お家はどちらかしら? 我が家で倒れたことについても、ご両親にお話ししたいのだけど」
「それは……」
ミルーヤは目を逸らすのだが、女性は何か察したらしい。
「今は無理に話そうとしなくていいわ。落ち着いたら、話してくれればいいから」
「……すみません……」
ミルーヤは謝ることしかできなかったが、彼女のオレンジ色の髪を撫でると、女性は部屋から出ていった。
「あ、自己紹介がまだだね。僕、クラリウスって言うんだ。クラウで良いよ」
よろしく、と濃紺の彼――クラリウスが名乗る。
「俺はヴォルドだ」
次に、紫の彼が名乗る。
「あ、私、ミルーヤです」
「よろしくね」
ミルーヤが名乗れば、二人は微笑んだ。
その後、どうやって調べたのか、女性たちはミルーヤのことや両親が亡くなったことを知り、彼女は「何かの縁だから」と、(貴族だと分かった)女性の家に引き取られることになった。
その後、ミルーヤは貴族としての勉強の傍ら、クラリウスたちと遊ぶことが増えた。
「ねぇ、そろそろ遊んできたら?」
「それなら、これが終わってからにします」
勉強に至っては、ちゃんと取り組み、きちんと終わらせてから遊ぶほどの真面目
そんな彼女に女性――義母も、やれやれと言いたげにしていた。
そんな中、ミルーヤに二度目の転機が訪れた。
「学校、ですか……?」
「ええ」
義母は言う。
「家での勉強も良いけど、お友達との勉強も良いと思うの」
その時のミルーヤは、目がきらきらと輝いていたのだろう。
義母に「行きたいです。行かせてください」と目を輝かせ、迫っていた。
「本当に貴女は勉強が好きなのね」
微笑む義母に、ミルーヤは「はい!」と大きく頷く。
知識はあって困るようなものじゃない。あればあるほど、その人の『もの』になるのだから。
☆★☆
「ミル!」
「あ、クラウ。ヴォルド」
「久しぶりだな。元気だったか?」
久しぶりに来たクラリウスたちとともに、そう話す。
「相変わらず、勉強ばかりしているらしいな」
「でも、助けてくれたみんなに少しでも恩返しがしたいから。今は覚えられることは、出来るだけ覚えたいんだ」
「そうか」
クラリウスとヴォルドは笑みを浮かべる。
初めて会ったあの日と比べると、ミルーヤは表情を浮かべるようにはなったが、それでもやはり距離はある。
「よし、今日は一緒に遊ぶぞ!」
「え、でも……」
「勉強ばかりだと、体力付かないぞ?」
ヴォルドの言葉を否定できないのが悔しい。
「分かったよ」
ミルーヤと遊べると分かったからか、クラリウスとヴォルドがハイタッチする。
そして、三人は外に出る。
「じゃあ、行くよー」
ぽーん、とミルーヤが持っていたボールが上がる。
「っと、ヴォルド!」
「ミル!」
ぽんぽんと、三人の間を回っていくボールだが――
「ミル、危ない!」
油断し、軌道が逸れたボールは、クラリウスの声とともにミルーヤの頭へと当たる。
(あ……)
倒れる途中で、こちらに向かってくる二人と、遠くから呼び掛けてくるような『何か』がフラッシュバックする。
(そっか。私は――)
そこで、ミルーヤの意識は途切れた。
「ミル!」
「起きたか!」
ミルーヤが次に目を覚ませば、二人に謝られた。
「悪い! もっと気をつけるべきだった!」
「本当、悪かった!」
「ちょっ、あれは避けられなかった私も悪かったから……」
三人揃って
「とはいえ、
義母にそう言われ、「はい……」と返しながらも、自分がやったというのを理解しているのか、『殿下』と呼ばれたクラリウスは、落ち込んだままだった。
「そうだよな。ミルは女の子だもんな」
そう言うクラリウスに、ミルーヤは思わず納得した。
(ああ、そうか)
――私は、転生したのか。
この世界がどんな世界かは分からないが、自分が“転生した”という事実だけは分かった。
「ミル?」
彼女の様子が変わったことに気付いたのか、クラリウスが不思議そうにする。
「頭を打ったんだ。もう少し、休んだ方が良い」
「ごめんね」
「ミルが謝る必要ないだろ」
「そうよ。顔に傷でも付いていたら、どちらかに責任取ってもらわないといけなくなっていたんだから」
義母の言葉で硬直する二人に、ミルーヤは不思議そうにする。
普段の彼女なら何らかの反応を示すだろうが、頭がまだ少しぼんやりしているミルーヤが反応できずにいるのは仕方ないことだろう。
「ちょ、ちょちょちょ、責任って……!」
「仮にも令嬢なのに、嫁としての貰い手がいないのは残念よねぇ」
はぁ、とわざとらしく息を吐く義母に、クラリウスは顔を引きつらせ、ヴォルドは無言でミルーヤに布団を掛けようとする。
「とにもかくにも、ミルーヤ。貴女は休みなさい。殿下、ヴォルド殿。貴方たちは一度帰りなさい」
「けど……!」
「今度、私と一緒に登城させますから」
「分かりました……」
ミルーヤに無理はさせられない。
そのままクラリウスとヴォルドは帰宅するのだが、後日驚かされることになるとは、この時はまだ知らなかった。
☆★☆
「何を考えてるの?」
隣にいたクラリウスに問われ、ミルーヤは彼に目を向ける。
「初めて会ったときの事と怪我したときの事を思い出していただけだよ」
「それはまた、懐かしい時のことを思い出していたんだね」
クラリウスも懐かしそうに、目を細める。
「あとは、あそこにいるヴォルドたちを見てた」
「ああ、また絡まれているのか」
黒テントから出たミルーヤが示した先にいた、転入生の少女に絡まれているヴォルドに、自分が絡まれたときの状況を思い出したのか、クラリウスが遠い目をする。
「ミル」
「何?」
「僕たちのことは、何か出ていた?」
クラリウスの問いに、ミルーヤは水晶玉に目を向ける。
「出ていたと言えば、出ていたかな」
「……聞いても良い?」
クラリウスの問いに、ミルーヤの目が泳ぐ。
「何ていうか、安定しなくって」
「うん?」
「私が力を暴走させかけて二人を傷つけるとか、誰かと結婚式してるのとか」
「……そっか。誰が相手か分からないの? 特に後者」
引きつったような笑顔で問うクラリウスに、ミルーヤは困ったような表情を浮かべる。
「それが分からないんだ。私たちに関わることは特に」
何度やっても結果は変わらないから、あまり見ないようにしている、とミルーヤに言われ、クラリウスは「そうか」と返す。
だが、どういうことだろうか。ミルーヤの水晶と彼女の能力は、他者の未来などを映し出すはずだ。それが映らないという事は――
(僕たちが彼女の近くにいるのか、何らかの繋がりがあるのか)
それに、ミルーヤの抱いている想いを知っているからこそ、彼女に幸せになってほしいクラリウスにしてみれば、現在見ている光景は、あまり好ましいものではない。
「ミル」
「はい」
「僕たち、婚約する?」
「…………はい?」
たっぷりの間を置いての、疑問だった。
「うん、その間はきつかったけど、一つの可能性として、ね」
「私も令嬢ではあるから、政略結婚とかは覚悟しているつもりだけど……うん、クラウならしても良いよ」
「いやいやいや! さっきも言ったけど、可能性の一つとして、だから!」
クラリウスとしては危ないところだった。
ミルーヤと政略結婚した場合、残りの人生の大半を後悔で使う気がするため、クラリウスとしては、出来ることなら恋愛結婚を望みたい。
「うん、可能性の一つ。けど、政略結婚をするにしても、私の体質だけはどうにも出来ないから」
「ミル……」
そう、彼女の体質――この世に存在する種族の姿に肉体を変化させ、その特性を得ることが出来る(例としては、エルフなら耳が細長くなり魔法系が強化される、竜人なら鱗が浮かび上がり、物理攻撃力が上がるなど)という、悪しき実験により、身体にその力を宿してしまったミルーヤの問題は、身分よりも大きな問題なのだ。いくら、元が人間であろうと。
「ある意味、貴重人種なんだよね。私は。だって、私の子供が全種族の特性を、私から受け継ぐかもしれないんだから」
悲しそうにそう告げるミルーヤだが、そんな彼女の安心要素は、両親から受け継いだ容姿だろう。
「それでも、僕は見捨てるつもりはないから。兄上も、ミルのような子を出さないために頑張ると、言ってくれたじゃないか」
「それは知ってるけど……」
そう、クラリウスの兄にして現王太子のクラウスは、王になったら、人体実験によるミルーヤのような子を出さないと、口約束とはいえ約束したのだ。
そして、そんな彼の婚約者である公爵令嬢が、「この子が、未来の
「そうだ。話は戻るけど、僕らで出ないなら、彼女はどうだったんだ?」
「え? ああ……彼女は私たち以上に、何も出なかったよ」
「何も? 僕たち以上に?」
「うん」
肯定するミルーヤに、クラリウスは厳しい視線を、ヴォルドに絡んでいる彼女に向ける。
「本当、彼女は何者なんだ」
クラリウスの問いに、ミルーヤも彼女に視線を向ける。
(この世界は、貴女が思っている以上に、残酷で厳しい現実だよ。
ただ、そう想いながら。
だが、この先ミルーヤにとって、元凶とも言っていい存在が現れたり、クラリウスとヴォルドを巡って『彼女』と対峙したりすることになるのだが、この時のミルーヤたちが知る由もない。
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