短編
短編:乙女ゲームの世界で
「……」
一つの学校にしては、勿体無いぐらいの金が掛かっているのだろう、白い門に目を向ける。
門の端には、この場所の名前を示すように『
ぼんやりと門を見ていたら、背後から後頭部をコツン、と軽く叩かれた。
「……っ、」
「現実逃避中の所悪いが、遅刻すんぞ。夏樹」
そう言いながら、私を叩いたのはインテリ眼鏡……こと、幼馴染の
どういうわけか、
そうそう、私の名前は
それが、今も昔も変わらない、私の名前だ。
☆★☆
さて、さっき前世と言ったが、今私がいるのは、私が
いや、頭はおかしくないから。
ゲームのタイトルは『七つの星の元で』。
タイトルに関しては、特に深い意味は無いんだろうし、おそらく学院の名前が『七星学院』であるだけのことだろうが、その一方で、
さて、ここまで説明しておきながら、このゲームをやりこんでいたかどうかと言えば、正直微妙だ。
攻略サイトとかを利用して、各ルートを一回ずつやり、隠しキャラまで出した後はそれぞれのクリア画面を見て、飽きたら放置。すぐに新作やRPG系のゲームプレイに移っていたことが多かった。
むしろ、RPG系が好きなのに、何で滅多に手出ししなかった乙女ゲームに手を出したのだろう。
……ああ、そうだ。友人の「RPG要素あるから、やってみなよ」というのに引っ掛かって、どれだけRPG要素があるんだろう、と買ったんだっけ。
まあ、乙女ゲームですから、いやでも恋愛要素の方が強くなるんだけどね……っと、話が脱線し過ぎたな。
そもそもこの世界が乙女ゲームの世界だと知ったのは、中等部一年に進級した時だった。
覚えてる限りでは、ゲーム本編の始まりは高等部への入り口――あの白い門を通った時からなのだが、前世を思い出したその時から、私のするべき行動は決まっていた。
だが、攻略対象者たちとなるべく接しないようにしようと思ったら、幼馴染である筑波三波が攻略対象者の一人だったことを忘れていた。うわー……。
それでも、まだ一人なら良い方なのかもしれない。
ヒロインの親友となり、サポートキャラと化した子は私以上に攻略対象者たちと顔を合わせることになる。
案の定、サポートキャラの子はあちこちからの嫉妬の視線に怯えていたけど、私の場合、三波は幼馴染だし、何かあれば向こうから来る。
それなりの距離感も互いに理解しているため、踏み入れない方が良い場合は踏み入れないし、もし、無理やり踏み入れても、次の日には元の距離感に戻っていることの方が多い。
さて、私は今、高等部を出て、初等部であることを示す赤茶色の門の前に来ている。
初等部の生徒数が多いためか、警備員さんが門の前に立っており、「今日もご苦労様」とすっかり顔見知りになってしまった。
そもそも私が来た理由は――……
「おねーちゃーん!」
その声で振り返る。
「お姉ちゃん、おまたせ」
「ん、じゃあ帰ろうか」
下から見上げられる声の主にそう返し、警備員さんたちに軽く頭を下げる。これも癖だ。
私のことを「おねえちゃん」と呼ぶ、この少年――
本来なら、迎えに来たりはしないのだが、最近遭ったある事件(半分イベント、半分リアル)のせいで、私のように送り迎えに来る親御さんがいる。
ちなみに、私が来られないときは、三波が真秋のお迎え役を引き受けてくれている。真秋も三波を「おにーちゃん」と懐いているから、頼んで正解だったのだろう。
真秋と一緒に歩きながら、夕飯について話し合う。
「ハンバーグ! ハンバーグがいい!」
「はいはい、分かったから」
ハンバーグ、と訴える真秋を宥め、スーパーで材料を買い、家に帰る。
「じゃあ、作るから、その間に宿題しなさいよー」
「はーい」
真秋が返事をする。
うちは両親共働きのため、家事や真秋の世話のほとんどは私が担当しているのだが、修学旅行などの行事で留守にする場合は、三波宅に真秋の世話をお願いしている。中学生ならまだしも、小学生、しかも低学年を一人にするわけにはいかないからね。
そんなこんなで夕食後。風呂に入ったり、自分の宿題をやったりして、その日は就寝した。
☆★☆
「それじゃ、お願いね」
次の日の放課後、私は何故か生徒会室に行くことになった。
(普通は学級委員とか、その場に居合わせた
そんなことを思ったり、考えたりしながら歩いていたら、いつの間にか生徒会室前に来ていた。
「失礼します。生徒会室まで届けるように言われて来たんですがー……」
軽く扉をノックし、そう言いながら扉を開け、固まった。
「ご苦労様……って、あれ? 夏樹?」
「……どーも」
私の名前を呼びながら首を傾げるのは、生徒会書記の
余計な情報を言うとすれば、私の
「相変わらず、無愛想だな」
「……」
扉を一度閉め、持って行くように頼まれた紙類を近くの机に置きながら、春兄を睨みつけてやる。
そういえば、すっかり忘れていたよ、攻略対象の共通点。
それは、名前に漢数字または四季が入っていることと、そのどちらも入っていること。
ちなみに、三波は前者、春兄は後者に当たるため、思い出した当初はそれなりに気をつけてたんだけど、やっぱり幼馴染や血縁関係となるとどこかで無理が出てくるみたい。
「あと、お前は睨みつけてるんだろうが、俺には上目遣いしてるようにしか見えないからな?」
「……チッ」
春兄の指摘に、舌打ちする。
んなこと、分かってるっつーの。
まあ、背の高い春兄からだと、どうしてもそう見えちゃうよね。
あと、女の子が舌打ちするんじゃないの、とか春兄は言っているけど、そんなの私の知ったことじゃない。
すると、閉めたはずの扉が開く音がして、そちらを向けば――
「ふぁあ~……って、ん?」
「げっ!」
入ってきた人物を見て、私は思わず変な声を上げた。
「
入ってきた人物を見た春兄が呼ぶ。
春兄の弟なので、私とも従兄妹同士なのだが、一ヶ月早く生まれたからって従
「何で部外者がいるんだよ」
「いや、冬夜。夏樹は書類を届けに来ただけだから」
「は?」
あ、こいつ。気づいてないパターンか。
そして、春兄よ。私は確かに部外者っちゃあ部外者だが、否定も肯定もしないのはどうかと思うんだ。
「ひ、久しぶり。九瀬夏樹です」
やや手を挙げて挨拶をする。
少しぎこちない気もするが、今の私にはこれが限界です。
「…………ああ」
え、何。今の間。
「……じゃあ、私はこれで……」
「あ、うん。ありがとう」
気まずいので、軽く挨拶をしてから、足早に生徒会室を出て行けば――……
「あれ、九瀬さん?」
げっ、嫌な奴に見つかった。
「今生徒会室から出てきたみたいだけど、何か用事でもあった?」
「いや、先生にちょっと頼まれて、書類を届けに来ただけで……」
そっかぁ、と返すこの人物――名前を
そして、名前から分かる通り、攻略対象者である。
「そっかぁ、気をつけて帰りなよ」
「う、うん。ありがとう、七宮君……」
うわぁ、今の気づかいで、かなり精神力使った気がする。
だが、一難去ってまた一難というのは、こういうことを言うのかと理解させられた。
昇降口に向かえばいたんだよ、『二』が!
さて、そんな『二』こと
真面目で成績優秀、その見た目からファンも多いが、本人が非公認のため、隠れファンクラブとしての存在もあるほどである。
そして何より、好感度の上がりにくさ。
彼を相手にしたときのプレイヤーたちは、もの凄く頑張ったと思う。
「……」
さて、どうやって彼と関わらずに、
先程三波から、真秋と一緒に初等部の方で待っているとメールが来たから、さっさと行きたいところだけど……
(とりあえず、スルーしよう)
さっさと靴を履き替え、昇降口から出る。
……おお、視線は感じるけど、話しかけられなかった。
(さすがに、もうないよね?)
二度あることは三度あると言うが、その三度目が今の副会長だと思えば、今日はもう攻略対象者とされている彼らと会わないはずだ。
それにしても、何で一日のうちに、こうも攻略対象たちに会うんだ?
今日は厄日か?
☆★☆
「……」
「冬夜。いくら待っても、夏樹は戻らんと思うぞ」
無言で扉に目を向けている弟にそう告げるが、視線すら返してこない。
「それに、あれはお前のせいじゃないだろ」
あ、ぴくりと反応した。
夏樹は隠してた上にもう気にしてはないのだろうし、冬夜も俺も
いや、気にしないよりはマシだけどさ。
「……」
やれやれと思う。
こいつは、いつまで引きずってんだか。
「……に」
「ん?」
「……この学校にいたんだな」
「……」
冬夜、お前……夏樹の進学先、知らなかったんだな。
本人が目の前で受験したことも、合格したことも話していたのだが、おそらく聞いてなかったんだろう。
でも、微妙にだが、声のトーン的には嬉しそうではある。
それからというもの、冬夜は自分の仕事をさっさと終わらせると、いつもどこかへ出て行くようになった。
……まさか、夏樹をストーキングしてないよね?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます